第66話 出生の秘密
この深刻そうな様子は……。
たぶん、ロマーノはこれからカミングアウトする気なんだ。
「ああ、もちろん。それじゃ、俺たちのコテージで話そうか」
「ありがとうございます」
ロマーノはジョルジオに向かって合図を送るように一つ頷く。
すると、事前に話を聞いていたらしいジョルジオは、私たちに一礼してそのまま隣のコテージへと姿を消した。
「ジョルジオは一緒じゃなくてよかったのか?」
「はい。私たちが二人そろって国王陛下のお傍を長く離れるわけにはまいりませんので」
「そうか」
そして私たちはコテージに入り、リビングのソファに腰を下ろすと、ロマーノが話を切り出すのを待った。
「……」
「……」
お互い無言のまま時が流れる。
ロマーノもここに来る前に覚悟を決めてきたんだろうけど、やっぱり「実は私の隠し子でした」なんて中々言い出せないよね……。
「あのー、お茶でも……」
「いえ、お茶は結構です。話と言うのは……、話と言うのは……」
大丈夫、分かってるから!
「ビビのことですよね?」
「は、はい」
「事情がおありなのは分かっています。どんな話を聞いても責めるようなことはいたしませんので、どうぞ安心してお話してください」
そうだよ、ここで「隠し子なんて最低!」とか責めたところで状況が良くなるわけじゃない。
ビビのためにも、最良の道をみんなで考えなくてはならないのだ。
「マルチェリーナ様……。もしや、事情を察していらっしゃるのでしょうか」
ええ、私は人より察しがいい方ですから……。
ここはロマーノが話しやすいように、私が核心を言ってしまおう。
「ビビとロマーノ様は血縁があるのではないでしょうか」
「はは……、そこまでお見通しなのですね……。さすがは聖女と噂されるお方だけのことはある」
やっぱり……。
ロマーノは弱々しく微笑むと、目を閉じてしばらく黙り込んだ。
そしてゆっくり目を開くと、真っ直ぐに私たちを見た。
「私たちはビビを、トリスタン伯爵家の養子として迎えたいと思っております。つきましては、国王陛下が王都へ戻られる際に、ビビも一緒に連れて行くことをお許しいただけますでしょうか」
「よ、養子……? でも、実子なのではないですか?」
ロマーノの奥さんに隠し子の存在を言えずに、無理やり誤魔化す気なの……?
でも、そんなのすぐにバレるんじゃない?
「はい……。しかし、事情があり、どうしても父親の元では暮らせないのです」
ん?
父親の元では暮らせないって、ロマーノと一緒には暮らせないってこと?
「どんな事情があるのか知らないが、ビビの父親とは一体誰なんだ?」
クリス様って意外と察しが悪いんだな。
どう考えてもロマーノしかいないでしょうよ。
「……私には弟が1人いるのです」
え、なんで唐突に弟の話に飛んだの!?
意味が分からない……。
「トリスタン伯爵家は代々王家に仕える武家ですので、弟も私と同様に騎士として出仕しておりました。そして、次男である弟には後を継ぐ領地がありませんので、幼少の頃から婿入り先が決まっていたのです」
貴族家の跡取り娘は引く手あまたで、非常に競争率が高い。
だから、次男や三男がいる有力貴族は、息子が幼いうちからあらゆる伝手を使って婿入り先を探すのが一般的だ。
「弟と婚約者の仲は良好で、両親も私も安心しておりましたが……。弟が旧デゼルト子爵領へ赴任してから状況が一変してしまいました」
旧デゼルト子爵領……?
聞いたことがあるぞ。
「弟からの手紙は途絶えがちになり、休暇があっても帰省しなくなりました。私たちも不審に思っておりましたが、確かめることも出来ずにいるうちに、弟は大怪我を負った状態で王都へ戻ってきたのです」
あ、あれ……?
その話もなんか聞いたことある……。
「その弟が、ビビの父親なのか……?」
そうなのっ!?
ビビはロマーノの子どもじゃなかったの?
