第55話 花の中での昼食会
クラリッサ姫にも飾りピンを付けてあげたところで、王妃様が心配そうな顔をした。
「クララにダイヤモンドはまだ早いのではないかしら? きっとすぐに失くしてしまうわ」
はい、2歳児にダイヤモンドはありえません。
「子ども達の分はガラスで出来ているんです。ダイヤモンドにも負けない輝きですよね」
「まあ、これがガラス? とても信じられないわ」
王妃様は、腰をかがめてクラリッサ姫の髪に付いた飾りピンを覗き込んだ。
自分が褒められたと思ったのか、なぜかクラリッサ姫が得意げな顔をしている。
「そちらは最新流行のスワロフスケートという、特別な技術でカッティングを施したガラスなんです」
王妃様にも一つ勧めた方がいいかな?
でもガラスだし、デザインも少し子どもっぽい。
「あら、最新流行なの? 聞いたことがなかったわ。どこで流行っているのかしら?」
しまった……、説明が適当過ぎた。
流行ってる設定を入れなきゃよかったよ。
「えーと、今日から流行るかなって思ってます! 場所は……、同時多発的に、全国で?」
「またいい加減なことを言って……。大体、特別な技術も何も、どうせ魔法で出したんじゃないの?」
お兄様はちょっとお静かにお願いします!
いま辻褄合わせるのに忙しいからね!
「ちゅまんないー! あしょびたいー!」
ほんのちょっと大人同士で話しただけなのに、じっとしていられないクラリッサ姫が早くも飽きてしまった。
また暴走する前に気を紛らわせないと……!
「お兄様、撮影は済んだのでしょうか?」
「そんな暇、あったと思う……?」
使えないな!
クラリッサ姫に翻弄されただけで終わりとは。
「それなら、まず撮影をして、終わったら昼食にしましょう」
ピクニックがてらここでお弁当を広げてもいいし。
昼食後は街で買い物をしよう。
「チェリーナ、昼食はうちで用意してもらっているわ。街の料理屋で済ませるよりいいかと思って」
「えっ、そうだったの?」
街の料理屋へ入るどころか、お弁当で済ませようかと考えてたよ……。
私が急にみんなを誘ったせいで、フィオーレ伯爵家のみなさんにもずいぶん迷惑をかけてしまったようだ。
思い付きで行動するのはよくなかったな。
よく考えたら、王族が自分の領地へ来ると聞いたら、もてなさない訳にはいかないよね……。
無事に百花の丘で記念撮影を終えた私たちは、時間を見計らってフィオーレ伯爵家へ向かった。
「これはこれは王妃様、クラリッサ姫。フィオーレ伯爵領へようこそお出で下さいました」
ずらりと並んで出迎えてくれたのは、ジェルソミーノおじさまを始めとするフィオーレ伯爵家の面々と使用人一同だ。
それにしても、ジェルソミーノおじさまは相変わらず若いな……。
トゥリパーノお兄様と並んでいると、よく似た兄弟にしか見えないんだけど。
「フィオーレ伯爵、伯爵夫人、急に訪ねてごめんなさいね」
「何をおっしゃいます。王族の皆さまをお迎えするのは名誉なことでございます。さあどうぞ中へお入りくださいませ」
ジェルソミーノおじさまは、微笑みながら私たちを温室へと案内してくれた。
どうやら今日の昼食はここで取るようだ。
「まあ、見事な温室だこと。外の花も綺麗だったけれど、ここには珍しい花がたくさんあるのね」
王妃様の言うように、この辺りでは見かけないヤシ科と思われる南国の植物や、色鮮やかな大ぶりの花々が整然と植えられている。
「はい。アゴスト伯爵にお願いして仕入れていただいた、南の島の植物でございます」
「南の島から! よく枯れずに育ったわねえ」
「ははは。魔法のおかげです」
フィオーレ伯爵家は、魔法をかけた土で育てると植物がよく育つという、地味だけど非常に役に立つ魔法で有名だ。
なんせ不作知らずだもんね。
「失礼いたします」
2台のワゴンに載せられてガラガラと運ばれて来たのは、3段重ねのティースタンドに美しく盛り付けられたアフタヌーンティー式の昼食だった。
一番下の段には様々な具材のサンドイッチ、真ん中の段にはローストビーフや生ハム、オリーブとチーズのマリネといったおかず系、そして一番上の段には果物をふんだんに使ったタルトや焼き菓子などが載っている。
この温室の雰囲気も手伝って、目にも楽しい昼食だ。
……お弁当でいいやと思っていた私とはえらい違いだな。
「おなかちゅいたー! もうたべるー!」
ああっ、クラリッサ姫!
