第33話 一難去ってまた一難
(来てくれて助かったよ。ありがとな)
気が付くと、マーニが私の足元でジョアン侯爵一家の喜ぶ様子を見ていた。
「マーニ……。マーニが私にお礼を言うなんて初めてじゃない?」
(そうだったかな)
マーニは照れたようにそっぽを向いた。
「でも、お礼を言うのは私の方よ。知らせに来てくれてありがとう、マーニ」
(こうなる前に俺が防げたらよかったんだが……。殺意があれば気を察知できるが、事故の場合はどうにもならん)
子どもたちは殺意を持って突き落としたわけじゃないもんね。
神獣といえども未来を予知できるわけじゃないんだから、今回は仕方がなかったと思う。
「防ぎようがない時は、いつでも私を頼ってちょうだい!」
私は自分の胸をドンと叩いた。
(そうだな。お前は頼りになるよ、実際)
ええっ、そうかな?
そんなに褒められると照れる……!
遠慮しないでもっと褒めてくれてもいいけど!
「チェリーナ、本当にありがとう。何と礼を言えばいいか分からないよ。サリーの命を救ってくれたこと、本当に感謝している」
目を赤くしたマルティーノおじさまは立ち上がると、私の方へやって来てお礼を言った。
「そんな、お礼なんて水臭いですよ! サリヴァンナおばさまが助かって私も嬉しいんですから! それに、今回のお手柄はマーニじゃないですか? 私に急を知らせてくれましたし、ゲンキーナも届けてくれました。ゲンキーナがなければ、私が着くまで持ちこたえられたかどうか……」
サリヴァンナおばさまの命を繋いでくれたのは、なんだかんだ言ってもやっぱりゲンキーナだと思うんだよね。
直接的な怪我の治療はできなかったにしても、体力の回復にはなった筈だから。
「そうだな……。マーニにも礼を言わなくては。マーニ、いつも俺たちを守ってくれて本当にありがとう」
(別に……)
マーニも照れてる……!
そんなマーニと私の元にジョアン侯爵家の一同が集まり、次々に感謝の言葉を口にした。
「マルチェリーナ、マーニ。私からも礼を言わせてくれ。娘を救ってくれてありがとう」
「チェリーナおねえさま、ありがとう」
「ありがとう」
いやあ。
あんまり言われると恥ずかしいな。
「えへへ。そうだ、このカプセルは置いていきますから、何かあったら使ってくださいね。これはドクトルZという名前です。失敗しないのがモットーなんですよ」
「ドクトルゼット……? なんだか恐ろしげな名だな」
え、そう?
言われてみればちょっとマッドサイエンティスト風味かも?
せっかく可愛くしゃべる機械だから、違う名前にしてみるか。
「それじゃ、ミッチーナはどうですか?」
「うん? 女性なのか? そういえば、さっきの声は女性の声だったな」
「ミッチーナせんせいがいい!」
「ミッチーせんせー!」
うんうん、子どもたちは気に入ったようだね。
「あのう……。お話し中失礼いたします、マルティーノ様。先ほどお生まれになったお坊ちゃまですが……」
赤ん坊を抱えた侍女が心配そうな顔で話しかけてきた。
お坊ちゃま……、また男だったんですね……。
これで6人目の男児か……。
「赤ん坊がどうかしたか? さっきゲンキーナを口に含ませたら、元気に手足を動かしたと思ったが……」
「はい。産声もあげましたし、少し小さめですがおそらく問題ないかと。ですが、万が一ということもありますので、念のため、その、ミッチーナ先生? に見ていただいてはいかがでしょうか?」
ふんふん、念のための検診ですね。
早く生まれてしまったせいで、目に見えない何かがあるかもしれないもんね。
「なるほど! じゃあ早速赤ちゃんを寝かせてください。マルティーノおじさま、サリヴァンナおばさまに手を貸してあげてください」
サリヴァンナおばさまはホッとして気が抜けたのか、いつの間にかカプセルの中ですうすうと寝息を立てている。
マルティーノおじさまはその寝顔を見て微笑みを浮かべると、脇の下と膝の後ろに手を差し入れ、優しく妻を抱き上げた。
「サリーをベッドへ連れて行くから、赤ん坊を頼むよ」
「お任せください!」
私は侍女から眠っている赤ん坊を受け取ると、カプセル内の血のついている部分を避けて寝かせた。
「それじゃ、スイッチオン!」
『スキャニングを開始します……。ーー在胎35週で誕生したことによる衰弱から回復済みです。治療の必要はありません』
回復済み?
