第57話 本日のわがまま姫
「……父上、母上。そろそろ」
このカオスの中で声を掛けられるとは、クリス様もたいがい心臓が強いよね……?
「だっこヤー! だっこヤー! グララもっ、いぐんだもーーー! うあーーー!」
どうすんの、コレ?
抱き上げてあやそうとする国王陛下を、クラリッサ姫は思いっきりNO抱っこの姿勢で拒絶しています……。
アントニーノ王子やアルバーノ王子、それに二人に遊んでもらっていたビビもドン引きした顔で見守っている。
その気持ちわかるよ……。
「クリスティアーノ、子ども達も一緒に連れて行ってやれないのか?」
クラリッサ姫に大泣きされて困り果てた国王陛下が、クリス様に無理難題を言い始めた。
いや、ちょっと困りますから。
あっ、クラリッサ姫がピタッと泣き止んでる!
……嘘泣きだったんじゃないの?
「いくらなんでもクララは観劇するには幼すぎます。何時間も椅子に座ってじっとしていられないでしょう」
「しかしな。こんなに泣いて可哀想ではないか」
「うあああああああん!」
ああー……、いま泣き止んでたのに、また大声をあげ出したね。
国王陛下の言葉に、泣いて駄々をこねることが有効だと確信したに違いない。
ここままじゃ、国王陛下の言う通りにクラリッサ姫も連れて行くことになっちゃいそう!
「なんとかならんか……」
「クリスティアーノ、かわいそうよ……」
王妃様まで加勢し始めた!
他の3人ならともかく、クラリッサ姫はとんでもない危険物だよ、爆発物相当だよ、爆発物処理班が必要だよ……!
記念すべきこけら落とし公演が、大荒れに荒らされてしまうッ!
クリス様、絶対断って!
「チェリーナ……、どうする?」
そこで私に振る!?
私が決めていいならお断りだよ!
「どうすると言われても……。大事な公演ですので、パヴァロ君のこともマリアのことも、劇団員のみんなのことも精一杯応援したい。みんなこの日のために稽古を重ねてきたんですもの、存分に実力を発揮できるよう、舞台に集中できる環境にしてあげたいんです。それなのに、集中力が途切れるようなことになったら……」
超がんばってオブラートに包みましたから、国王陛下も王妃様も察してください。
「おーえん、しってるもん! がんばれーっていう!」
いや、言わんでくれ。
「舞台に立つ人を応援するには、静かに見守ることがとても重要なんです。お話してはいけませんし、音を立ててもいけません。クラリッサ姫はまだ小さいので、もっと大きくなってからの方が楽しめると思いますよ?」
「クララはおはなししないもん!」
その言葉、全く信用ならないんだけど、どうやって信じればいいのかな?
「困ったな……。父上と母上の席は2階席の真正面だ。舞台からもよく見える。そんな席で騒ぎになるのは……」
「クララを連れて行けるなら後ろの席でも構わない」
そんな訳にいきませんよ、国王陛下なんだから!
ううーん、この場をどう乗り切るか……。
クラリッサ姫が諦めるとも思えないし、国王陛下と王妃様に押し切られてしまうのも時間の問題だ。
子どもを黙らせる方法……、うーん、うーん、うーん……。
どうしよう、今日の舞台の成功は私の閃きに掛かってるんじゃない!?
「ーーあ、そうだ!」
黙らせるのは無理でも、キッズルームみたいな防音ブースに入れちゃえばいいんだ!
前世でも、ちびっこ連れの観客がガラス張りになった防音の小部屋から観劇しているのを見たことがある。
「何か思いついたのか?」
「子ども連れの観客のために、防音になった席を作るんです!」
「今から工事してる時間はないぞ。開場まであと20分、開演までだって50分しかないんだ」
確かに手作業で作ってたら間に合わない。
「そこは私の魔法で! ちょうどいい空きスペースがあるかどうか、劇場に行って見てみないことには分かりませんけど」
「よし、じゃあ早速劇場へ行ってみよう。父上、母上、私たちは先に出ます。成功するかどうかはまだ分かりませんが、とにかく、開演の15分前までには劇場へいらしてください」
なんならもっと早く来てくれてもいいんですよ?
