第39話 通信機の向こう側
「チェリーナ。ミッチーナだけど、屋敷用にも一台もらえるかしら?」
そういえば、お母様の言う通り自宅用も必要だよね。
忘れないうちに出しておかないとな。
かなり大きいから、外にいるうちに受け渡しをしておいた方がよさそうだ。
「そうですね! いま出します。ーーポチッとな!」
ズズーン!
「ありがとう、チェリーナ。これで誰かが怪我をしても安心だわ」
お母様はアイテム袋にミッチーナを回収すると、そう言って微笑んだ。
「お安い御用です」
「さあみんな、中へ入りましょう」
もう喉がカラカラだし、だいぶ疲れたから部屋の中でゆっくりさせてもらおう。
「うわあー、おおきーおうち! おりるー!」
玄関をくぐり、広いホールが目に入った途端に下に降りたいとビビが騒ぎだした。
お兄様が腕から降ろすと、嬉しそうにパタパタと走り始める。
「きゃーーー!」
「ビビ、そんなに走ったら、あぶな」
ビタン!
あ、早速コケた。
「大丈夫?」
声をかけるも、ビビには全く聞こえていないらしく、1人でむくっと起き上がってまた走り出す。
「きゃー!」
うん、たくましい子だ。
ビビはどんな家で育ったんだろう?
まずホールの広さにびっくりするくらいだから、普通の庶民の家で育ったってことだよね。
そういえば、ビビの父親も怪我をしてるって言ってたっけ……。
無事に父親が見つかったとしても、ビビを迎えに来れるような状態なんだろうか……。
ブーブーブーブーブー!
居間でお茶を飲んで一息ついていると、ポケットの中の通信機が鳴り出した。
「はい、こちらチェリーナ隊員です、どーぞー!」
『チェリーナ? サリヴァンナよ。さっきは、お礼も言わずに眠ってしまってごめんなさいね』
サリヴァンナおばさまだ!
目が覚めたんだね。
「サリヴァンナおばさま! そんなこと気にしないでください。私たちみんな、サリヴァンナおばさまが無事で喜んでいるんですから」
連絡して来た相手がサリヴァンナおばさまだと分かると、誰もがホッとしたように表情を緩ませている。
『ありがとう、チェリーナ。お義姉様やクリス様やアルフォンソも来てくれたと聞いたわ。みんなにもお礼を伝えてくれるかしら?』
「もちろんです! もう体は大丈夫なんですか?」
なにしろ、ミッチーナで治療した人第一号だからね。
大丈夫だとは思うけど、何か問題はないか少し心配でもある。
『ええ、もうどこも痛くないし、すっかり良くなったわ。赤ちゃんも元気よ。ーーチェリーナ、赤ちゃんの名前なんだけどね。チェリーナの名前をもらってもいいかしら?』
「私の名前を?」
『もちろん男性名には変えるけれど、チェリーナは私たちの命の恩人なんですもの。子どもたちにも、ずっとそのことを覚えていてほしいのよ』
いやあー、そんなに感謝されるほどのことじゃ。
え、あるかな?
「私は構いませんけど、でも、大叔父様のご意見は?」
なにしろジョアン侯爵は、名づけに並々ならぬ思い入れがあるからね……。
マルティーノおじさまとサリヴァンナおばさまの第1子が産まれた時は、ジョアン侯爵家に50数年ぶりに産まれた待望の男の子ってことで、重度の孫フィーバーではっちゃけちゃってさあ。
思わず気は確かですかと言いたくなるような大仰な名前を付けたんだよね。
その名も……、サルヴァトーランジェロ……!
名づけられた本人も覚えられないんじゃないかと心配になったほどだ。
ジョアン侯爵の名前であるサルヴァトーレと、天使を組み合わせた名なのだそうですよ。
『お父様ももちろん賛成しているわ。マルチェロがいいんじゃないかしらと思っているのよ』
おおー、マルチェロかあ!
