第六話 三番目の名前
悪路が続き、通りは浪士組で渋滞をしており、なかなかすり抜けて前へ進むことが出来ない。
早く本庄宿に辿り着かなければ宿割のミスが放置されてしまう。
「近道しましょう。私は何回か往復しております」
おれの苛立ちを察したのか宇野蔵之介は馬頭観世音と文字が彫られた石碑の脇の山道へと先導する。
そこは人が一人やっと通れるくらいの草むらで、蜘蛛の巣が顔にかかり鬱陶しい。ぶーんと不快な羽音を立てる蚊が何度も耳元過ぎるのを耐えると足元に小川が流れていた。
喉の渇きを覚え川の水で口を濡らそうとしたところ、沖田林太郎がいないことに気がついた。
「宇野さん!ちょっと待って、沖田さんと逸れたでござる」
そうすると宇野蔵之介は「はぁ…」と溜息をついた。
「当たり前でしょう、撒いたんですから。それともここで沖田林太郎を始末するつもりだったのですか?まぁ私は別に止めはしませんが」
突然宇野は無表情で物騒なことを口にした。
「しかし、新家粂太郎さん、毎日の報告はあんたの義務でしょう。二日目で早くもそれが途絶えた。怠慢ですよ」
(…え?何を言ってるんだ、この人は。それに"にいのみくめたろう"?)
「今夜本庄宿で決行です。既に準備は進んでいますが相手はあの下村だ。いや、今は芹沢鴨というふざけた変名でしたな。念には念を入れておく必要がある」
決行?準備?呼ばれた名前もそうだが新見錦はこの宇野蔵之介とは知り合いで、何かを企んでいたのだろうか?だが、今のおれには何がなんだかさっぱり分からない。
どうしていいか分からずオタオタしていると四方の草むらが音を立てて揺れる。それに驚き目をやると黒頭巾で顔を覆った三人の男が姿を現した。
「えっと、すまないが今夜のことって何でしたっけ…」
只ならぬ雰囲気に気圧されておれは宇野の顔色を伺うような、媚びた態度で質問した。
「おい!ふざけているのか⁈それとも今更怖気付いたか!」
これまで沖田林太郎、井上源三郎は戸惑いながらもおれの不可解な態度を流してくれていた。しかしついにこのおれの態度は宇野の癇に障ったのか凄まじい形相でにじり寄ってきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!本当に状況がわからないんだ!どういうこと⁈信じてもらえないかもしれないがおれは昨日から記憶がおかしくて、えっと…」
当たり前だが何を口走ればこの場が収まるのか検討もつかない。
この新見錦の記憶を引き継げなかったことによる弊害が一気におれへ襲いかかる。
そんな噛み合わないおれと宇野のやりとりを見かねた黒頭巾が口を挟む。
「宇野よ、俺たちは初めからこんな思想もない野犬のような男を信用してはいない。神道無念流の同門だ、既に芹沢と通じている可能性もあるぞ」
芹沢鴨と通じている?そりゃそうさ、新見錦は芹沢鴨の腰巾着なんだから…
「ふん、どんな奴にも使い途はあると思っていたのだがな」
そう言うと宇野はおれから距離をとり、反対に黒頭巾の男たちは近付いてくる。その動きに誘導されるようにおれはちょうど四人に囲まれる位置となった。
「かまわん。こいつはここで消すぞ」
(ちょっと待てよ!新見錦が死ぬのはもう少し先だ!)
おれは半年後に訪れることが予定されている死を恐れ、慄いていたが裏を返すとあと半年は確実にセーフ、死ぬことはないとこの先の歴史を知る者としてどこかで高を括っていた。
だが、既におれがこの時代に転生した時点で運命は変わり、その保証はなくなっているのではないのだろうか。
「新見さん!!」
その時突如、怖気付くおれの名前を呼ぶ声が聞こえた。声のした方向を振り向くと沖田林太郎が長い草を掻き分けこちらへと近付く。
「沖田さん!こっちです!助けてください!」
おれは臆面もなく助けを乞うた。先程会ったばかりの、縁もゆかりもない男に。沖田総司ならともかく、沖田林太郎はそれほど剣の使い手には見えないがこの駆け寄る中年の男の姿に心から安堵した。
しかしこちらに来るのは沖田林太郎だけではなかった。その後ろに背が高く恰幅の良い、綺麗な月代を剃った男が続く。
その時代劇にでも出てくるような如何にも侍というような男を見た時、改めておれは過去の、侍がいた日本へと転生したんだと実感した。




