第29話 製本作業とお手伝い
そんな泣くような話なんてしてないよね!?
「キキエーラ、どうしたの?」
「すみませんっ、私、感動してしまって! 私が書いたものが本になるなんて夢みたいです!」
あの……、本といっても、出版社が作っているようなちゃんとした活版印刷じゃなくて、キキエーラの手書きの原本を撮影して印刷するつもりなんだけど……。
つまり、本というより、修学旅行のしおりに近いものになると予想されます。
「ちょっと期待させすぎちゃったみたいだけど、出版社に頼むんじゃなくて、私が手作業で製本するつもりなのよ。素人の手作りだから、たぶん売り物みたいにはならないと思うわ」
「えっ、どうやって製本を!? 本を手作りできるんですか?」
普通は本を手作りしようとは思わないもんね。
「録画機を使えば本に出来るかもしれないと思っているのよ」
「なるほど、録画機で撮影するのか。うん、いけるかもしれないね」
すでに画像を印刷した経験のあるアルフォンソには、どういう作業になるか大体分かるようだ。
「それじゃ、今日はキキエーラと一緒に製本作業をしてきたらどうだ? 孤児院でやれば子どもたちやラヴィエータにも手伝ってもらえるだろう」
「あっ、それはいいですね! じゃあ早速みんなで孤児院へ行きましょう!」
紙を折る作業は人手が必要だもんね!
「俺はアルフォンソに仕事の話があるから。ここに残るよ」
「え、そうなんですか? じゃあ、私も残ってクリス様のお手伝いを……」
製本は娯楽目的だし、やっぱり仕事が最優先だよね。
「いや、こっちは大丈夫だから。チェレスたちが早く本を読みたいって言ってただろ。さあ、もう行った方がいいぞ」
クリス様はそう言って私の背中をぐいぐいと押した。
え、押さないでもらえます?
「わかりましたよ。キキエーラ、本を持って孤児院へ行きましょうか」
そう声をかけると、キキエーラは大急ぎで自分の部屋へ走っていき、数冊のノートを胸元に抱いて戻ってきた。
「お待たせしました!」
「じゃあ行きましょう。クリス様、ほんとに行っちゃいますよ?」
「ああ、行ってこい行ってこい。ずっとそっちにいていいからな」
この言い方!
そんな風に言われると、追い払われてるような気になりますけど……?
クリス様の態度に腑に落ちないものを感じつつ、私はキキエーラと一緒にコテージを後にした。
孤児院の前庭に降り立つと、私は建物を見回して驚きに目を瞠った。
庭の雑草や建物に絡まった蔦が刈られているせいか、昨日見た時よりもずいぶん明るく綺麗になった気がする!
「まだ営業してないんだけど、ここが孤児院兼保育所になる場所よ」
「わあ、大きい建物ですねえ」
「元々は宿だった建物なの。誰か来ているといいんだけど……」
もしかすると、みんな教会の方にいるかもしれないな。
そう思いながら玄関に近づくと、中からきゃあきゃあと賑やかな子どもの声が聞こえてきた。
「声が聞こえますね」
「そうね、こんなに朝早くから掃除に来てくれたのかしら?」
私はノッカーを手に取り、小さくトントンと叩いた。
「はーい。あらっ、マルチェリーナ様、おはようございます。キキも一緒なの?」
「ラヴィエータ、おはよう! 子どもたちの声が聞こえるようだけど」
掃除中というより、この楽しそうな賑わいは食事中かも?
「はい。実は昨日のうちにこちらの建物へ引っ越したんです。教会では床に掛け布団を敷いて雑魚寝していましたので、ベッドが使えるようになってみんな大喜びしているんですよ」
今までは雑魚寝だったのか……。
人数分のベッドを置くスペースなんてないもんね……。
「そうだったの。喜んでもらえて嬉しいわ」
「ちょっと散らかっていますが、中へどうぞ。食事が終わって片づけをしていたところだったんです。お茶でもいかがですか?」
「お邪魔するわ。お茶は結構よ。実は、みんなに手伝ってほしいことがあってここへ来たの。子どもたちもいるならちょうどよかったわ」
私は早速キキエーラの本の話を切り出そうとした。
「じじじじ、実はっ! 私の物語っ! 本がー! ううっ」
だから、修学旅行のしおりレベルだってば。
あんまり期待するとガッカリするよ?
