第64話 変わらない人
当たり前だけど、舞台には音楽が付き物だ。
役者に合わせてオーケストラが生演奏しているので、舞台下のオーケストラピットと舞台の両方を見渡せる半地下になった部分があり、そこに指揮者が立って指揮をする。
だから2階席から見ると指揮者が丸見えになるし、動きが気になる気持ちもわかるけど。
「それは申し訳ございませんでした! ガブリエル様は1階の最前列にすればよかったですね!」
1階最前列中央席で、指揮者の後頭部に目が釘付けになればいい!
「最前列は近すぎて全体が見えない。1階の7列目辺りが端から端までしっかり見えるし、迫力もあってちょうどいい」
自分で取れよ!
誰がどんだけ甘やかしたらこんな人が出来上がるの!?
「次回からはご自分で好きなように手配してください!」
「そうする。オルランディーヌには最高の席を用意したいからな」
私たちだって最高の席を用意したつもりですけどね!
「まあまあ、チェリーナ。こういうのは好みがあるからさ。僕は2階席でよかったよ」
「お兄様……」
「そうだぞ。せっかくの日にケンカするなよ」
お兄様とクリス様に宥められては、いつまでも怒っているわけにはいかない。
「わかりました……。そうだわ、ジュリオ様とルイーザは今日は泊っていけるんだったわね?」
私は気持ちを切り替えるついでとばかりに話題を変えてみた。
「ええ、そのつもりよ」
お兄様たちは近いから日帰りだけど、アゴスト伯爵領は日帰りするには遠すぎるからね。
ファエロは宰相であるお父さんの補佐的な仕事をしているので、これからトブーンを飛ばして王都へ帰らなければならないそうだ。
王都もだいぶ遠いのに……、夜間の飛行にはくれぐれも気を付けてください。
「今夜は私たちのコテージに泊まってちょうだい」
「ありがーー」
「俺も泊まる」
は!?
ガブリエル、急に何を言いだした。
「泊らずにお帰りになると言ってませんでしたか?」
「気が変わった」
自由だな!
「どちらにお泊りに……?」
「俺も同じところでいい」
うちに泊まるんかい!
そりゃありがたいですね!
「急にどうしたんだ、ガブリエル?」
「今日は1人で来るつもりだったが、行きがけにガブリエラが一緒に行きたいと言い出してな。子どもに日帰りはきついだろ」
そ、そうだった。
すっかり忘れてたけど、ガブリエルは子連れで来てたんだっけ。
いつものわがまま発動かと思いきや、父親としていろいろ考えてたんだな。
「ガブリエルもちゃんと父親をやってるんだなあ。ちょっと感動しちゃうよ。それにしても、まさかガブリエルが僕たちの中で一番に父親になるとは思わなかったな」
お兄様、私も激しく同意いたします!
わがまま大王がサクッと父親になり、一番大人で常識人のファエロはまだ独身とは……。
どうなってるんだ、一体。
「まだ部屋は空いてるから、ガブリエルもうちに泊まればいい」
「そうする」
……まあ、子連れのガブリエルに向かって宿に泊まれというつもりはないけど。
ビビとガブリエラは同じ年頃だから仲良くなれるかもしれないし。
だけどさあ、言い方ってものがあるでしょ!?
