第4話 旧領都と新領都
和牛ならぬアメティースタ牛を育てたいと。
気持ちはわかりましたけど……。
「どうやって育てるんですか?」
「エサが違うんだろ? あのおべんとーで使ってる牛は、草で育ってないとかなんとか言ってたじゃないか」
確かに言った……。
それは憶えてる。
「何をエサにしてるかなんてわからないですよ! 私だって牛を育てたことなんてないんですからね」
「いろいろ試してみればいいじゃないか」
「でも……、生き物を育てるなんて大変そうだし……」
上手くいくとも限らないのに、領民に押し付けていいのかな……?
「チェリーナの好きなチーズだって味が変わるんじゃないか?」
「えっ?」
「肉の味があれほど変わるなら、牛乳の味だって変わるよな。牛乳の味が変わればチーズの味だって変わる。いったいどれほど美味いチーズができるか……」
ゴクリ……。
チーズか……、和牛で作ったチーズってそんなに美味しいの?
そういうふうに言われると、どんな味なのか試してみたくなるよね……。
「チーズ……」
「牛の育成が上手く行ったら、チーズの名産地からチーズ職人を招いて作ってもらおう。そして、牛肉とチーズをうちの領の特産品にするんだ」
「牛乳からソフトクリームも作れますね……。わかりました! 私も協力いたします。たぶん、ビールとか飲ませるんじゃないかと思います!」
誰かから聞いたか、テレビか何かで見た気がするな!
しらんけど!
「ビ、ビール? いや、それは確実に違うだろ」
「でもー、坂系の牛はそうやって育てると聞いた気がするんですよねえ。それ以外にはちょっと思いつきません……」
「坂系の牛ってなんだ?」
坂系アイドルならぬ坂系ブランド牛です!
「放牧じゃなくて、特別なエサを与えて手塩にかけた高級な牛のことを『ナントカ坂牛』というように産地名を付けて呼ぶんです。うちなら、『アメティースタ坂牛』になりますね」
「坂はどこから来たんだ……? 産地で決めるならアメティースタ牛だろ。まあ、とりあえず呼び名は後で考えよう。まずはエサだよ」
そうでした。
名前はほぼ決まりだからどうでもよかった。
「エサ……、うーん……」
「おべんとーみたいに、魔法でエサを出せないのか?」
ハッ!
そうだよ、魔法で出せばよかったじゃん!
早速試してみよう。
いつものようにペンタブでシャシャッと箱の絵を描いて。
”最高牛和牛のエサ”と書き込む。
これでよしと。
「ーーポチッとな! 出せました!」
「おお、出た出た」
クリス様はさっそく箱のふたを開けて中身を覗き込んだ。
なんだか見た目は鳥のエサっぽいな。
「トウモロコシと大豆、それから大麦か。他にもいろいろな穀物が混ざってるみたいだけど、特別珍しいものはなさそうだ。これなら領民たちにも用意できるだろう」
結構普通だな。
考えてみたら、そうそう毎日特別なものなんてあげられないもんね。
「よかった!」
「じゃあ俺はそろそろ仕事に行ってくるよ」
「えっ、行っちゃうんですか?」
アンドレオはどうするの……?
外に測量に行ってるだけで、まだ帰ってくれてないのに。
「代官に会って牛を育ててくれそうな村を聞いてこないと。それにアルフォンソとも話があるんだよ。チェリーナも一緒に行くか? アンドレオのことはミケーレに任せておけばいい」
「はい、私も一緒に行きます!」
これからの時代、女性も仕事が出来たほうがいいからね!
自分がキャリアウーマンになる日が来るなんて思わなかったけど、クリス様と一緒に私もがんばるよ!
そして、私たちの住む小島からトブーンに乗って、アルフォンソが事務所代わりに使っているコテージへとやってきた。
ここは旧ラーゴ男爵領の領都ラゴスから少し離れたところに建設中の新しい街で、アメティースタ公爵領の新領都として様々な建物を建設している場所だ。
新しい街とは言っても、今のところ街の中心となる十字路と、最奥にある劇場、そして通り沿いに作られた貸店舗くらいしか完成していない。
湖に面した眺めのいい通りに建設中の高級ホテルも、まだ数ヵ月はかかりそうだ。
「おはよう、アルフォンソ!」
私はトントンとノックをしてからドアを開け、朝の挨拶をした。
「やあ、チェリーナ、おはよう。クリス様、おはようございます」
中ですでに仕事をしていたらしいアルフォンソが顔をあげてにこりと笑った。
「おはよう。忙しいか? 貸店舗のことで少し話があるんだ」
「大丈夫ですよ。僕のほうも話したいことがあるんです。まずはクリス様のお話からどうぞ」
私たちはアルフォンソが座っているダイニングテーブルの向かいに腰を下ろした。
「そうか。じゃあ早速。アルフォンソも使ってるこのコテージだが、厨房の魔法具がすごく充実しているだろう? だから、このコテージを料理屋として貸し出したらどうかと思うんだよ」
クリス様がそう切り出すと、アルフォンソはうんうんと頷きながら言った。
「それはいいですね。このコテージなら、すぐにでも商売が始められます。実は、貸店舗にはいつ入居できるのかとよく聞かれてたんですよ」
「そうだったのか?」
「ええ。この街で働く職人向けに、ラゴスの町からここまで食べ物やこまごましたものを売りに来くる人が結構いるんですよ。僕の実家からも、アルベルティーニ商会の支店を出したいと言われてますし」
わあー、新しい街で働きたい人が結構いるんだ!
嬉しいなあ、早くたくさんの人が来てくれる街になるといいな。
「それなら早速希望者に貸し出そう」
「はい。このコテージでの営業に限定するなら問題はないでしょう」
なんで限定する必要が……?
「えっ、どういう意味なの? 劇場近くの店舗を貸し出すと何か問題があるの?」
「うん。後から移転する労力を考えるとコテージの方が便利なんだ。僕のほうでも考えていたことがあってね。まず1つ目は、貴族向けの街と庶民向けの町を分けたほうがいいんじゃないかということ。新しい街は、あの劇場が象徴する通り貴族向けの街とするべきでしょうね。とても庶民が気軽に遊びに来れるような雰囲気でも価格帯でもない」
げ、劇場ー!
なんてことだ、私たちは身分に関係なく誰でもウェルカムなのに!
劇場ひとつでそんな雰囲気を醸し出すことになったとは……。
「そんな……。みんなに楽しんでほしいわ……」
「うん、僕もそう思う。だから、お金がないならないなりに楽しめる町を作ればいいんだよ。この美しい景色を眺めるのはタダなんだし、工夫次第でどうにでもなる」
アルフォンソにはすでに何か考えがあるようだ。
すごいよ、アルフォンソ!
「どんな工夫をするんだ?」
「例えばですが、庶民側の町に水遊びできる場所を作るんです。ラゴスの町の近くに浅瀬になっている砂浜があるでしょう? そこを中心に、屋台や料理屋、土産物屋なんかを作るんです」
ああー、海水浴場的なやつか!
海の家には貴族は行きそうもないし、やっぱりアルフォンソのいう通り、ターゲットとなる客層は分けるべきなのかもしれないね。