「キキの本?」
「キキエーラが私のお父様の物語を書いたんですって。お母様と出会って、国の英雄となるまでの話なの。それで、みんな読みたがっているから、録画機を使って製本しようと思ったのよ」
「まあっ! プリマヴェーラ辺境伯様の物語を? 私もぜひ読みたいです!」
おお、またもや注文が入りました!
やっぱりお父様の物語って絶対需要があると思う。
もし手作りの本が大当たりしたら、王都の出版社に持ち込みして、ちゃんとした本にしてもらうのもいいかもしれないね!
「そうでしょう? たくさん作って、大勢の人に読んでもらいたいわ! みんな手伝ってくれるかしら?」
「ええ、もちろんです!」
「よかった! 今日は手持ちのお金がないから、お礼にお菓子をたくさん差し入れするわね!」
いつもはお金が必要な時はクリス様が支払ってくれるけど、今はいないからお菓子で我慢してください。
「わあっ、お菓子をたくさん! どんなお菓子かしら? 楽しみだわ!」
キキエーラ、泣いてたんじゃなかったの?
ものすごくいい笑顔だけど、お菓子は子ども達へのお礼だよ?
「お菓子」
「おかし、たくさん」
「おかし」
気が付くと、お菓子という言葉を聞きつけた子どもたちがわらわらとラヴィエータの背後に現れた。
「みんな、私のお手伝いをしてくれる子にはお菓子をあげるわ。10歳以上の子は、本を作るお手伝い。9歳までの子は、自分より小さい子の面倒を見ることがお手伝いよ」
「わあー、お手伝いするー!」
「ぼくもー」
「あたちもー」
うん、面倒見てもらう側のちびっ子がすんごい張り切ってるね!
頑張ってお手伝いしてください!
そして私たちは食堂の一角を陣取り、早速ノートの撮影に取り掛かった。
撮影自体は1時間も掛からずに完了したけど、ちゃんと字が読めるように撮れてるかちょっと心配だ。
「さあー、印刷するわよー!」
私はプリンターを操作し、とりあえず試し刷りとして1部だけ印刷してみることにした。
ウィー……、カシャン、ウィー……、カシャン、ウィー……、カシャン。
うーん、印刷が結構時間かかるかも……?
とりあえず、一番下の一枚を紙の束の中から引き出して眺めて見る。
「わあっ、大成功よ! ちゃんと読めるわ!」
「本当ですね、綺麗に印刷できています」
「すすすす、すごいッ! 私が書いた字にそっくりよ! こんなことが出来るなんて信じられない! どうやったらこんなに素早く写せるの?」
あの、キキエーラ……?
プリンターの中に小さい人がいて、その人が手書きで写してるわけじゃないってことは分かるよね?
「さあ、とりあえず1冊分の印刷が終わったわ。これをこんな風に真ん中から二つ折りにしてほしいの。字が書いてある方が表側で、白い方が内側に来るように折るのよ。順番がとても大切だから、一番上から順々に折っていってね」
私は実演しながら子どもたちに手伝いの具体的な作業を指示した。
子どもたちは真剣なまなざしで説明に聞き入っている。
「全部折れたら、次はーー」
折るのは子どもでも出来るでしょうけど、分厚い紙の束をホチキス止めするのって結構力がいるかも……?
私は力のありそうな人を探すべく、室内をぐるりと見回した。
そうだ、この人がいたじゃない!
「ソブリオが適役だわ! 表紙にする厚紙で折った紙の束を挟んだら、バラバラにならないようにこのホチキスという道具で纏めてほしいのよ。こんな風に」
パチン!
私が紙の端の方をパチンとホチキスで止めると、おおっという歓声があがった。
「すごい! 本というのは、こんな風に作るものなんですね!」
……いや?
違うと思います。
「最後に、このホチキスの針が見えないように製本テープを張り付ければ完成よ」
わあー!
パチパチパチ!
食堂の中は大きな歓声と拍手の音に包まれていった。
やあやあ、どうもどうも。
へらへらと歓声に応えて手を振ってる私が言うのもなんですが……。
作業手順を説明しただけで、まだ1冊も出来上がってないからね!?