第37話 小さな同行者
周りからの期待の視線を一身に浴びたアルフォンソは、神妙な顔つきで言葉を続けた。
「僕には分からないということが分かったよ……」
ガク。
結局分からないんかい!
「父親の名前が分からないんじゃ、ハヤメールを飛ばすことができないわ……」
「埒があかんな。ずっとここでこうしている訳にも行かないだろう。今日のところはうちにーー」
「いやあー!」
ビビはマルティーノおじさまがどうしても怖いらしく、私にしがみついて離れようとしない。
「あっ、そうだ! 母親の持ち物から、何か手掛かりが出てくるかもしれないんじゃないかな? 例えば、父親からの手紙とか」
おお、さすがアルフォンソ!
転んでもただでは起きないね!
「アルフォンソ、とてもいい考えよ! マルティーノおじさま、後で何かわかったら知らせてください」
「ああ、そうしよう」
「それじゃ、手掛かりが見つかるまで、その子はチェリーナのところで預かってあげたらどうかしら? チェリーナには懐いたようだから、今から引き離すのはかわいそうだわ」
うん、私もできればそうしてあげたい。
ジョアン侯爵領で起こったこととはいえ、こんなにマルティーノおじさまを怖がっているのに、このままこの子を置いて帰るのは忍びないよ。
「ねえ、ビビ。お父さんがビビを迎えに来るまで、お姉ちゃんのお家で待ってようか?」
「かあしゃんは……?」
こんなに幼い子に、お母さんは死んでしまったなんてとても言えない……。
「お母さんはお怪我をしているから病院に行かなくてはならないのよ。だからビビと一緒にはいられないの。お父さんが来るまで、ビビはお姉ちゃんのお家で一緒に待っててくれるかな?」
「うん……、いいよ……」
ビビは不安そうに目を潤ませながらも、私と一緒に行くことを了承してくれた。
「よかったわ。じゃあ、みんなで一緒に帰りましょうね」
さてと、帰りますか……、あれ?
ビビの話の翻訳に頭を捻っている間に、いつの間にかジョアン侯爵家の騎士たちが何人も到着している。
事故の後処理を手伝いに来たのかな?
「ああ、ちょうどよかった。何人かでこの医者たちをジョアン侯爵家へ連行してくれ。義父上と俺とで取り調べをする。残りの者は、後処理を頼む」
「はッ、かしこまりました!」
さすがに殺しはしないと思うけど、医者たちには何らかの罰があるようだ。
当たり前だよね。
次から気を付けてくださいね、で済ませられる話ではない。
今後の参考のためにも、どういう対処をしたのか後で聞かせてもらうとしよう。
そしてビビを連れた私たちは、まずはプリマヴェーラ辺境伯家を目指してバルーンを飛ばした。
ノンストップでアメティースタ公爵領に向かうにはそれなりの飛行時間がかかるので、ビビのために休憩を挟んでからアメティースタ公爵領へ帰ることにしたのだ。
「ふふっ、よく眠っているわ」
「そうですね。高いところを怖がるかと思っていたので、眠ってくれてよかったです」
私とお母様は、ビビの寝顔を覗き込みながら小声で話をした。
「この隙に、少しスピードをあげましょう」
操縦を担当しているアルフォンソが言う。
「ええ、お願いするわ。そういえば、クリス様とアルフォンソのお仕事は大丈夫なの? 今日は遠くへ行くはずだったんでしょ?」
「ああ、エスタの街に行くところだったんだ。僕はこの後エスタの街へ行くよ」
なんだ、遠出ってエスタの街のことだったの?
遠いというほど遠くもないどころか、むしろ近いよね?
「俺も行く……」
「あら、じゃあ私も」
「ダメだ!」
ビクッ……。
私はクリス様の思わぬ拒絶に肩を跳ねさせた。
え……、なんでダメなんですか……?
