第6話 マツザッカ村
「はい! と、いうことでぇ、私はいまマツザッカ村に来ていまぁす! 見てください、この景色! 牛さんがいーっぱいいますねー!」
私は目の前でのんびりと草を食むたくさんの牛に目を奪われていた。
はあー、癒されるー!
「お前は誰に向かって話してるんだよ」
クリス様から突っ込みが入ったことにより、中継ごっこは終わりの時を迎えた。
できればスタジオさんにお返しするタイミングまで続けさせてほしかったけど……。
「私からは以上でぇす……」
「わざとらしいし、甲高い作り声でへんだぞ」
この後は食レポが控えているのに、まさかの全否定。
「ゴホン! 私はいま練習してるんですよ!」
「練習ってなんだよ」
言い逃れじゃありませんから!
そんな疑わしそうな目で見ないでください。
「このアメティースタ公爵領のいいところを録画して宣伝するんですよ。美しい湖に新しい劇場、美味しい料理なんかを分かり易く纏めて観光客の心を掴むんです! ただ待っててもお客さんは来ないんですからね!」
「なるほど……。お前もいろいろ考えてるんだな。そういえば結婚式のアレも評判がよかったっけ」
そうですよ!
出会い再現VTRの評判はすごかったんだから。
……お父様とお母様には私の過去の行いがバレて、あの後若干叱られたけどさ。
「言葉を尽くすよりも、目で見た方が興味を引きますからね」
「確かにな。だけど、まだ牛の育成に成功してないし、劇場の初演もこれからだ。もう少し形になってから撮影した方がいいと思うぞ」
それはまあ……。
どこもかしこも工事中の今は、あんまり撮影に適した時期とは言えない。
「はい。だから、本番のために今から練習してたんです」
「そうか。じゃあ練習しながらでいいから、そろそろ村の方向に歩いてくれよ」
そう言えばそうでした。
村人に牛の育成を委託するためにわざわざ来たのに、つい本物の牛に気を取られて本来の目的を忘れるところだった。
「お前さんがたー、どっから来なすったねー?」
突然、背後から気の抜けるようなのんびりした声で話しかけられた。
くるりと後ろを振り向くと、牛飼いと思われる50代くらいの男の人が立っている。
「あら! こんにちは! 私たちはついこの間、王都からこのアメティースタ公爵領へ引っ越してきたのよ。ね、クリス様?」
「はー、王都から来なすったかねー。それは遠いところをこんな田舎までごくろうさんだねー」
「ははは。自分の領地だからな、どんなに遠くても来るしかない」
おじさんの、こんなところに来るなんて物好きだねといいたげな様子に、クリス様は苦笑いした。
「まままま、まさか、アメティースタ公爵様ご夫妻でいらっ、いらしゃ、いらっしゃいますかっ?」
クリス様が公爵本人とは思ってもいなかったらしいおじさんが気の毒なほどうろたえている。
「そんなにかしこまる必要はないぞ。実は頼みがあってこの村に来たんだ。領内で一番大きな牧場がこの村にあると聞いてな」
「いいい、いちばん大きいと言いますと、わ、わたしの牧場のことかとっ」
おお、やっぱりここで当たりだったんだ!
