第44話 野生のお姫様
そんな、いきなり思いを寄せられても困ります。
二人を傷つけずに、どうやってお断りしたらーー。
「……その子は?」
「だれ……?」
えっと……、まったくもって私と視線が合いません。
どこを見てるのかな……って、ビビだよね!
薄々分かってました。
なんせ王子たちの年齢が6歳と4歳だもん、そりゃそうなるわ。
「アントニーノ王子、アルバーノ王子、ようこそいらっしゃいませ。この子はしばらくうちで預かっている子で、名前はビビと申します」
「ビビ……」
「ビビ……」
二人の王子は、夢見心地な様子でビビの名前を繰り返す。
あらららら。
兄弟で同じ相手に一目ぼれですか?
こりゃー困ったねえー。
わくわく。
「ビビ、ぼくのことはトニーとよんでいいよ」
アントニーノ王子は、ビビの隣にやってきて、ぎゅっと手を握った。
「ぼくはアルでいいよ」
アルバーノ王子もやってきて、もう片方の手を握る。
「うん。トニー、アリュ」
ふわりと笑うビビがかわいらしい。
私がほのぼのとした気分になりかけた途端……。
バチバチバチ!
ビビの頭上で、”その手を放せ!”と言いたげな視線が飛び交い始めました。
もちろんビビは気づいていない。
「クララもー、おててつなぐーーー! それー!」
クラリッサ姫はアントニーノ王子とアルバーノ王子の空いた方の手を取り、輪になったかと思うと力づくで回り始めた。
手を繋がれている子どもたちは、クラリッサ姫に引っ張られて回転させられる羽目になってしまう。
クラリッサ姫……、王子たち相手に傍若無人すぎやしませんか……。
「ちょっ、クララ! もっとゆっくり!」
「きゃーーーああーーー! たのちー!」
クラリッサ姫はグルグル回って楽しそうだけど。
ビビがスピードに付いていけずに遅れ気味になっている。
「あっ!」
ビビが振り切られてぽてんと転んでしまった。
「ビビ!」
「ビビ!」
そんなに痛くはなさそうだったけど、二人の王子の慌てた顔を見て、びっくりしたビビが声をあげて泣き始めた。
「ふっ、ふええええーん」
「あらあら。泣くほど痛くはなかったでしょ? ほーら、痛いの痛いの飛んでけー! はいっ、もう大丈夫よ」
私はおまじないを唱えながら、ビビの脇の下に手を差し入れて助け起こした。
「……うん、なおったあ! ねーたん、しゅごいー!」
おお、素直な子どもにはただのおまじないでもよく効くな!
「みんな仲良く、怪我をしないように遊びましょうね?」
無理に引っ張ると危ないから。
クラリッサ姫1人を叱るのもアレなので、子どもたち全体に注意を促してみる。
……って、一番聞いてほしいクラリッサ姫がよそ見をしています!
「クラリッサ姫、わかりましたか? 怪我をしないように遊びましょうね?」
「うん」
ほんとに分かったの!?
そういえば、今回の旅にはクラリッサ姫の子守りが3人も同行しているそうですよ。
1人じゃとても面倒見切れないってことだよね……。
日頃どれだけ手を焼いているんだろう。
というか、普段は何人体制で面倒見てるんですか?
髪や目の色はクリス様と同じなんだけど、クラリッサ姫はハイテンションでお転婆で、兄妹なのに性格がこうも違うなんて……。
クラリッサ姫は誰に似たのかな?
さてと。
いつまでも外にいて、私の責任下で怪我でもされては困る。
クラリッサ姫のおかげでドッと疲れたから、お茶でも飲んで一休みさせてもらおうっと。
「さあ、お家の中へ入りましょう。みんな、これは魔法のお家なのよ」
「わあー! クララがいちばーん!」
私がコテージに入ろうと促すと、クラリッサ姫がタタタと玄関に向かって走りだした。
「走ると危ないですよー……、って聞いてないな」
「クララはだいたいいつもはしってるから。とめてもむだだよ」
諦めたような顔でふーっと息を吐いたのはアントニーノ王子だ。
6歳になったアントニーノ王子は、日頃からクラリッサ姫の面倒を見させられているせいか、もっと小さい頃に比べるとずいぶん落ち着き払った印象になった。
それにしても、お姫様って大体いつも走ってるもんなの?