ああ、ゲンキーナを飲ませたからもう大丈夫ってことかな?
「もう大丈夫みたいよ。ゲンキーナを飲ませたのがよかったのね!」
「ありがとうございます。安心いたしました」
侍女は嬉しそうに赤ん坊を受け取ると、ベッドに寝かせてくると言ってそのまま奥へ引っ込んでいった。
「ふうー、やれやれですね」
「お疲れ様。よく頑張ったな」
クリス様は、私の頭にポンポンと手をのせてねぎらってくれた。
「それじゃ、私たちはこれで失礼しましょうか」
長居をするような状況じゃないし、お母様の言う通りそろそろ帰った方がいいだろう。
「あら、せめてお茶ぐらいーー」
そう言って引き留めようとするジョアン侯爵夫人だったけど、サリヴァンナおばさまの看病や赤ん坊のお世話、それに血だまりも掃除しなければならないし、これ以上使用人の仕事を増やすのはやっぱり心苦しいよ。
「お茶はまたごちそうになりに参りますわ。皆さんも気疲れされたでしょうから、どうぞご家族で一息ついてください」
「そう? 悪いわね。みんな、本当にありがとう」
「いいえ、ではこれでーー」
帰りかけようとしたその時、玄関からさっき鉢合わせた使用人が駆け込んできた。
「た、大変ですッ! 大通りで馬車の多重事故があったせいで、どうしても医者がつかまりません! マリクは今も街に残って医者を探し回っています!」
「まあ! ガイオ、落ち着いてちょうだい。サリーはマルチェリーナが治してくれたわ。こちらはもう医者は必要ないのよ」
「えッ、そ、そうですか。それはよかった……? え、もう治ったのですか?」
瀕死だったサリヴァンナおばさまがこんなにも早く治っていることに、ガイオは目をぱちくりとさせた。
頼みの綱だったゲンキーナと治癒薬でもどうにもならなかったのに、まさかもう治っているとは想像していなかったのだろう。
「サリヴァンナおばさまはもう大丈夫よ! それより、事故の様子を詳しく教えてくれる? 力になれることがあるかもしれないわ」
「は、はいっ。ぬかるみに嵌って立ち往生していた荷馬車に、ちょうど角を曲がってきた乗合馬車が激突してしまったのです。その後ろにも乗合馬車が続いていて……。道端に寝かされていた怪我人は20人以上いるように見えました」
これは想像以上の大事故だ……。
聞いてしまった以上、出来るだけのことはしてあげなければ。
「私、ちょっと行ってきます!」
「俺も行く」
「僕も行くよ」
クリス様とアルフォンソも一緒に来てくれるようだ。
お母様は、そう言って意気込む私たちを見てふふっと微笑んだ。
「そう言うと思ったわ。みんなで行きましょう。私も一緒に行きます」
そして私たち4人は、トブーンを操って事故現場に駆け付けた。
上から見ると、すごい人だかりになっているのが一目でわかったから、迷わなかったことだけはよかったけど……。
「酷い……」
「話で聞くよりも酷い状況ね……。早速怪我人の治療を手伝いましょう」
「はい!」
私たちはお母様に続いて、人込みをかき分けながら馬車に近づいた。
「目についた人から治療していけばいいかしら?」
「いいえ! こういう時は、重症な人を優先して治療するのが鉄則です! まずは怪我人を選別しないと!」
確か、赤が最優先、黄色はその次、緑は最後という風に色分けしていった気がする。
医者を見つけて、重症度を判別してもらおう!
「ここにお医者様はいらっしゃいますかっ?」
私は大声で医者を探し始めた。
「そこで治療の邪魔をしているのは何者だ!」