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第59話 舞台『ラベスティアの森の怪人』~第一幕~


シュッとマッチを擦る音が響き、真っ暗な闇の中にぽうっと明かりが灯される。


部屋の中央にある大きなベッドには、1人の少年が弱々しく横たわっていた。

手にしていたランプをサイドテーブルに置いた初老の女性は、ベッドの傍らに跪くと一心に神に祈りを捧げ始めた。


「神様、どうか坊ちゃまをお助けくださいませ……!」


「ううっ……、はあはあはあ……」


祈りもむなしく、少年は苦し気に顔を歪めるばかりだった。


ーーガチャッ!


ノックもなしにいきなり荒々しくドアが開け放たれ、戸口に男の影が浮かび上がった。


「病は治りそうなのか」


「旦那様……。坊ちゃまは精一杯頑張っておいでです。坊ちゃまはまだ12歳、まだまだお母様が恋しい年頃ですわ。奥様に是非お見舞いに来ていただけるよう、旦那様からお口添えいただけないでしょうか?」


「ふん、あの女が来るものか。自分のことしか頭にない女だ」


憎々し気に吐き捨てた男は、一歩ベッドへ近づいたかと思うと弾かれたように後退った。


「なっ! 何ということだ! まるで化け物ではないか!」


少年の顔を一目見た男は、大袈裟に喚きたてる。


「何をおっしゃいます! あなた様のお子様でございますよ」


「わしは知らん! こんなモノはわしの子どもではない! この屋敷にはもう置いておけない、今すぐ放り出せ!」


「そんな! 生きるか死ぬかという瀬戸際に、このお屋敷を追い出されては死んでしまいます! どうかお考え直しを! どうか、どうか……!」


初老の女性は男の足元に縋り付き、少年のために必死に懇願した。


「……ラベスティアの森に私の別荘がある。今後はそこで暮らせ」


男は財布を取り出し、それを丸ごと初老の女性の方へポトリと投げ落とすと、逃げるようにその場を立ち去った。






『エルネスト! こっちだよ!』


「どこだい?」


どこからか聞こえる幼げな声に、エルネストと呼ばれた少年はキョロキョロと辺りを見回した。

つばの広い帽子を目深にかぶった少年の顔は、口元ぐらいしか見ることが出来ない。


『こっちだよ!』

『ここよ!』

『こっちだってば!』


賑やかにはしゃぐ声と共に、背中に羽を付けた沢山の妖精たちが現れる。


そしてエルネストを囲んで一斉に歌いだした。

その無邪気な歌声に聞き入っていると、1人の妖精が慌ててやってきた。


『たいへんだよう! たいへんだよう!』


「どうかしたのかい?」


『おんなの子がいるよ! おおかみにたべられそうだよ!』


妖精は可愛らしい声で恐ろしいことを告げる。


「なんだって!? 助けに行かないと! そこへ案内してくれるかい?」


『いいよ!』


そのまま走りかけて、エルネストの目が庭の手入れで使っているピッチフォークを捉えた。

これを武器にしようと考えたエルネストは、素早くピッチフォークを手に取って駆け出した。





「えーん、えーん、えーん」


「声が聞こえる!」


『もうすぐそこだよ! おおかみたちもちかくで見てるよ!』


噛みつかれる前に助けなければ!

エルネストはザザッと茂みをかき分け、女の子の前に飛び出した。


「ひっ」


「しーっ、静かにしようね」


エルネストは、5歳ぐらいに見える小さな女の子に優しく声をかけた。

子どもが現れたことにホッとした顔の女の子はコクンと頷き、トコトコとエルネストに近づいて来る。


『エルネスト、おおかみがねらっているよ!』


ーーグルウ……、グウゥー……、ガウッ!


妖精の警告とほとんど同時に、茂みの中に潜んでいた一匹の狼が躍りかかってきた。


「くッ!」


エルネストは武器を構えて必死に薙ぎ払う。


ーーギャンッ!


ピッチフォークの鋭い歯が腹部を切り裂いたことで、狼が怯んだ様子を見せる。

この隙に一気に走って逃げよう!


「行くよ!」


エルネストが勢いよく振り返った拍子に、かぶっていた帽子がヒラリと宙を舞った。


「きゃーーー!」


エルネストの顔を見た女の子は、悲鳴をあげて気を失ってしまう。

苦い思いを噛みしめながらも、エルネストは帽子をかぶりなおして女の子を背負い、ピッチフォークを手に取った。


『ぼくたちもてつだうよ!』


ーーガウガウガウッ!


