第36話 悪事の報い
「マリク! 今までどこに?」
マルティーノおじさまも、マリクのあまりのヨレヨレぶりに目を見開いている。
「も、申し訳ございません。どうしても、街なかのお医者様の都合がつかず……。街外れに引退した元お医者様が住んでいると聞いて、行ってきたところなのです」
元お医者さんかあ……。
どうみても80歳は越えていそうなおじいちゃんですけど。
「着いたかえー? 病人はどこじゃあ?」
「いえ、まだ着いてません」
「はあー? なんだってえー? 病人はどこじゃあ?」
マリク……。
精一杯の努力をしたことは分かったけど……、このおじいちゃん先生じゃ助かるものも助からないと思います。
「マリク、サリーはもう大丈夫だ。チェリーナが助けに来てくれたんだよ」
「そうでしたか! ーーよかった! ううッ」
マリクは安堵するあまり、おじいちゃん先生を背中に乗せたまま、その場にへたり込んでしまった。
かわいそうに……。
一体どれほどのプレッシャーにさらされていたんだろう。
「マリク! ごめんなさい、私のせいで!」
「ダリア……」
ダリアがマリクに駆け寄って、一緒になって涙を流している。
……待てよ?
この雰囲気はもしかして。
「あのー、お二人は恋人同士なんですか?」
「えッ」
「そんな」
私が尋ねると、二人とも同時に真っ赤になってしまった。
うん、恋人同士なんですね。
「恋人などではない! わしは認めていない! 娘は医者と結婚させると決めているのだ!」
この頑固じじい……。
さては、二人の仲を引き裂くためにこんなこと仕出かしたな?
「なるほどな……。娘が自分の気に入らない男を恋人にしたから、それをぶち壊そうとしたということか。貴様はそれで満足したかもしれないが……、だが、見捨てられた患者はどうなる! サリーは、チェリーナがこなければ本当に命を落としていたところだったんだぞ! ここにいる者の誰よりも重症で、誰よりも医者を必要としていたんだ!」
マルティーノおじさまは、あまりの悔しさに涙を滲ませながら叫んだ。
この医者が自分勝手な理由で他人を陥れようと企てたせいで、何の罪もないサリヴァンナおばさまは長い時間治療も受けられずにただ待たされていた。
きっとその時の絶望を思い出しているのだろう。
「……わ、わしは……、本当に誰も呼びに……」
「まだ言い張るつもりか! 貴様のことは絶対に許さん! ーーだが俺は慈悲深い男だからな、貴様に選ばせてやろう。水魔法で1センチずつ切り刻まれてゆっくり死ぬか、それとも火魔法で消し炭になって一瞬で死ぬか。さあッ、きりきり選ぶがいい!」
マルティーノおじさま……、どっちを選んでも死ぬ未来しかないんですね……。
まあ、許せない気持ちは私も同じだけど。
運よく助けられたからよかったけど、もし万が一サリヴァンナおばさまが亡くなっていたら……。
この医者だって本当に死罪になってもおかしくないのに、よくもまあこんな大それたことを仕出かしたものだ。
「もう黙っちゃいられないぜ! 俺は使いの男が医者に頼み込んでるところをこの目で見たぞ!」
「ああ、俺も見た!」
「あたしも見たよ! その医者は、余計なことをしゃべったらこの街で診察は受けられないようにしてやるって、あたしたちみんなを脅してたんだ」
マルティーノおじさまの怒りと悲しみを目の当たりにし、じっと息をひそめて成り行きを見守っていた街の人たちが一斉に証言し始めた。
その雰囲気にのまれたかのように、頑固じじいの背後の医者たちが次々と地面に膝をついていく。
「どうか、お許しを……!」
「お許しを!」
「どうか、お許しを……! ジュダス先生、もう無理です! とても誤魔化しきれません!」
医者たちは、ガタガタと震えながら必死に許しを乞いだした。
「お前たちッ! わ、わしは……」
頑固じじいも、この期に及んでようやく自分の計画が失敗に終わったということが理解できたようだ。
1センチずつ刻まれかねない今になって真っ青になっている。
「ううっ、うわあー! こあいよー、かあしゃー!」
舌足らずな声で母親を呼ぶのは……。
いつの間にか私の足元には、怪我から回復して眠っていた筈の女の子がいて泣き声をあげている。
「かあしゃー!」
かわいそうに……。
この子の呼びかけに応えてくれる母親はもう……。
「泣かないで。お母さんはお怪我をしているから、少し休ませてあげましょうね」
私はしゃがみ込んで、女の子を優しく抱きしめた。
うう……、この子には泣かないでと言ったけど、私の方がもう泣きそうだよ!