「あら、ちょうどよかったわ。空から見て一番大きかったからここへ降りてみたのよ」
「そ、空……?」
どうやら私たちがトブーンが飛んでくるところは、おじさんは見ていなかったようだ。
「ところで頼みなんだが」
「は、はいっ。どんなことでしょうかっ」
「このエサを使って、牛を育ててほしいんだ」
クリス様はアイテム袋からエサの入った箱を取り出し、ふたを開けておじさんの方へ差し出す。
おじさんは恐る恐るその中を覗き込みながら、訳が分からないといった顔をした。
「エ、エサとおっしゃいましたか? ごらんの通り、牛はその辺の草を自分で食べとりますが……」
うん、あっちでもこっちでもモシャモシャ食べてるね。
あっ、子牛もいるんだー、可愛いなあ。
「草だけじゃなくて、このエサも食べさせると、肉質が柔らかくなるんだ。どんな結果になっても公爵家が補償をするから、試してみてくれないか。とりあえず、子牛から始めてみてほしい」
「は、はあ。公爵様のご命令でしたらば、このガスパロがしかと引き受けさせていただきます」
ガスパロと名乗ったおじさんは、頭を下げて恭しくエサの入った箱を受け取った。
「ああ。頼むよ、ガスパロ」
「あのう……、この量ではすぐに食べ終わってしまいそうですが……」
「あら、エサはたくさんあるわ。どこへ置けばいいかしら? ここでは邪魔になってしまうでしょう?」
「たくさん……?」
私たちが手ぶらなように見えるので、ガスパロが不思議そうに辺りをキョロキョロと見回している。
「納屋かどこかへ案内してちょうだい」
「は、はあ……。では、こちらへどうぞ」
牛が放牧されていたところからは木の陰になっていて見えなかったが、すぐ近くに牛舎や納屋、それから母屋などの建物が立っていた。
「この建物が納屋ですが……」
「エサ置き場はここでいいの? 結構な量があるわよ?」
「はい。後から他の場所へ移せばいいので、とりあえずはその辺の空いてるところで」
「わかったわ。ーーポチッとな!」
ドスンッ!
「うわあッ!」
目の前に突然現れた大きな箱に驚いたガスパロが尻もちをついてしまった。
足りないっていうから10倍に拡大して出したんだけど、ちょっと大きすぎたかな?
人が入れるほどの大きさの箱が急に現れたら、そりゃ驚くか……。
「大丈夫? 驚かせてごめんなさいね」
「こりゃあたまげたー。はー、魔法つーのは、すごいもんだなあー」
エヘ、それほどでも。
「あんたー、大きな声出してどうかしたのかいー?」
外から奥さんらしき人の声が聞こえてきた。
「あー、なんでもないぞー」
「ちょうどお菓子が出来たところだよー、少し休憩したらー」
「おー、すぐ行くー」
ほのぼのとした夫婦の会話が微笑ましい。
話し方がそっくりだよね。
やっぱり夫婦って似るものなんだなあ。
「あのー、もしよかったらお茶でもいかがでしょうか? うちのかーちゃん、いえ、わたしの妻のお菓子は美味いと評判なんです」
えっ、そうなの?
それは是非ともご相伴にあずかりたい!
「まあ、ありがとう! クリス様、せっかくですからいただいて行きましょう?」
「ああ、そうしよう」
美味しいお菓子と聞いて嬉しそう。
私よりクリス様の方が甘いもの好きだもんね。
「こんにちは!」
「邪魔をする」
ガスパロが入口の扉を押さえてくれているため、私が最初に部屋の中へ入らせてもらうと、突然の来客に驚いたガスパロの妻が目を丸くしていた。
「あらー、いらっしゃいませ……?」
テーブルの上に、お茶のセットと共に何やら白いクリームみたいなものが乗っている。
あれが美味しいお菓子かな?
「公爵様、奥様、私の妻のリサでございます。かーちゃん、こちらのアメティースタ公爵様ご夫妻が、俺に牛を育ててほしいんだと」
「ああああ、アメティースタ公爵様っ!? まあまあまあっ、どうしましょう! こんなむさくるしいところでっ」
そりゃ何の前触れもなく領主が訪ねてきたらこうなるよね。
なんか、急に来てすみません……。
「ああ、気を使わず楽にしてくれ。美味いお菓子があると聞いて、こうして図々しくやって来たよ」
ガスパロの妻の動揺を和らげようと、クリス様は努めてフランクに接しているようだ。
よーし、私も会話を弾ませるお手伝いをいたます!
「突然お邪魔してごめんなさいね。ところで、あの白いクリームは何かしら?」
さっきからクリームの正体が気になってるんですよね。