第54話 みんなでお揃い
失言に気付いたカレンデュラは、ハッとして自分の口を押さえた。
もう遅いよ!
「あ、あらっ。ご、ごめんなさい。そういう意味じゃなかったんだけど」
んじゃ、どういう意味だったのかな?
「ひどいわ!」
「ごめんなさい……。チェリーナを見れば、お兄様とチェリーナの間に恋愛感情がないのは一目で分かると言いたかっただけなのよ」
「なんで私を見れば一目で分かるの!?」
答えを聞くまでもなく分かってるけどね!
こんなボッサボサな女じゃ、美人なトゥリパーノお兄様に釣り合ってないもんね!
「チェ、チェリーナ……。ごめんなさい、本当に悪気はなかったのよ。とりあえず、ドレスを着替えましょう? 今は早く百花の丘に戻らないと……」
「そうだったわ! それじゃ悪いけど、そのドレスを貸りるわね。髪はーー」
「髪は私にお任せください」
マグダが櫛を片手に請け負ってくれる。
私は頷いてドレスを脱ぐと、花柄のドレスに足を通した。
続いてカレンデュラがドレスを引き上げ、背中のボタンを留めてくれる。
「やっぱりちょっと丈が足りないけど、デイドレスとしてはこれくらいの丈でも問題ないわ」
「そうね」
膝下15センチといったところか。
袖もちょっと短いけど、見苦しいというほどでもない。
元々着ていたドレスも足首が見える長さだったし、これならぎりぎりセーフだ。
「さあどうぞこちらへお座りください」
私はマグダに促されてドレッサーの椅子に座った。
「うわあ、改めて見るとひどい髪……」
「リボンでボリュームを抑えましょうか。ドレスの若々しいイメージにも合うと思います」
マグダはそう言って、私の頭にカチューシャ状にリボンを結んでくれた。
「……」
「マグダ?」
マグダは何とも言えない顔をした後、無言でシュルッとリボンを解いてしまう。
「一部を編み込みにして、更にボリュームを抑えましょう!」
リボンだけでは抑えきれてなかったようです……、私のボンバーヘアー……。
マグダは私の前髪を8:2くらいに分け、多い方が斜めに額にかかるように手早く編み込んで行った。
そして、耳の後ろあたりでぐるっと巻いてお団子を作りピンで止める。
次に反対側からも編み込みを作ってお団子に巻き付け、ハーフアップに整えてくれた。
「あら、可愛いわ! その髪型なら、リボンより飾りピンの方がいいわね。何かあったかしら?」
「装飾品の類いは、全てプリマヴェーラ辺境伯家へお送りしてしまいました」
飾りピンか……。
ラインストーン的なキラキラのついたピンでいいかな?
このドレスに合わせて花の形にしてみよう。
私はペンタブでサラサラと絵を描き、試作品としてとりあえず一つ出すことにした。
「ーーポチッとな! こんな感じでどうかしら?」
「まあっ! すごいわ! チェリーナはダイヤモンドも出せるの?」
ダイヤモンド……?
私、ダイヤモンドも出せるの?
「これはガラスなんだけど」
某有名ブランドのクリスタルガラスをイメージしていたけど、せっかくだから、今描いた絵に”花はダイヤモンド製”と書き加えてみる。
「ーーポチッとな!」
コロン……。
こ、この輝き……!
これはまごうことなき永遠の輝きなのでは!?
「チェリーナ、すごいわ!」
「大成功ね! カレンにも一つあげるわ。お揃いよ!」
「ありがとう、嬉しいわ」
カレンデュラは鏡を覗き込みながら早速髪に挿している。
私の分は、マグダがお団子の根本あたりに付けてくれた。
うわー、キラッキラしてるね!
「チェリーナ、可愛いわよ。ドレスも髪型もよく似合っているわ」
「ありがとう、カレン! それじゃあ、王妃様のところへ急いで戻りましょう!」
往復するのに20分、着替えて髪を整えるのに20分で、大体40分くらいしか経っていないと思う。
なのに……、お兄様、めっちゃ疲れてない!?