大勢の妖精たちが、狼の目の前でせわしなく飛び回って注意を引き付けてくれている。


「今のうちに!」


エルネストは一目散に駆け出した。





「まあ、坊ちゃま! この子はどうしたんですか?」


屋敷へ駆け込むと、目を丸くしたばあやが迎えてくれた。


「はあっ、はあはあ……。分からない。狼に襲われそうだと妖精たちが教えてくれたんだ」


「このボロボロの服……。もしかすると、捨て子なのかもしれません」


「捨てられた子どもか。僕と同じだな。ばあや、この子をうちに置いてあげられないかな?」


行くところがないならこの屋敷で暮らせばいい、エルネストはそう思った。


「このお屋敷のご主人様は坊ちゃまでございますよ」


ばあやはエルネストの手に優しく手を重ねる。


「それなら、この子はここで暮らす。……だけど、この子には僕の姿は見られたくないんだ。僕のことは言わないでくれない? この屋敷はばあやと、妖精たちが暮らしてるってことにしてほしいな」


「そんな……。坊ちゃまがこの子を助け、この屋敷に置いてくださるというのに……」


「いいんだ。この子は僕の姿が怖いんだもの。僕の顔を見て気を失ってしまったんだよ」


エルネストは悲し気に顔を伏せた。


「まあ……。坊ちゃまは誰よりも心が優しい良い子です。だから妖精たちにも好かれているのですよ。私も坊ちゃまのことが大好きです。どうかそのことを忘れないでください」


「ありがとう、ばあや」


「うう……」


女の子が目を覚ます気配を感じたエルネストは、急いで部屋を後にする。

そして、女の子を励ますため、エルネストはドアを隔てて歌を歌い始めた。


「だれのこえ……?」


「あれは……、妖精の歌声よ」


「ようせい……」


女の子は、その美しい歌声にうっとりと聞き入るのだった。





2人は互いの存在を感じながらも、顔を合わせることなく10年の時が経った。


「坊ちゃま……。フランカももう15歳になりました。いつまで顔を合わせないまま暮らすおつもりですか? あの子が慕っている”歌の妖精さん”は、本当は坊ちゃまなのだと打ち明けてみては?」


「でも……。僕は自信がないよ。あの子が慕ってくれているのは、妖精の僕であって、こんなに醜い男じゃない……」


顔の半分が隠れるほど大きな眼帯を付けたエルネストは、立派な体格に成長した体を小さく丸め、しょんぼりと肩を落とした。


「はーっ……、2人ともいつまでも子供ではいられないんです。この際ですからはっきり言わせていただきますが、フランカと結婚するつもりはないんですか?」


「けっ、けけけ、結婚!?」


飛び上がるように席を立った反動で、椅子がガタンと後ろにひっくり返る。


「坊ちゃまにそのつもりがないのなら……。あの子を手放してあげなくては。年頃の娘を森の中に閉じ込めておくなんて、酷なことですよ。結婚相手がいなくて、あの子はこの先どうやって生きていくのです?」


「手放す……。フランカを……」


エルネストはうわごとのように繰り返すと、そのまま部屋を後にし、妖精のいる庭へ出た。


『エルネストー!』

『ぼうっとしてる!』

『なんかへんだよ』


心配した妖精たちが次々に集まってきた。


「フランカを、手放さなければならないのか? 僕……、僕は……、そんなの嫌だ!」


10年の間共に暮らすうちに、エルネストはいつの間にかフランカに恋をするようになっていたのだ。


『いやならはなさなければいいよ』

『あたりまえだよ』

『なにをなやむの?』


「僕は醜いから……、フランカに嫌われることが怖いんだ」


恋心を自覚しつつも、告白することはエルネストにとってそう簡単なことではなかった。


『エルネストはきれいだよ。こころがピカピカしてる』

『うん、とってもきれい』

『フランカもエルネストをすきだよ』


「えっ……、そうかな? それじゃ……、勇気を出してみるよ」


妖精たちの言葉に励まされたエルネストは、フランカに求婚することを決意するのだった。





勢いづいたエルネストは、2階にあるフランカの部屋の窓へ小石を投げた。

コツンという小さな音に気付き、フランカは窓を開ける。


「誰?」


「……僕だよ」


つい条件反射で木の陰に身を隠してしまったエルネストが応える。


「歌の妖精さん? 歌を教えに来てくれたんですか?」


「今日は……、君に話があって。僕……、僕は……」


「どうしたの?」


「僕は、本当は妖精じゃない! ただの人間の男なんだ!」


覚悟を決めたエルネストは、叫ぶように言った。


「……あなたは人間なの? もしそうなら姿を見せて」


フランカの言葉に、エルネストはおずおずと木の陰から姿を現した。


「顔が見えないわ。あなたの顔を見せてください」


エルネストは、むしり取るように一気に眼帯を外し顔を露わにした。


「ヒイッ!」


もしかしたら、自分の顔も受け入れてくれるかもしれない……そんなエルネストの期待は打ち砕かれ、フランカは口を押えて後ずさった。

10年前に患った病は、エルネストの顔の左側に潰瘍の痕を広範囲に残していたのだ。


「そうか……、そうだよな……。君はこの屋敷を出て、街で暮らすといい」


エルネストはそう言うと、踵を返して森の中へと歩いて行った。


「ま、待って! 待ってください!」


呼び止めるフランカの声に振り返ることなく、エルネストは歩き続ける。

そして、足を止め、自嘲するように歌い始めた。


「こんな僕が幸せになれるかもしれないなんて……、何故思ってしまったんだ」


傷つき、絶望したエルネストは、心の叫びを切々と歌い上げた。

そして歌の終わりと共に、エルネストの心を象徴するかのような暗闇が、辺り一帯を包み込んでいくのだった。





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