第7話 美味しいお菓子
このフォルトゥーナ王国では生クリームを使ったケーキが普及していない。
冷蔵庫がなく、適切な温度管理が出来ないためだ。
なのに、あの白いクリームはどう見てもホイップクリームだよね……?
「ああ、これはクリームチーズを使ったお菓子ですよ。よかったらお一つ召し上がってみてください。ゆうべ作ったばかりの新鮮なチーズですから美味しいですよ」
「まあ、クリームチーズなの!?」
へえーっ、クリームの下はどうなってるんだろう?
早く食べてみたい!
やることが出来たリサは落ち着きを取り戻すと、いったん奥へ引っ込み、私たちの分のカップとお菓子が入った器を持って来くれた。
「さあどうぞ。お口に合いますかどうか」
「美味しそうだわ」
私は早速白いクリームにスプーンを差し入れ、一口頬張った。
ーーまったりとしたこの味……ッ!
このチーズはもしや!
「これはッ、マスカルポーネじゃなくって!?」
「えっ?」
「マスカルポーネという種類のチーズでしょう? よくお菓子の材料に使われる」
癖がなくクリーミーなこの味、ティラミスに使うチーズだよね!
「ええと、私はクリームチーズと呼んでおりますが……」
まあ名前はなんでもいいです!
そんなことより、このチーズとココアパウダーとコーヒーがあればティラミスが作れるじゃない!
「ココアパウダーをかけたお菓子が作れますね、クリス様?」
「ココアパウダー?」
あれ……、そう言えばココアの粉は出したことがなかったかな?
「チョコレートと似た味の……」
「チョコレートはお前の魔法でしか食べられないだろ。この国にはない食べ物だ」
そうでした……。
じゃあ、魔法を使わずにティラミスを作るのは無理なのか……。
ちょっとガッカリしながら、私は二口目を口に入れた。
「んっ!? 中に何か入っているわ。果物かしら?」
「はい。さくらんぼの蜂蜜シロップ漬けが入ってますよ。一番下がシロップを塗ったパンケーキ、その上にさくらんぼを敷き詰めて、最後にクリームチーズをたっぷり乗せるんです。しばらく置いておくと、さくらんぼの味がクリームチーズに移って美味しくなるんですよ」
そう言われてよく見てみると、さくらんぼの周りのクリームチーズがピンク色に変わっている。
この国のさくらんぼは大粒で甘みが強く、ダーク・チェリーのような濃い色合いもお菓子にするにはピッタリの華やかさだ。
「美味しい。こんなお菓子があったなんて知らなかったわ」
「このチーズは日持ちしない種類ですので、なかなか町へ卸したりは出来ないんですよ。たまには村の人たちに売ったりもしますが」
「そうなの……。残念ね」
せっかくマスカルポーネを発見できたのに……。
どうにか活用できないものか。
「熟成チーズの方でしたらお分けできますよ」
「うちのかーちゃんのチーズは美味いですよ」
「もしかしてチーズ作りの名人というのは……」
ガスパロの言葉に、クリス様がふと思い出したように言う。
「うちの、いえ、私の妻のことだと思います」
ガスパロは満面の笑みで誇らしげに言った。
「それはちょうどよかった。この後、チーズ作りの名人を探しに行くところだったんだ。例の牛が育ったら、その乳でチーズを作ってみてくれないか。普通に育てた牛の乳と、特別なエサで育てた牛の乳で作ったチーズに、味の違いがあるか試してみたいんだ」
「味の違い? 牛乳は牛乳ではないんですか……? よく分かりませんが、チーズならいつも作ってますので、お安い御用です」
リサはクリス様の言っていることをあまり飲み込めていないようだったが、とりあえず仕事を引き受けてくれたのでホッとした。
「それから、日持ちがしないというこのクリームチーズも出来るだけ作ってほしい。うちの領でしか食べられない特産品にしたいんだ」
やっぱりクリス様もこの味が気に入ったんだ!
私も、このチーズは絶対に評判になると思うよ!