一番上は最後だよ!
下から食べて!
「クラリッサ姫、甘いものは最後にーー」
「好きなものを食べればいいわ。こんなにたくさん、クララは食べられないもの」
あ、そっスか……。
まあ、こういう風に出されたものは、どういう順番で食べても自由だけどね。
だけど、ケーキの後に肉って……。
その順番だと、食が進まなくないか!?
食事を始めて30分も経たないうちに、クラリッサ姫とビビがうとうとし始めてしまった。
お腹がいっぱいになったところへ、この温室の温かさじゃ子ども達が眠くなるのも当然だ。
「よろしければ、ベッドをご用意いたしますわ」
ビアンカおばさまが子ども達の様子に気が付いて、ベッドに寝かせるよう勧めてくれた。
「そうね、悪いけどお願いしようかしら」
「子ども達がお昼寝している間に、街へ買い物に出かけてみませんか?」
カレンデュラのナイスな提案に、私たちは顔を見合わせて一斉に頷く。
異議なし!
だけど、さすがに誰か一人くらいは残らないと。
「私が残って子ども達を見ていますから、みなさんでお買い物をーー」
私が言いかけた途端、トゥリパーノお兄様の奥さんがニコニコと遮った。
「マルチェリーナ様もどうぞお買い物に行ってらしてください。お子様方は私が見ておりますので、ご心配には及びませんわ」
上機嫌はまだ継続中のようです……。
それじゃ、遠慮なくお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「それでは申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
最初に見た時は、あまりに深刻そうな様子だったから気が付かなかったけど、こうして笑顔を浮かべていると、なんとなくビアンカおばさまにも通じるホワッとした雰囲気がある。
男の人の中には、母親に似たタイプの奥さんをもらう人もいるって聞くもんね。
はッ……!
ということは!
クリス様の母である王妃様と私も似てるってことなんじゃない!?
やだッ、そんな!
美人と名高い王妃様に似てるだなんてえー!
その後の観光は、午前中の騒ぎが嘘のように滞りなく進んでいった。
なんせクラリッサ姫がお寝んね中だからね!
「ついついたくさん買い込んでしまったわ」
数店の店で買い物を終えた王妃様は満足そうに言った。
「可愛いものがたくさんあって、目移りしてしまいますよね」
王妃様はもちろんのこと、お供の侍女たちもお土産にすると言ってあれこれ買い込んでいたっけ。
中でも一番人気があったのは、花の香りが付いた美容用のオイルだ。
このオイルは香りの種類が豊富で、お肌のお手入れだけでなく、お風呂にたらしてバスオイルにしたり、ろうそくにたらしてルームフレグランスにしたりと、色々な使い道がある優れものなのだ。
化粧品や入浴剤なんかも買っていたけど、意外なところでは蜂蜜が大人気だったな。
蜂蜜は、どの花の蜜で作られるかで味も色も全然違うんだけど、花で有名なフィオーレ伯爵領ではいろんな種類の蜂蜜を買うことが出来るのだ。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか。陛下よりも先に着きたいわ」
「承知いたしました」
さてと……、子ども達を回収しないとな。
束の間の平穏だったよ……。
プリマヴェーラ辺境伯家に着く頃、お腹が空いたと騒ぎ出したクラリッサ姫のためにおやつ休憩を取った後、私たちはやっと小島へと辿り着いた。
「国王陛下はまだお戻りではないようですね」
「そうね。夕食までの間、少し休みましょうか。マルチェリーナも疲れたでしょう?」
ヘトヘトですよ……。
主にクラリッサ姫のせいで……。
「ええ、少し……。王妃様もどうぞお体を休めてください」
お供の騎士や侍女たちにも休憩が必要だ。
そして私は王妃様と別れて自分のコテージへ戻り、2階のバルコニーに置かれたチェアセットに深く腰を下ろした。
「ふうー……、やっと一人になれるわ」
はー、疲れた……。
30分程ぼーっと湖を眺めていると、どこからか微かにブーンという音が聞こえてきた。
音が聞こえた方に顔を向けると、オレンジ色に染まりかけた空に、何かが飛んでいるシルエットがうっすらと浮かんでいる。
「あれは……、ハヤメール?」