急で悪いけど泊めてもらえないかな的な前振りもなく、勝手に人の家に泊まるって決定しないでほしいよ。
はあー……、この調子じゃ、うちに帰ってからもガブリエルにイライラさせられるんだろうな。
ヤレヤレだよ、まったく。
そして、大盛況のうちに開幕記念パーティは終わりを迎えた。
ちょっと短かった気がするけど、時間の都合でお開きにせざるを得ない。
宿泊希望者には劇場近くの宿に泊まってもらうことになっているけど、近隣の領に住む人たちは日帰りするからね。
「ふう、ちょっと疲れましたね」
私たちは帰る人たちを見送った後、暗くなる前にコテージのある小島へと引き上げてきた。
ソファに座りたいけど、いったん座ったら立ち上がれなくなりそうだからもう少し我慢だ。
「そうだな」
「今日の夕食はどうします? 今はあまりお腹が空いてませんけど、後で小腹が空きそうです」
なんだか食べ物のことばっかり気にしてるみたいだけど、なんせここはお店も何もない小島だからね。
私たちはともかく、お客様達が飢えないようにホストとして気を付けなくてはならないのだ。
「おべんとーとサンドイッチでも用意しておくか」
「そうしましょう。好きな時に食べてもらえますし、アイテム袋に入れておけば腐りませんから。国王陛下のコテージにもちょっと差し入れしてきますね」
「ああ、頼むよ」
そして私はクリス様と友人たちを部屋に残し、1人で隣のコテージへ向かった。
「ーーじゃないか」
「しかし……」
玄関の扉を開けようと手を伸ばしたところへ、どこからかボソボソと人の話し声が聞こえてくる。
男の人の声みたいだけど、どこから聞こえるんだろう?
「あ……」
玄関を通り過ぎ、角を曲がったところを覗いてみると、ロマーノとジョルジオが深刻な顔で話し込んでいるのが見えた。
「ーーお前がそこまでする必要があるのか?」
「それは、あるだろう……。血の繋がりは切ろうと思って切れるものではない」
こここ、これは……ッ!
ロマーノとビビが親子だって話をしてるんじゃない!?
血の繋がりがどうこうって、もう自分の子どもだって認めてるってことだよね。
隠し子を連れて家に帰ろうものなら、奥さんと修羅場になるのは間違いない。
だから、ここのところロマーノは元気がなかったんだ……。
「立ち聞きしていい話じゃないわよね……」
私は足音を立てないように、そろそろとその場を後にした。
ヘビーな内緒話を聞いてしまった……。
それにしても、自分の推理力が怖すぎる。
またしても大当たりだったじゃないの……。
本気で探偵への転職を考える時期なのか。
その後私は、半ばうわの空で国王陛下のコテージへ食料を届け、早々に自分たちのコテージへ戻った。
みんなの話に相槌を打ちながらも、どうしてもビビの今後のことが気になって仕方がない。
今は向こうのコテージで楽しく遊んでいるけど……、ロマーノの家に行ったら地獄の日々が待っているんじゃ……。
「ーーリーナ、チェリーナ!」
「あっ、は、はい!」
しまった、何の話?
全然会話が頭に入って来ないよ。
「どうしたんだよ、向こうで何かあったのか?」
「いえ、何もありません。少し疲れただけです」
「そうか」
クリス様だけなら相談できるけど、他の人にまでロマーノの個人的なことを暴露するわけにはいかない。
ここは誤魔化さなければ……。
「何もしてないのになぜ疲れる?」
ほんっとに、ガブリエルって失礼だよね!?
「何もしてなくありません! 私だっていろいろと忙しいんですから!」
「例えば?」
「えーと、クリス様の仕事のお手伝いをしたり……」
最近はビビの相手ばかりで手伝ってなかったけど。
「手伝い。そういえば、領地発展がどうこうって息巻いていたが、成果はあったのか?」
「せ、成果……」
な、何かあったかな?
劇場は私の成果というより、私が学生のうちからクリス様が取り組んできたことだし……。
「チェリーナの魔法で餌を出して、肉質の柔らかい牛を育てることにしたじゃないか。それにその牛の乳でチーズも作るし」
そうだ、それがあった!
「そうです、クリス様と2人でアメティースタ公爵領の特産品にしようと考えたんですから! 新しいチーズのデザートも考えてるんです! ねっ、クリス様?」
「ああ、今回はまだ牛が育ってないから無理だったが、今度みんなが来る時には是非食べて行ってくれ」
「まあ、牛を。肉質の柔らかい牛というと、チェリーナのおべんとーのお肉のような感じかしら?」
さすがルイーザ、ご名答!
まさしくあれを目指しています。
「そうなのよ。あのお弁当に使っているような牛肉を、この領で育てられないかってクリス様が思いついたの」
「……新しいチーズのデザートとは?」
「えっ?」
食いつくのはそっちなの……?