「で、でも、本当にすぐにダメになってしまうのです」
「大丈夫だよ」
「でも……。ここからラルゴの町まで遠いので、その都度お届けにあがるというわけには……」
マスカルポーネの日持ちや納品の手間がどうしても気にかかるようで、今度はリサもなかなかうんと言ってくれない。
「ああ、作ってくれるなら誰かに取りに来させるから心配はいらない。最初は週に1度でもいいんだ。なんとか頼めないかな?」
「はあ……。では、週に1度でしたら……」
リサがクリス様の押しに負けて渋々頷く。
「よかった。ゆくゆくは村の中で手伝いの人を雇って、大量生産できるように体制を整えよう」
「えっ!」
週に1度の筈がいつのまにか大量生産に話がすり替わってしまい、仰天したリサが目を白黒させている。
クリス様……、ちょっとだまし討ちっぽいです……。
でも、悪いようにはしませんから、そこは安心してください!
目まぐるしく飛び回った一日を終え、私たちは日が落ちる頃にやっと小島へと戻って来た。
「ふうー、疲れましたね」
「そうだな。あちこち移動していると、あっという間に一日が終わってしまう」
ドサリとソファに身を沈めると、疲れを実感してもう動きたくなくなってきたよ……。
今日は使用人もいないし、夕食はお弁当で簡単に済ませよう。
「少し休憩したら、夕食にしましょうか」
「ああ、今夜は何にーー」
ブーブーブーブーブー!
クリス様の話をぶったぎって私の通信機が鳴り出した。
「あら誰かしら? はい、こちらチェリーナ隊員です、どーぞー!」
『あ、チェリーナ? 僕だけど』
その声はお兄様?
食事時に何かご用ですか?
「お兄様、結婚式ぶりですね」
と言ってもこの1ヵ月は誰かの結婚式に参加しっぱなしだから、しょっちゅう顔を合わせてたけど。
直近では、アルフォンソとラヴィエータの結婚式で会ったっけ。
『お互い忙しかったよね』
「そうですね」
『それで、チェリーナ達は2人きりの新婚生活を満喫しているのかな? 別に羨ましいわけじゃないけど』
ん、なんだろう?
何を言いたいの?
「ええまあ。使用人が少ないのでコテージに2人きりになることが多いですね」
『ふーん……、うちは常に誰かがいるから、2人きりになる機会なんて全くないよね。新婚なのに。別にチェリーナ達が羨ましいわけじゃないけど』
……羨ましいのね!?
もしかして、2人きりになりたいのになれなくて、妹に愚痴るために電話して来たの?
「どこかに旅にでも行ったらどうですか?」
『この一ヵ月移動ばかりだったから、それもちょっと。うちでのんびりしつつ、2人きりになりたいなって』
好きにしたら!?
そういうことは私じゃなくて妻であるカレンデュラと相談すべきでしょ?
「はあ、そうですか……」
『でも、チェリーナがそこまで言うなら、アメティースタ公爵領でしばらく過ごしてみようかな』
は?
いきなり何を言い出したの?
私、何も言ってないよ!
「お兄様、何を言ってるんですか?」
『チェリーナ達と同じように、小島の中のコテージで過ごせば僕の希望通りになる。チェリーナの招待を受けようかな』
いや、だから招待してませんて!
『おい、チェレス。本当にチェリーナは俺たちじゃなくてお前たちを招待したのか? ちょっと通信機を貸してみろ』
この声はお父様!?
通信機の向こうにみんな揃ってるってこと?
そしてお兄様……、事実にないことをねつ造しないでください……。
『父上、僕たちは新婚なんですよ! 最初は僕たちに譲ってください』
『だが、チェリーナの様子も見に行きたいしな。俺たちが第二の新婚旅行に出かけて、お前たちはこの家で新婚生活を送ればちょうどいいじゃないか』
『家に残ったら仕事があるでしょう!』
ああ……、なるほど。
家にいるのに仕事しない訳にはいかないもんね。
それでどっちが行くかで揉めてると……。
事情はわかったけど……、できれば受け入れる側の都合も聞いてほしいところです……。