「クリス様……、さっきは追いかけてきてくれたから安心しちゃいましたけど……。もしかして、本当に、う、うわき……」
私を追いかけてきたんじゃなくて、サリヴァンナおばさまのためだけに駆け付けたのかも……。
「まあッ、浮気ですって!?」
浮気という言葉に反応したお母様が眉を吊り上げる。
「ご、誤解です! チェリーナが勘違いしているんですよ!」
「勘違いなんですか? じゃあ、どうして私を連れて行ってくれないんですか!?」
「そ、それは……」
クリス様はもごもごと口ごもった。
理由を言えないなんてやっぱり怪しい!
「ぷっ、チェリーナ。クリス様が浮気なんてあるわけないじゃないか。ププッ、はー、おかしい! むしろ、チェリーナのために1人であれこれと走り回っているのに、ずいぶん信用がないんだなあ」
「えっ!?」
私のために走り回ってるってなに?
マラソン?
そんなの望んでないけど!?
「ディレットさんの新しい店の準備をしてるんだよ。店の立地がいわくつきの恐ろしい場所だからね、チェリーナが行かずに済むように気を使ってるのさ」
「ええっ、新しいお店をわざわざ恐ろしい場所に作るの!?」
幽霊が出るってことだよね!?
なんでまたそんなところに!
「あの領ではたくさんの血が流れたからね……。結構そういう話が耳に入るよ。かといって、これから発展させようという土地を遊ばせておくわけにもいかないだろう?」
「な、なるほど!?」
そうなのかな?
「チェリーナは怖がりだからね、クリス様は愛する妻のために気を使っているのさ」
なんということだ!
きっと孤児院を掃除しているときの幽霊騒ぎがあったから、私を怖がらせないようにしてくれたんだ。
「クリス様! そんなに私のことを思っていてくれたなんて! 私、とっても嬉しいです!」
それなのに、私ときたら!
クリス様を疑ってばかりで悪い妻だった!
「ああ……。分かってくれたならいいんだ。ハハ……」
アルフォンソがパチンとウインクするのを見たクリス様が、なぜか乾いた笑いを漏らした。
なんでウインクしたのかな?
「そう、ディレットの店を出すの……。事情は察したわ。苦労をかけてごめんなさいね……」
「いえ、苦労とは思っていませんから」
お母様は申し訳なさそうにクリス様を見ている。
事情は察したってことは、お母様はディレットの店がホストクラブって知ってるってことなんだろうか。
「それにしても、アルフォンソの口の上手さは大したものねぇ。感心してしまったわ。小さい頃は優しくておとなしい子だったのに」
「ははは、ヴァイオラ様。そんなに褒めないでください」
え、褒めてた?
なんか、腹黒くなったねってニュアンスに聞こえたけど?
本当に……、いわくつきの土地を黙って貸し出しちゃうなんて、アルフォンソもなかなかの悪よのう……。
そうこうしているうちに、私たちを乗せたバルーンはプリマヴェーラ辺境伯家の屋敷に到着した。
「ヴァイオラ!」
「あなた」
ジョアン侯爵領を発つ前にお父様たちには連絡をしていたけど、エスタンゴロ砦から屋敷に戻って私たちを待っていてくれたようだ。
「サリヴァンナが助かったと聞いてほっとしたよ。みんな、よくやってくれた」
「赤ちゃんも元気だったわ。また赤毛の男の子よ」
「まったく、あいつは一体何人産ませる気なんだ? 少しは母体のことを考えられないのか。子どもたちの将来のことだって、ちゃんと考えて作ってるのか心配になるよ」
本当ですよね……。
後を継ぐ領地は一つしかないのに、6人もの男の子なんて。
それはそうとお父様、寝た子は結構重いので、ビビを屋敷の中に連れて行ってください。
「お父様、この子を中に運んでいただけませんか?」
「ああ、母親が亡くなってしまったという子どもか。父親の名前を言える年だったらなあ……。かわいそうに」
名前さえわかればスピード解決だったのにね……。
「……あっ!? ふあっ……、うわあああーーーーん!」
お父様に抱き上げられた揺れで目が覚めたのか、ビビはパチッと目を開いたかと思うと大きな声で泣き始めた。
「え、どうしたんだ!?」
「こあいよー!」