第四話 その名は芹沢鴨
和やかな道中、先程まで豪快に笑っていた井上源三郎は息を潜めるようにつぶやいた。
「厄介者の親分は元々この三番組の組頭だったな」
これまで何かと要領を得なかったおれもそれが誰のことを指しているのかすぐに理解した。
それこそが芹沢鴨。
この強烈なインパクトをした名前の男が積み重ねた凶行によって"水戸派"は窮地に立たされ、新見錦は切腹という結末を迎える。
この組下の阿比留鋭三郎は2ヶ月後に亡くなる。
しかし新見錦も半年後に亡くなるのだ。
いまは他人に同情したり、後ろめたさを感じている場合ではない。
おれが成すべきは何よりも坂本龍馬が暗殺される"1867年まで生き延びる"ことだ。
そのため一番に注意しなくてはならないのは芹沢鴨という男だろう。
「芹沢鴨さんはいま何処にいるんですかね?」
芹沢の居場所を配下のおれが聞くのはかなり不自然なのではないだろうか。そう自覚しつつも井上源三郎へ問いかけた。
「さぁ。ここよりもずっと後ろかね。道中目付役に因縁つけて昨日から取締役へ無理矢理になっちまったからな」
井上源三郎は創作と印象が大分違ったが、どうやら芹沢鴨の人物像は的確に描かれていたらしい。
芹沢鴨の凶行といえば京での乱暴狼藉がいくつも残されている。
・市中の商人からの押し借り
まず"押し借り"という言葉がすごい。辞書に載っているのかは知らない。"押し売り"の借りる版とでも言うのか、要は"脅して借金をした挙句、その借金を返す期日はこちらで決める"というものだ。
これは何も芹沢鴨のオリジナルではなく、幕末当時、憂国の浪士たちの間で横行していた。夷狄を払うための資金を貸せ、というものだ。
本来それを咎める組織とも言えるのが壬生浪士組な訳だが、その局長が"不貞浪士から守ってやるから資金を貸せ"と脅す。現代で言うところのみかじめ料で、例えると警察が暴力団から守ってやる代わりに金を貸せと言っているようなものだ。
・思い通りにいかない芸妓の髪を無理やり切り落とす
そもそも芸妓は舞踊や唄で客をもてなす女性で、身体を売るようなものではない。しかし芹沢はお気に入りの芸妓が枕を共にしないことに激怒し、無理やり断髪したという。
・酒に酔って料亭をめちゃくちゃにした挙句に営業停止処分を下す
これも酷い顛末であるが、新選組の所業を訴えた水口藩公用方に対し、所謂逆ギレをして謝罪をさせた。しかし水口藩公用方はその謝罪を無断で行ったため、藩主の耳に入るのを恐れた。そこで新選組は手打ちを提案、宴席を求めたという。
そこでの席上、酒に酔った芹沢は店の対応に腹を立て、愛用の"尽忠報国"と書かれた鉄扇で店内の食器や瀬戸物を次々と破壊し、廊下へ出ると欄干を引き抜き、最後は酒樽を帳場でひっくり返す。そしてその上で店の主人に七日間の営業停止処分を下した。
・豪商"大和屋"の焼き討ち
京に大和屋という生糸、反物などを取り扱う商家があった。この大和屋は尊王攘夷の武装集団、天誅組に資金を提供しているという疑いがあった。実際協力的というよりもこちらも"押し借り"をされた被害者であろう。しかし芹沢はその疑いを咎めるのと同時に、"天誅組に金を出せるなら壬生浪士組にも出せるだろう"と逆に恐喝を始めたのだ。大和屋は主人不在を理由にそれを断った。しかし、芹沢はその後隊士を引き連れて土蔵に火を放ったという。この焼き討ちに大砲まで持ち出したという説まであるがさすがにそれは誤りらしい。
だが、この大和屋焼き討ちが"水戸派"排斥の決定的な事件になったとも言われている。
こうして並べるととんでもない所業である。それに凶行は京だけではない。大坂では相撲取りを無礼討ちしたというのも有名なエピソードだ。それに宿場の真ん中で大焚き火をしたなんていうのもあった。
(待てよ…それって今夜起こる事件なのでは!)
「沖田さん!近藤勇さんはいまどちらに?」
「ああ、近藤先生なら先番宿割に任じられたからね。先頭の一番隊よりも前に出発して、本庄宿で手配をしているはずですよ」
まずい!!!急ぎ止めなくてはならない。今夜これから起こるのは〈芹沢鴨の大焚火事件〉なのではないか!それはこれから始まる血を血で洗う壬生浪士組の主導権争い、"水戸派"と"試衛館派"の最初の火種となった可能性が高いのだ。




