第41話 止まらないため息
子育てなんて楽勝……、そんな風に思ってた時代が私にもありました……。
「はあ……」
だけどさ、実際自分で面倒見てみたら、子どもってめっちゃ大変じゃない!?
あんなに小さいのに、あんなに手がかかるなんて信じられないよ!
お菓子は1人で食べてたから食事も1人で出来るのかと思いきや、ポロポロポロポロほとんどの食べ物をこぼしまくるし……。
ちょっと目を離した隙に、口の周りどころか顔中ソースだらけにしてみたり。
どうやら手づかみはOKだけど、フォークやスプーンはまだうまく使えないようですよ……。
「ふう……」
あと、トイレも1人じゃ無理なんだね!?
ドアの前まで着いて行ってあげることは想定してたけど、中まで一緒なんてちょっと考えてなかったな。
それよりなにより、夜泣きっていうの?
いったん寝付いても、夜中に目を覚まして激しく泣くんだけど……。
泣き声が聞こえてくるとクリス様が起きて様子を見に行ってるらしいんだけど、どうも男の人じゃダメみたいで、毎回爆睡してる私が揺り起こされて出動する羽目になるのだ。
起こされることは仕方がないと諦めてるけど、母親を恋しがって泣くのを見るのはかわいそうだし、どうすればいいのか途方に暮れるよね……。
「ねーたん、ねーたん!」
昼間はこんなに元気なんだけどなあ。
あれから2週間ほど経って、母親のことを尋ねる回数もだいぶ減ってはきたけど、夜になるとやっぱり思い出してしまうみたいだ。
それに、父親の手掛かりもまだ見つからないし、きっと無意識に心細い思いをしているのだろう。
「なあに、ビビ?」
私は、ソファに腰掛ける私のところへ走ってきたビビに向かって微笑んだ。
「きょうも、ほーくしょーであしょぶ?」
「保育所行きたい? お友達がたくさん出来たものね」
「うん! あしょぶの、たのちいー!」
それはよかったね……。
できれば私は、その間に仕事へ行きたいんだけどな。
ビビが私にくっついて離れないから、このところずっとアルフォンソの事務所にも代官の屋敷にも顔を出せていない。
私が子守りに明け暮れている間に、パヴァロ君やマリア、それに他の劇団員も続々移住してきて、劇場でのこけら落としとなる演目と初演日が決まったそうだ。
それに、アメティースタ公爵領観光スポットの宣伝用VTRの撮影もしたと聞いている。
私がいない間にいろんなことがどんどん決まってしまい、なんだか世の中から取り残された気分だよ……。
宣伝用VTR……、リポーターの私不在でどうやって撮影したんだろ……。
「はあ……」
「ねーたん、どちたのー? たみちいの?」
ビビは大きな目で上目遣いに私を見た。
……くっ、かわいいな!
ビビって私に懐いてるところもかわいいんだけどさ、とにかく顔の作りがかわいいんだよね。
金色の巻き毛に大きな茶色の目、赤ちゃんみたいにツヤツヤしたピンクの唇もぷっくりした丸い頬も愛らしくて、悪いおじさんに目を付けられやしないかと心配になるほどだ。
「寂しくないわよ。今日は何をして遊ぼうか考えていただけ」
私は安心させるように意識して笑みを作った。
「ビビはかくれんぼがしたい!」
「わかったわ。じゃあ保育所へ行きましょうか。いまから行けばお昼ごはんもみんなと一緒に食べられるわ」
「わあい! ビビもいっちょにたべゆー!」
私も食べるー!
今日のお昼ごはんは何かな?
「こんにちはー!」
「にーちわー!」
私たちはトブーンで孤児院の庭に乗り付け、玄関扉を開けながら声をかけた。
ビビは高いところが怖くないようで、トブーンであちこち連れて行けるからとても助かる。
むしろバルーンよりもよく景色が見えるからか、トブーンの方を気に入っているくらいだ。
「マルチェリーナ様、ビビ、こんにちは。ちょうどよかった、今日のお昼はみんなの好きなラザニアなんですよ」
おっ、ラザニアか!
いやあ、狙ったように昼時に来ちゃって悪いね。
「私たちも一緒でいいのかしら?」
「もちろんです。一人や二人増えても大丈夫ですよ。それに、今日もいらっしゃるんじゃないかと思って、最初から頭数に入れていましたから」
「ありがとう。お礼にお菓子を置いていくわね」
手ぶらでたかりに来ちゃったみたいで申し訳ないし。
「ありがとうございます。子どもたちも喜びます」
私たちが廊下で立ち話をしていると、ビビと仲良くしている女の子が声に気付いて迎えに来てくれた。
「ビビ! あっちでいっしょにあそぼー!」
「うん!」
ビビは迎えに来た子どもの後についてタタッと走って行ってしまう。
「お家の中では走らないのよー」
って、聞こえてなさそうだね。
「マルチェリーナ様、大丈夫ですか? 夫から育児に苦労しているようだと聞きましたけど……」
どうやらクリス様経由で、アルフォンソの耳にもビビの夜泣きのことが伝わっているようだ。
クリス様も睡眠不足で、目の下にうっすら隈が出来ちゃってるしね……。
「母親が恋しいみたいでね……。夜中に目を覚まして泣くのよ……」
「まあ……。父親の手掛かりはまだ何も?」
ラヴィエータはビビの様子を聞くと、痛ましそうに表情を曇らせた。
「そうなの。ビビと母親が乗っていた馬車は、ジョアン侯爵領の隣の旧デゼルト子爵領から来たということだけは分かったけれど、荷物が散乱してしまったせいでどれが母親の所有物か分からないそうなのよ。手紙類は気を付けて探してくれたようなんだけど、もともと存在してなかったのか、それともあまりに損傷が激しくて、馬車の残骸と一緒に片付けられてしまったか……」
私も事故現場を見たけど、荷物が出てこなかったとしても無理はないほどの惨状だったからな……。
「旧デゼルト子爵領というと王家直轄地ですね」
「ええ。ビビの話では、怪我をした父親を探しに母親と二人で王都へ行くところだったらしいわ」
「父親はいまも無事に生きているのでしょうか……。心配ですね……」
そう……、それが一番の心配事だ。
もし父親まで亡くなっていたらと思うと……。
「父親については祈ることしか出来ないけれど、マルティーノおじさまが旧デゼルト子爵領の代官に事情を説明する手紙を書いてくれたそうよ。祖父母か誰か、ビビの親族がいないか探してくれているわ」
「せめて、おじいちゃんおばあちゃんが見つかるといいですね」
「ええ、本当にーー」
ガチャッ……、バッターーーンッ!
「チェリーナッ!」
うおっ!
ななな、何事!?
背後でドアが壁に打ち付けられ、激しく跳ね返る音がした。
驚いて振り向くと、そこには血相を変えたクリス様がいる。
「えっ、クリス様? どうしたんですか、そんなに慌てて」
クリス様が慌てるなんて珍しいね?
急いでトブーンをかっ飛ばして来たのか、髪も若干乱れてるような。
「大変だ! 来るぞ!」
「何が来るんですか?」
「大いなる厄災が!」
ええ、何それ?
意味がわかりませんけど。
「ちょっと落ち着いてください。大いなる厄災って何ですか?」
「父上と母上がクララをうちに連れて来るって言ってるんだよ! どうしても遊びに来たいって駄々をこねて手に負えないらしい」
えええええーーー!?
国王陛下と王妃様が来るのっ!?
誰か嘘だと言ってください!