第五話 中山道をゆく
芹沢鴨の大焚火事件とは大正時代まで生き残り天寿を全うしたと言える数少ない新選組二番隊組長、永倉新八の残した手記に描かれたエピソードである。一体どこまでが真実なのかは不明だが、新選組題材の創作作品において必ず描かれる事件の一つだ。
浪士組が江戸を出立して3日目、武蔵国の北、本庄宿で宿の割り振り担当係のミスにより、芹沢鴨の宿が押さえられていなかった。それに怒った芹沢はその夜、「野宿をするために暖を取る」と配下の者に木材を集めさせ、宿場の往来で焚火をはじめたという。
宿割の責任者と担当者は平身低頭したが芹沢鴨は聞き遂げず、そのまま地面に手をついて謝り続けることになったとか。
その屈辱を受けた宿割の担当者こそ"道中先番宿割"という役目についていた近藤勇であった。
この役目をだれが振ったのか定かではないが、後年の近藤勇の活躍を知る者(現時点だと当然おれしかいないが)にしたら確実に向いていなさそうな役目である。
だがこの業務、現代に例えると社内旅行の行き先のホテルを当日予約し、割り振るようなものになるのか?そう考えるととんでもなく厄介そうだ。
浪士組はただでさえ前科者を含む荒くれ者、約240名だ。ネットもない時代にその人数分の宿とそれぞれの差配なんてかなりの難易度だと思える。これまで町道場の道場主であり、事務仕事に長じてなさそうな近藤勇であればなおさらだろう。
ここでおれが実は大手旅行会社の添乗員のようなキャリアがあって瞬く間に宿割を完了し無双する、などということができればカタルシスもあろうが生憎全くそういったものはない。
だが40歳も過ぎれば飲み会の幹事を無理やりやらされたことは一度や二度ではない。
こういう場合はある程度、マンパワーでの処理は有効なはずだ。
「井上さん、急な申し出で恐縮なのですが、この組の小頭をお任せしても良いでしょうか。沖田さん、あなたには私と一緒に近藤さんの宿割の手伝いをお願いしたい」
「新見さんよ、突然どうしたんだい?」
井上源三郎は当惑した表情を浮かべる。流石に唐突な提案だろうが今夜の出来事なのだ、時間がない。
「あ、えっと、そういえば私はろくに近藤先生へご挨拶をしたことがなかったなーと急に思い立ちまして」
「おいおい、うちの永倉が紹介しようとしたら、あんたはそっぽを向いてろくに挨拶もしなかったじゃないか」
新見錦は見た目通りの結構感じ悪いやつなのだろうか。それに比べたらいまのおれはかなり腰が低く、新見錦を知る人からしたら違和感ありまくりなのは無理がない。
新見も現代に居たら人付き合いとか嫌なタイプだったのかな。そう考えると急に親近感も…そんなに湧かない。
「いやぁ、流石に失礼だったかなと。これからの長い付き合いもあるだろうし、お詫びも兼ねて宿割のお手伝いでもしようかなと」
「おお、それは良いではありませんか。恐らく弟の総司も伴い、役目に当たっているかと思います。しかしあいつはそういうことの役には立たないでしょうから私も密かに気に病んでおりました。ぜひ近藤先生のお手伝いに向かいましょう」
予期せず沖田林太郎も同意してくれた。よし、今から急ぎ近藤勇と合流し、芹沢鴨の暴発を止める!
「よろしければ私も帯同いたします。人手はいた方がいいでしょう」
年齢は20代前半くらいだろうか。精悍な顔立ちをした三番組の隊士の一人が手をあげてくれた。
「えっと…宇野蔵之介さんだったか、それは助かる。では参りましょう」
頭数が三人も増えれば宿割にも貢献できるだろう。この道を進めばおれはついに近藤勇と対面することになる。




