第43話 台風一家の訪れ
突然の通告から目まぐるしく時が過ぎ、あっという間に王族御一行様をお迎えする当日が来てしまった。
あらかじめ到着予定時間を聞いていたので、かれこれ15分ほど前からこうして外に出て双眼鏡で空を凝視している。
「……あっ、あれかしら?」
じっと目を凝らすと、青空の中にうっすらバルーンらしき影が見えてきた。
2台のバルーンはぐんぐん近づき、肉眼でもはっきりと確認出来るようになった。
そしてそのうちの1台が、私たちの待つ空きスペースめがけてスーッと下降してくる。
この小島も工事中の部分があったり、林の部分があったり、複数のコテージが並んでいたりとだいぶ手狭になってしまったので、もう1台は上空で待機するようだ。
うちの騎士や使用人たちだけでも30人以上集まっているから、出迎えの私たちが邪魔だったのかもしれない。
「おお、マルチェリーナ、久しぶりだな」
国王陛下は慎重な足取りでバルーンを降りながら、出迎えの面々の中に私の姿を見つけるとニコリと笑いかけてくれた。
「国王陛下、王妃様。遠いところをようこそお出で下さいました。本当にお越しいただけるとは夢のようです。どうぞごゆるりとご滞在くださいませ」
本当に……、夢であってほしいと何度思ったことか……。
「マルチェリーナ、堅苦しい挨拶はいいのよ。私たちの娘になったのですもの、気楽に話してちょうだい」
国王陛下に続いて、バルーンを降りてきたのは王妃様だ。
もともと美しい方だったけど、クラリッサ姫が出来てからは常に笑みをたたえているような、とても柔和な表情をされるようになった。
国王陛下と思いが通じ合い、満たされた日々を送っているのだろう。
「はい。ありがとうございます」
「あーーー! おしめしゃまだ! おしめしゃま、クララだよ!」
王妃様のドレスの裾がまだバルーンの籠から出切らない状態で、侍女の手を振り払って籠からぴょんと飛び降りてきたのはクラリッサ姫だ。
うん、相変わらずお転婆ですね。
王妃様のドレスを踏んづけても一向に気にする様子がありません。
「クラリッサ姫。私はお姫様ではありませんので、私のことはどうぞチェリーナとお呼びください」
「おしめしゃま……? きょうはかわいくない! なんでー?」
うッ……。
そ、それ言っちゃいますか?
「ねーねー、なんでー?」
悪気なくどんどんエグってきますよ……。
精鋭侍女軍団の手によって作り込まれた、もはや一つのアートとでもいうべき花嫁姿と、普段の姿を比べるのは酷ってもんです……。
「ぷっ、くくく。クララ、チェリーナの本当の可愛らしさは目には見えないんだ。大人になれば分かる日が来るかもしれないな」
クリス様……、フォローしてるつもりかもしれませんけど、それって見た目は可愛くないって同意してますからね!?
まったくもって納得いかん。
私がジト目でクリス様を見ていると、国王陛下と共にやって来た騎士の1人がそっと近づいて小声でささやいた。
「アメティースタ公爵夫人、あなたはたとえ普段着をまとっていても大変お美しいですよ。内面からにじみ出るあなたの輝きは、衣装くらいで打ち消せるものではありません」
ええっ、そ、そうですか!?
やだッ、やっぱり見る人が見ると分かっちゃう感じなんだ!
私が満面の笑顔でその騎士の方を振り向くと、目があった騎士はパチンとウインクをした。
……ん?
あなたはもしや。
「まあっ、ロマーノ様!? お久しぶりですね、お元気でいらっしゃいましたか?」
顔採用の王都の騎士さんじゃないですか!
あっ、よく見たら相棒のジョルジオさんも来てるね!
「ええ、お蔭様で。私もジョルジオも、お二人の結婚式の際は警備にあたっていましたので、お姿は拝見していましたよ」
そうだったんだ。
その節はお世話になりました。
「あーっ! こどもだー! こどもがいるー!」
クラリッサ姫……、自己紹介ですか?