止まると死んでしまう、そんな魚がいたよね……。
あ、マグロか……。
「ビビ、あぶないからぼくがてをつないでやる」
アントニーノ王子の意識が逸れたところへ、すかさずアルバーノ王子がビビに向かって手を差し出した。
「う? うん」
別にいらんけど……、とでも言いたげな顔をしたけど、ビビは大人しくアルバーノ王子に手を繋がれている。
「ぼくもてをつないであげるよ!」
アントニーノ王子も負けじと手を差し出す。
「うん」
ビビはアントニーノ王子の手も取って、囚われた宇宙人状態になって歩き出した。
ププッ、ちびっこが3人繋がってるとかわいいな!
「はーやーくー! あーけーてー!」
「あっ、はいはい。いま行きます!」
ごめんごめん、クラリッサ姫はまだ小さいから自分で開けられないもんね。
私がドアノブに手を伸ばしたところでクラリッサ姫から待ったがかかる。
「クララがあけたいー!」
え……、抱っこして開けさせろと?
めんどくさいな!
「はいはい。よいしょっと。そこのドアノブをガチャって出来ますか?」
「できるー!」
ガチャ!
おお、よく出来ました!
意外と手先は器用なのかもーー。
「おりるー!」
クラリッサ姫は身をよじって私の腕から抜け出し、ぴょんと床に着地した。
マイペースかつすばしっこいな!
「わーーーーい!」
タタター。
クラリッサ姫は、玄関から居間までまっすぐ続く廊下を勢いよく走っていく。
どうでもいいけど、転ばないでよ……。
「わあー、おそとだー!」
お外?
何言ってるの?
いま中に入ったばっかりじゃないの。
「あっ、クララ! 危ない!」
先に居間にいたクリス様の焦った声が聞こえてくる。
なにごと?
私も慌ててクラリッサ姫の後を追いかけた。
ゴイン!
不穏な音が聞こえてくる。
おそるおそる音の出所に目をやると……。
案の定、ガラスに……、クラリッサ姫が……、張り付いています……。
「ふぎゃっ、ふぎゃああああーーーー!」
「クララ、大丈夫か? ここはガラスが嵌ってるんだよ。止められなくてごめんな。痛かったよな」
火がついたように大泣きするクラリッサ姫に、クリス様はしゃがみ込んで怪我の具合を確認しつつ必死に慰めている。
「びええええええーーーー!」
ガラスにくっきりと顔型がついているところをみると、どうやら顔面全体を強打してしまったようだ。
「クラリッサ姫、これをどうぞ。これは魔法の飴ですから、痛いのがどこかに行ってしまいますよ」
私がそう言いながら飴タイプのゲンキーナを取り出すと、クラリッサ姫はピタリと泣くのを止めた。
「まおーのあめ……?」
「さあ、お口を開けてください。痛いの痛いの飛んでけー」
クラリッサ姫が、あーんと大きく口を開ける。
私はその中にコロンと飴を転がした。
「……んん! おいちい!」
「それを舐めていると痛いのがなくなってくるでしょう?」
「んん? うーん? うん!」
本当に効いているのか、私の言葉に洗脳されているのか、クラリッサ姫はぱあっと笑顔になった。
はあ……。
ビビの面倒を見てた時点で、子どもって大変なんだなと思ってたけどさ……。
ほんのちょっとクラリッサ姫の相手をしただけで、ビビがどれほど扱いやすい子だったかを思い知ったよ。
夜中に泣く以外は、本当にいい子にしてるもん。
ビビは幼いなりに私たちに気を使って、努めていい子にしていたのかもしれないな。
ううっ、ビビの健気さに泣けてくる……!
そしてクラリッサ姫……、あなたはもうちょっと大人しくしようね!?