だいぶシンプルで安心した。
「わあー、可愛い名前ですね」
さすがに6人目ともなると1人目の時みたいな変なテンションもなくなって、下に行けば行くほど普通の名前になってきているな。
長男サルヴァトーランジェロ、次男ヴァレンティーノ、三男サラディーノ、四男マリアーノ、五男サヴィーノと名づけられているけど、まだ幼いこともあって、お互いのことは分かりやすい愛称で呼び合っている。
ジェロ、ティーノ、サラ、マリ、ヴィーというごく短い愛称から察するに、本名は長すぎると誰もが思ってるんだと思うよ……。
『ふふっ、ありがとう。やっぱりマルチェロに決めるわ』
六男をマルチェロにするなら、愛称はマルチェとかチェロになるのかな?
マルだとマルティーノおじさまやマルティーナとかぶるもんね。
「そういえばサリヴァンナおばさま、あの後お医者様たちがどうなったのか聞いてますか?」
『ええ、実はお父様の怒鳴り声で目が覚めたのよ。事情は聞いたけれど、主人やお父様があんまり怒るものだから、私がなだめる羽目になってしまってね。ふふっ』
え、一番の被害者なのになだめ役だったの?
サリヴァンナおばさまには怒る権利があると思うけど。
「それでどうすることにしたんですか?」
まさか、すでに1センチ削られてるってことはないですよね……?
『お父様は領外に追放するって言ってカンカンだったんだけど……。実際問題、5人ものお医者様がいなくなったら、困るのは残される街の人たちでしょう?』
それもそうだな……。
領都は人口も多いし、医者がいなくなるのはみんなが困る。
医者たちを罰するつもりが、残される人たちの方が罰ゲームみたいになってしまう。
「うーん、難しいですね」
『お医者様たちも、財産を返上するからどうかこの領に置いてほしいと哀願していたし……。だから、今回は罰金で手を打つことにしたの。ジュダス医師については、会長職の解任も追加でね。ついでに、マリクとジュダス医師のお嬢さんとの結婚も認めさせたわ』
財産を返上すると言っているのに、罰金で済ませるとか……。
サリヴァンナおばさま、ちょいと優しすぎやしませんか?
被害者であるサリヴァンナおばさまや、濡れ衣を着せられそうになったマリクがそれで良いなら外野がとやかく言うことじゃないかもしれないけどさあ……。
「サリヴァンナおばさまが許すというなら仕方がありませんけど……、でもあのジュダスとか言う先生は、もうちょっと罰を与えてもいいと思います! 例えば、孤児院の子どもたちの健康診断や治療を1年間無償で行うとか」
何かやらかしても、すぐに許してもらえると思われたら舐められるからね!
『あら、それはいいわ。ぜひそうしましょう』
そうでしょう?
ああいう人には、1年くらいは反省する時間を作ってもいいと思うよ。
「……そういえば、例の件について何か手掛かりは見つかりましたか?」
ビビが口いっぱいにお菓子を頬張ってキョトンとした顔でこちらを見ているので、私はあえてぼかした聞き方をした。
『ああ、事故の被害者のことね。まだ誰も戻ってきていないのよ。だから、報告できることが何もないの。ごめんなさいね、分かったらすぐに知らせるわ』
荷物もあちこちに散乱してしまっただろうし、手掛かりどころか持ち主を探す時点で大変そうだもんね。
「よろしくお願いします」
「なんでひとりでおはなちちてりゅのー? へんなのー」
お菓子をゴクンと飲み込んだビビが私に話しかけてきた。
……どうやら、1人でしゃべってる頭のおかしい人と思われたみたいです。
「これを持っていると、お話したい人とお話しできるのよ」
私は通信機を指し示しながら簡単に説明した。
「ええー、しゅごいー! ビビもかあしゃんとおはなちしゅるー! かあしゃんどこー? ビビはここだよー」
え…………。
ご、ごめん……。
話したい人と話せるなんて言ったら、母親と話したいと言うに決まってる。
考えなしにそんなことを言うべきじゃなかった。
どうしよう……。