「ただいま戻りましたー」
「チェ、チェリーナ……。タス……ケテ……」
言葉も片言になってますけど。
「どうしたんですか、お兄様」
「クラリッサ姫が……」
また何かやったの?
「クラリッサ姫が?」
「ハヤメールが……」
お兄様、文章になってません!
ほんと大丈夫?
「お母様、何があったんですか?」
「それが……。ハヤメールが飛んできたのをクラリッサ姫がご覧になって、捕まえたいと大さわ……いえ、大あば……、いえ、とにかくそういうことで、チェレスがクラリッサ姫を抱き上げたのよ」
なるほど。
クラリッサ姫が大騒ぎして大暴れしたから動きを封じるために抱き上げたんですね、よく分かりました。
「それで静まるかと思いきや、今度はチェレスの肩によじ登り始めて……。いつの間にか肩車することになってしまったのよ。両手を伸ばしていて危ないから、”しっかり掴まってください!”と言ったら……。チェレスの髪にしがみついて」
お兄様によじ登って髪にしがみついた!?
クラリッサ姫、しがみつくのはせめて頭にしてあげて!
「最終的には、片手でチェレスの髪をむしり取りながら、もう片方の手でハヤメールを捕まえようとしていたわね……」
「も、申し訳ありません! まさかこのタイミングで返事が来るとは思わず、大変なご迷惑を……!」
ロマーノが恐縮しきりといった様子でお兄様に謝っている。
あっ、ハヤメールって、もしかして昨日ロマーノがお父さんに送った手紙の返事が来たの?
うわあ……、クラリッサ姫に見つかっちゃったのが運の尽きだったね、お兄様……。
「いえ……、どうぞお気になさらず……。チェリーナ、僕の髪はまだ残っているかな? チェリーナの魔法で髪を復活させられる……?」
うつろな目で無理やり微笑みを作るお兄様が痛々しい……。
「お兄様、大丈夫です! 髪はたくさん残っていますよ! ご自分の毛髪力を信じて! 万が一お兄様がハゲる日が来たら、その時は必ず私の魔法でなんとかしますから、元気を出してください!」
「そう……。僕の髪、まだあるんだ……。よかった……」
ガクリ……。
「お兄様ー! 死なないでえーーー!」
私は力なく地面に膝をつくお兄様に慌てて駆け寄った。
「にーたん……! うわああああん!」
「じょっ、冗談だよ、ビビ! ほら、僕はこの通り元気だよ!」
私たちの小芝居が真に迫っていたせいか、本気にしたビビが泣き出してしまった。
ちょっと悪ノリが過ぎたようです。
「ごめんね、ちょっと場を和ませようと思っただけなのよ」
泣いてお兄様にしがみつくビビとは違って、元凶のクラリッサ姫はポカーンと口を開けてただ見ているだけだ。
うん、自分が悪かったとか、そういう反省は一切してない顔だな。
「……ねーたん。おはな、かわいー」
振り向いてこちらを見たビビは、私の着ているドレスの柄が気に入ったようだ。
「そう? ありがとう」
「あたまもー、おはなー」
おおー、よく見てるなあ。
そうだ、試作品の飾りピンが余っているからビビにあげよう。
これなら落としてもダイヤモンドよりはもったいなくないし。
「ビビにも付けてあげるわね」
「わああーー! かわいーー!」
前髪にお揃いの飾りピンを付けたビビは大喜びだ。
「クララもーーー! クララもーーー!」
え……、散々大暴れしておきながら叱られることもなく、この上飾りピンまでゲットなんて。
ものすごく教育に悪いよ!
「クラリッサ姫、この飾りピンはいい子にしかあげられません」
「クララはいいこだもん!」
即答です!
自己評価高いな!
「いい子は人によじ登ったり、髪の毛をむしり取ったりはしません。お兄様にごめんなさいして、今日一日いい子にしていると約束できたら、クラリッサ姫にもこのピンをあげますよ」
「わかったー! ごめんな! ちゃい!」
軽いな!
だけど、ちゃんと話せばわりと素直に言うこと聞くんだよね。
これはやっぱり、過度に甘やかす親の方が問題なんじゃなかろうか……。