今更そんな主張をしてくれなくても、見ればわかります。
「どうした、クララ?」
「子どもってなんのことかしら?」
国王陛下と王妃様は、クラリッサ姫の言葉に顔を見合わせている。
「こどもだー!」
クラリッサ姫はそう言ってタタタと私に向かって突進して来た。
そのままぶつかるかと思いきや、ぐるっと私の後ろに回り込んでくる。
「つかまえたー!」
「きゃあっ!」
ガシリとクラリッサ姫に抱き着かれて悲鳴をあげているのは、私の後ろに姿を隠していたビビだった。
最初は隣に並んでいたものの、籠の中に国王陛下の姿を見つけるや否や私のスカートの陰に隠れてしまったのだ。
やっぱりビビはおじさんが嫌いらしい。
「あら、その子は使用人の子どもかしら?」
ビビの存在に気が付いた王妃様が尋ねる。
「いいえ、この子の親が怪我をしてしまったものですから、しばらくの間うちで預かっているのです。ビビ、みなさまにご挨拶をして」
「あ……、う……」
大人から一斉に注目されてしまったビビは、ぶるぶると震え出して泣きそうになっている。
まだ小さいからなあ。
挨拶はまだ無理か。
「……っ、にーちわー!」
一瞬諦めかけたけど、ビビはいつも孤児院の玄関で声をかける時の挨拶をちゃんと覚えていたようだ。
「そうよ。偉いわ、ビビ。こんにちはってよく言えたわね」
私がビビの頭を撫でると、ビビは恥じらいながらも誇らしげに笑顔を浮かべた。
「あらまあ。可愛らしい子ね」
「うむ、愛らしいな」
そうでしょうとも。
ビビは将来絶対美女になるに違いないよ、わずか2~3歳の時点ですでにこんなに美少女なんだもん。
「むううーーー! クララもなでなでー!」
不満そうな声に下を見ると、クラリッサ姫が私のスカートをばっさばっさと引っ張りながら自分の頭も撫でろとせがんでいる。
ごめんごめん。
いま撫でるよ。
「クラリッサ姫もいい子、いい子」
私がそう言って頭を撫でると、クラリッサ姫は満足そうにドヤ顔でビビを見る。
「ビビのねーたんなのに……」
一方のビビは、悔しそうにきゅっと口元を引き結んでしまった。
あの……、先生を取り合う園児たちみたいなことになってるけど……、仲良くしてちょうだいね?
「父上、母上、お泊りいただくコテージの中をご案内いたします。こちらへどうぞ」
「おお、マルチェリーナが魔法で出したという家だな。噂は聞いているぞ」
「私も魔法の家を楽しみにしていたのよ」
クリス様は、私を取り合うクラリッサ姫とビビを華麗にスルーし、さっさとバルーンを回収してコテージの案内に向かってしまった。
え、行っちゃうの?
クラリッサ姫を放置していかないでください!
私が呆然と三人の後ろ姿を見送っていると、クリス様の操縦していたバルーンがアイテム袋に回収されるのを待っていたアルフォンソが、ゆっくりとバルーンを下降させてきた。
こっちのバルーンには、クラリッサ姫のご指名によりお供をする羽目になったアントニーノ王子が乗っているはずだ。
乗客たちが籠から降りてくるのを待っていると、アルフォンソが一番先に降りてきた。
「やあ、チェリーナ。予定が変わって、アントニーノ王子の弟のアルバーノ王子も一緒に来たよ。2人とも今は寝ちゃってるんだけど、もうしばらく寝かせてーー」
「トニーにいたまーーーー! アリュにいたまーーー! おきてーーー!」
うん……、もう少し寝かせといてあげようというアルフォンソの気遣いは無駄になりました。
クラリッサ姫の容赦ない叫び声で目を覚ましたアントニーノ王子とアルバーノ王子が、眠い目をこすりながらバルーンの籠から降りてくる。
「クララ、うるさいよ……」
「うるさいぞ」
揃って文句を言う2人は、私の方を見てハッとした顔になった。
そして、見る見るうちに頬をバラ色に染めていく。
え、何ごと?
なんか、恋が始まってる……?
私、これでも人妻なんですけど……。