「おけが……? いたい、いたい?」
「そうよ。あなたが泣いていたら心配してしまうわ」
「うん……」
女の子は鼻水をすすりあげ、パチパチと瞬きを繰り返して健気に涙を堪えようと頑張っている。
「チェリーナ、その子は俺がーー」
近くにやってきたマルティーノおじさまの声に気が付くと、女の子は下から上に徐々に視線をあげていき、のけ反りそうになりながらマルティーノおじさまと目が合ったところでヒイッと息をのんだ。
「うああーーー! こあいよーーー!」
マルティーノおじさま……。
あとちょっとで泣き止みそうだったのに、せっかくの努力が無駄になりました。
「このおじさんはちょっと大きいだけで、本当は明るくて優しい人なのよ?」
「ま、まいったな……。子どもの前であんな話するんじゃなかったな」
どうやって死にたいか選ばせてやろうなんて、どこの魔王かと思うようなセリフでしたもんね。
「うわあー!」
「と、とにかく、その子は俺が孤児院にーー」
「やあーー! こあいーー!」
マルティーノおじさまが自分を捕まえようとしていると思ったのか、女の子は必死に私にしがみついて一層激しく泣き始めた。
ど、どうしよう!?
「うちの領の孤児院に連れて行くか? チェリーナが傍にいた方がその子も安心するかもしれないし」
見かねたクリス様がそう提案してくれたけど……。
「連れて行くのはいいんですけど……、でも、この子は孤児なんでしょうか? 父親や祖父母が存命かもしれません」
「それもそうだな」
そうだ!
父親の名前が分かれば、ハヤメールで探せるかもしれない!
「お父さんのお名前は分かるかしら?」
「わかる! おにゃまえは、びゆじーお」
「ビユジーオっていう名前なの?」
あんまり聞かない名前だけど……?
「ううん! おのまえは、びゆでぃお! おちごとはきち。とーしゃはいたいいたいだから、ビビはねんねちてまっててっていってた。ぐうぐうぐうって」
うん……!?
お父さんの名前、最初に言ってた名前と変わってないかな!?
「お父さんはいたいいたいって、怪我をしてるってことなんじゃないか?」
「そうかもしれないですね。クリス様、他にも何か分かりましたか?」
「いや、さっぱりだ」
そうですよね。
私もさっぱりわかりません。
「誰か、通訳してくれる人いないかしら……? あ、アルフォンソ! こういうことは、きっとアルフォンソが得意だわ!」
アルフォンソならいける気がする!
なんとなくだけど!
「ええ……。僕だって小さい子の言ってることなんてわからないよ……」
「まあまあ。とりあえず聞くだけ聞いてみてよ!」
私は大きく手招きしてアルフォンソを近くに呼び寄せた。
「とりあえずやってみるけど……。えーと、君の名前はビビなの?」
「うん」
「お父さんの名前は、ビユジオだったかな?」
「ちなう! びゅーでぃーお! おちごとはきち! とーしゃ、おしょいから、ビビとかあしゃんが、ずーっと、うーんと、とーくのおーとにいってあげゆの。ビビがとーしゃにいーこいーこしゅりゅ」
聞くたびにお父さんの名前が違うのは気のせいか……。
お仕事は基地って、もはや人間ですらないよね……。
「なるほど」
「アルフォンソ! わかったの?」
やっぱりアルフォンソはデキる男だ!