開場時間になれば招待客たちが続々と到着するだろうから、私たちの代わりにロビーで社交に励んでくれると助かるし。
「わかった。すまんが、なんとか頼むよ」
「善処いたします」
そして私たちは、トブーンに乗り込み一足先に劇場へ向かった。
「まだ開場時間になっていないのに、劇場前に人が集まってるな。知り合いに捕まる前に裏口から中へ入ろう」
「そうですね、急がないと」
刻一刻と開演時間に近づいている。
ああっ、なんでこんなギリギリになって、観客席の改修なんてやる羽目になっちゃうかなー!
「こっちだ」
私はクリス様に手を引かれて裏口へと向かった。
「アメティースタ公爵様!? あのっ、入り口は反対側でございますが……」
裏口から入ろうとしたところで、ちょうど外に出ようとしていた人と出くわし、呼び止められてしまった。
「ああ、それは分かっている。開場前に観客席を見たいんだ。子ども用の席を作れないかと思ってな」
「お子様用の席を?」
「俺の妹がまだ2歳で、ものすごくうるさいんだよ……。舞台に影響がないように、魔法で防音スペースを作りたいんだ」
ものすごくうるさい2歳児と聞いた男の人は、見る見るうちにサーッと青褪めて行った。
「あの! 私もお手伝いいたします! 私は大道具を担当していますので、何かお役に立てれば!」
なんですと!?
こんなところで大道具さんに出会えるとは、まさに地獄に仏……!
「そうか! それは助かるよ! それじゃ早速行こう」
「はい。こちらでございます」
私たちは大道具さんの後について観客席へと向かった。
防音加工の施された両開きの重い扉を開けると、ダークレッドのベルベット張りの椅子がずらりと並ぶ観客席を一望できる、最前列の席に出た。
「わあー、綺麗!」
「1階席の後方部分が少し広くなっております。今から座席を取り外すのは困難ですから、あちらをお使いになってはいかがでしょうか?」
「そうね、あれだけ広ければ、もう一列分くらい増設しても問題なさそうだわ」
とりあえずは、子ども4人と両脇に大人2人が座れれば十分だ。
席は低反発クッションを敷いたベンチシートにして、防音ガラスで囲って。
舞台の音は聞こえるけど、防音ガラスの中から外へは音漏れしないようにする。
私は最後列へと急ぎつつ、頭の中で考えを纏めた。
うん、これはいけそう!
「ーーポチッとな!」
ズズーン!
「これで静かになるのか?」
「実験してみましょう! ちょっと中に入って叫んでみますから、クリス様は外で聞いててください」
私は早速防音スペースへ入り、扉を閉めた。
そして2段ほどの階段をあがり、席に腰を下ろす。
これくらいの高さがあれば、子どもたちの座高でも舞台がよく見えるだろう。
さあ、大声で叫ぶよー!
「豚が豚をぶったらぶたれた豚がぶっ倒れたー!」
聞こえたかな?
外の二人が首を振ってるところを見ると、聞こえなかったみたいだ。
大成功だね!
念のために、もうちょっと声を大きくして試してみるか。
「隣の客はよく柿食うきゃりーぱみゅぱみゅだーーー!」
どう?
うん、またもや聞こえてない!
念には念を入れて、もうちょっとボリュームをあげて叫んでみよう。
「お兄様の耳はロバの耳ー! お兄様の耳はロバの耳ーーーーー!」
「……なんで僕の耳がロバの耳?」
はッ!
いつの間にか防音スペースの扉が開いている。
そしてその扉を開けたのは……、はい、私のお兄様です……。