「私の弟の名は、ヴィルジリオ……。本人に確かめることは出来ませんが、おそらくは、ビビは弟の子なのでしょう」
えええええーーー!
「本人に確かめることが出来ないとはどういうことなんだ?」
「弟は……、怪我が元で記憶の一部が曖昧になったままなのです。昔のことは憶えていますが、旧デゼルト子爵領で過ごした1年半程の間の出来事は何も憶えておりません。そして悪いことに、弟は騎士を続けられる体でもなくなってしまいました。ですが、弟の婚約者は……、それでも構わない、婚約破棄はしたくないと……。2人は既に2年前に結婚しているのです」
ビビの父親が……、他の人と結婚を……?
なんということだ。
この複雑な状況、一体どうやって収拾を付ければいいのか……。
弟が浮気をしていなければこんなことにはなってないんだけど、それでも、大怪我を負って記憶喪失になってしまったのでは今更責めたところでどうにもならない。
それに、健気な弟の奥さんに、実はよそで子どもまで作ってましたなんてとてもじゃないけど言えないよ!
こ、これは、ロマーノじゃなくても悩みまくるわ……。
「弟がビビの母親とどういう約束をしていたのかは分かりません。ですが、弟が他の女性と結婚した頃、ビビの母親は1人でビビを産み、1人で育てながら弟の帰りを待っていたのかと思うと……」
ロマーノは言葉を詰まらせた。
「ビビの母親から弟へ手紙は出さなかったのか?」
「私と父は知りませんでしたが……、今回のことがあってビビの存在を両親に伝えたところ、母だけは弟が親しくしていた女性がいたことに薄々気が付いていたようでした。弟のところへ女性から度々手紙が届いていたようで、最初の1通だけは開封したものの、他の手紙は開封せずに捨ててしまったそうなのです。さすがに子どもがいたことまでは知らなかったようですが……」
最初の1通だけじゃ、その時はまだビビは生まれてなかったのかもしれない。
ロマーノの母親からしたら、婚約者がいる身の息子に他の女性から親し気な手紙が届いたら、警戒してしまうのは無理もない話だろう。
「そうか……。ビビの母親は……、亡くなったことは気の毒だったが、最悪の事態を知らずに逝けたことだけは救いだな……」
1人で子どもを育てて待ち続けた想い人が、他の女性と結婚していたなんて……。
そんなの辛すぎるよ……。
「せめて、残されたビビを幸せにすることが、私たち家族の使命だと受け止めております」
「ロマーノの養子にするのか?」
「いえ……。私はそのつもりでしたが、両親が反対しておりまして。私の妻や子どもたちのことも考えるようにと言われてしまい、両親の養子としてトリスタン伯爵家へ迎えることになったのです」
ロマーノの妻の立場なら、なぜ自分が義弟の子どもを押し付けられなければならないのかと納得できない思いがあるだろう。
自分が産んだ実の子と、義弟がよそで作った子を同等に扱えというのも酷な話だ。
それならば、血の繋がった祖父母に育てられた方が、ビビにとっては幸せなんじゃないだろうか。
祖父母の養子だとしても、ロマーノの養子だとしても、どちらにしてもトリスタン伯爵家の娘として良い結婚相手を見つけることが出来る。
「そうだったのですね……。実の父親と暮らすことが出来ない状況だということは分かりました。でも……、どうか、どうかビビを可愛がってあげてください」
「それはもちろんです。私の両親も、一目ビビを見れば間違いなく溺愛するでしょう。なにしろ、ビビは幼い頃の弟に生き写しなのですから。末っ子の弟は、私たち家族にとても愛されて育ったのです」
「そうなのですか……。それなら、よかった……」
ビビの家族が見つかったことはよかったけど、なんとも言えない複雑な心境だ。
ここまで込み入った事情があったとは思っても見なかった。
それに、国王陛下が王都へお帰りになるまであと3日しかない。
こんなに急にビビと別れることになるなんて……。
うう……、なんだか涙が出そうだよ……。




