第8話 強引なお客様
「どうしたんだ? 何か揉めているのか?」
通信機の向こうで言い争っているのがクリス様にも聞こえたらしい。
「はい。お父様たちとお兄様たちがここへ泊まりにきたいそうなんですけど、どっちが行くかで揉めているんです。お兄様が『自分たちは新婚なんだから』と主張して、お父様は『第二の新婚旅行に行きたい』と……」
私が手短に説明すると、案の定クリス様は渋い顔をした。
「なるほどな……。こっちも新婚なんだから、できれば来客は遠慮したいんだけどな」
「そうですよね」
なんとか諦めてくれないかな?
お母様、新婚さんの邪魔をするものじゃないわよって言ってやってください。
『チェリーナ!』
ん……?
心なしかお兄様の声が弾んでいるような。
「はい。なんでしょうか?」
『僕たちが行くことになったから』
「えっ? お父様は?」
なんで急に諦めたの?
『母上が僕たちに譲ったらと言ってくれたんだよ。新婚の時は一生に一度なんだからって。僕もそう思うよ!』
お母様……!
私たちの新婚の時だって一生に一度だから邪魔されたくありません!
まったくお兄様には甘いんだから……。
「使用人が足りませんので、十分なおもてなしは出来ませんけど……」
『ああ、それは気にしなくていいよ。自分たちで出来ることはやるし、こっちから誰か連れて行ってもいいしね』
使用人まで連れて来る気ですか。
気合入ってるなあ……、こうなったらもう何を言っても駄目だろうな。
「クリス様、お兄様とカレンがしばらく泊まりに来ることに決まったそうです……」
「決まったのかよ……。まあ、もてなさなくていいんなら別にいいけど。ハア……」
クリス様……、ため息を吐きたい気持ちは私も同じです。
「お兄様、それでいついらっしゃるんですか?」
『明日の午前中かな!』
ちょっと!
もう夜なのに、明日の朝来るってショートノーティス過ぎるわ!
『それじゃ、クリス様にもよろしくね! ……プープープープープー』
「あっ、おにっ……! ……切られました」
お兄様……、反論される前に切りましたね。
「まあチェレス達なら本当にほったらかしでも気にしないだろう。プリマヴェーラ辺境伯夫妻だったら放っておくわけにはいかないが……。というか、お前のほうが自分の親のところに入り浸りになりそうだ」
むう、私だって3年間の寮生活を経験して、だいぶ精神的に自立したんだからね!
「そんなことはありません! 私はもう大人ですから、とっくに親離れしています」
「……へー」
その目!
まったく信用していませんね?
よーし、こうなったら大人になったことを証明してやる!
まずは手始めに夕食の支度だ。
「クリス様、そろそろ夕食にしませんか?」
「ああ、そうだな。じゃあ俺は、今日はステーキにする」
散々牛を見てきた後にステーキなんですね……。
水族館に行って魚を見て『かわいー、きれいー』と言った帰り、回転寿司に立ち寄るタイプだとお見受けしました。
私も同じの食べるけどさ。
「ーーポチッとな!」
魔法で出しただけで夕食の支度というのもなんだから、今日はお皿に移していただこうっと。
そう思い立ち、私はお弁当の箱を2つ重ねてキッチンへと移動した。
「……あ」
そういえば、今日はクリス様が朝食を作ってくれたんだった。
ガス台に乗ったままのフライパンとフライ返しを見て思い出したよ。
シンクには卵をかき混ぜたボウルとフォークが、水も張られずそのまま放置されてカピカピになっている。
……うん、寝室で食べた朝食も、食器が置きっぱなしで片付いていないってことですね。
たいへんだ。
仕事が満載だ。
お弁当を食器に移したら、さらに仕事が増えちゃうじゃん!
「お待たせいたしました」
私はくるりと踵を返し、何事もなかったようにお弁当の箱をダイニングテーブルに並べた。
「なんでいったん厨房へ行ったんだ?」
「お水でも用意しようかなーと……。でも、クリス様はワインの方がいいかなと思って引き返してきました」
「ふーん……?」
かなり疑わし気な目で私を見てるけど、お弁当をお皿に移すのを取り止めたことはどうにか誤魔化せた。
ここはさっさと話題を変えてしまおう。
「お兄様たちにはこのコテージじゃ少し狭いでしょうか?」
後でお父様も使うんでしょうし、もっと大きくて部屋数が多いコテージが必要かもしれない。
何しろ2人ともデカいからね。
「そうだなあ。チェレス達だけじゃなくて、俺たち用にももう少し広いコテージが必要かな。屋敷を建てるのに、おそらく2年はかかると思うぞ」
2年か……。
劇場を建てるのにも2年以上かかったんだし、急いでもらってもやっぱり2年はかかるのはしょうがない。
むしろ2年で済めば早い方だよね……、アンドレオが謎のこだわりを発揮したらもっとかかるかもしれないし。
「わかりました。じゃあ、明日の朝、お兄様たちが着く前に広めのコテージを出しましょう。寝室は5つくらいでいいですか?」
「そうだな。それから、あの梯子は階段に変えられないか? 踏み外しそうで、どうも登る気になれない。親戚の小さい子ども達が遊びに来ることがあるかもしれないし、できれば危ないものは最初からない方がいい」
確かにあの梯子は子どもには危険だ。
マルティーノおじさまの子ども達はやんちゃだし、ダメと言ったら余計登りそうな気がするから撤去するが吉だな。
「そうですね。階段に変えることにします」
アンドレオにデザイン性について散々ダメ出しされてしまったので、汚名を返上するべく、今度のコテージは見た目にもこだわりたい。
それから、せっかくの美しい景色があるんだから、2階にもガラス張りの眺めのいい部屋を作ってみようかな。
「住み込みの使用人用の部屋も必要かな……。いや、別のコテージに住んでもらえばいいか」
はい、私も使用人用の部屋は別棟にする案に賛成です。
だって、家の中に2人きりってすごく快適なんだもん!
そして私たちは、あれこれと理想のコテージを話し合いながら、しばらく味わえないであろう2人きりの夕食のひと時を楽しんだ。
コンコン!
「失礼いたします! 旦那様、奥様。お客様がお見えでございます」
ドアの向こうでカーラの声がする。
「入れ……」
たったいま目が覚めたらしいクリス様が、かすれ声でカーラの入室を許可した。
「失礼いたします」
カーラは部屋に入ると、まっすぐ窓辺へ行きシャッとカーテンを開け放つ。
うう……、まぶしいよ……。
こんな朝早くにお客様っていったい誰なのよ……?
「奥様、起きてください! チェレスティーノ様とカレンデュラ様がお見えでございます」
ゆさゆさゆさ……。
ちょっとカーラ、分かったからそんなに揺さぶらないでよ。
お兄様なら適当に待ってもらえばいいじゃない……、私は……、もう少し……、寝る……。
「奥様!」
「うぅー……、おきたわ……。いま、なんじなの?」
「7時半でございます」
7時半!?
人の家を訪ねる時間じゃなくない?
お兄様め、午前中と早朝じゃニュアンスが全然違うんだからね!
まったく、一般常識を身に付けてほしいな!