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第2話 高慢と偏見


予期せぬ闖入者に驚いた私とクリス様は思わず顔を見合わせた。


湖に浮かぶ小島にどうやって入って来たんだろう。

周りは360度水なんですけど……。


「え、何事ですか?」


「何だろうな? ちょっと見てくるからお前はここにいろ」


「クリス様……、お気をつけて。チェーンをかけて対応してください」


ドアチェーンをつけて正解だったな。

やっぱり近代的な家は何かと便利だ。


「ああ、わかったよ」


私は部屋を出て玄関に向かったクリス様の後姿を、ドア口に立って見守った。



ガチャリ……。



「おお、アメティースタ公爵! いい朝ですな! 公爵邸の設計図をお持ちいたしましたぞ!」


「ああ……、アンドレオか。扉を開けるから、いったん閉めるぞ」


噂をすれば建築士のおじいちゃんの登場だ。

クリス様はチェーンを外してアンドレオを招き入れた。


その後ろにミケーレがいるところを見ると、どうやらここまでミケーレにトブーンで送ってきてもらったようだ。


「クリスティアーノ様、マルチェリーナ様、おはようございます」


ミケーレは私たちを見てにこりと微笑んだ。


26歳になったミケーレは、妻のカーラと子ども達を連れて、私たちのためにアメティースタ公爵領へ移り住んでくれている。

ミケーレももうお父さんかぁ……。


私が魔法学院に通う時期を狙っていたかのように、この3年の間に次々と子どもを産んで産休を取っていたカーラは、夫の赴任をきっかけに侍女の仕事へ復帰を果たした。


王妃様から、しばらくの間王宮の侍女を何人か派遣させてはどうかという提案もいただいたんだけど……。

私たちはありがたいとは思いながらも辞退させてもらった。


だって、王宮の侍女って厳しそうじゃない!?

どう考えても私が叱られる未来しか見えないよ。


だから、カーラに新人を育ててもらえばいいかなと思ってます!


「おはよう! ちょっと失礼させてもらうわね。着替えてくるわ」


私は挨拶を返すと、すぐに部屋に引っ込んだ。

さすがにガウン姿で人前に出るのは憚られる。


「この扉のチェーンは何のために付いているのですかな?」


「ああ、防犯のためだよ。例えば今、扉の向こうにいたのが盗賊だとする。だけど、このチェーンがかかっていれば、奴らは家の中には侵入できないんだ」


「なるほどッ! これは良いですな!」


ドアチェーンの用途を聞いたアンドレオは興奮気味に言った。


「それで、公爵邸の設計図を持ってきてくれたそうだが……」


あっ、クリス様、その話私も聞きたいです!

私は急いで手近なドレスを頭からかぶった。


手ぐしで髪を整えて……、うん、これでいいや。


「お待たせいたしました。私にも設計図を見せてくださいな」


「おお、奥方様。本日もご機嫌麗しゅう。こちらが設計図にございます」


アンドレオはそういうと、小脇に抱えていた筒状のケースから大きな紙を取り出し、ダイニングテーブルの上にバサリと広げた。


……うん、なんだかこういうの、どこかで見た気がするな。

コの字型の本邸に美しい庭園、そして庭園のあちこちに別邸のようなものまで書き込まれている。


これって構図的には、ほぼベルサイユ宮殿ですよね!?

自宅にプチ・トリアノンとかいらないよ?


「……クリス様、すごいお屋敷ですよ……」

「ああ、これほどとは……。これじゃ、まるで王宮じゃないか」


私の実家のプリマヴェーラ辺境伯家のような、レンガ造りの田舎風な貴族の屋敷を想像していた私たちは、あまりに洗練された設計図に怖気づいてしまった。


……なにやら幾何学的な美しい模様になっている庭園とか、誰が手入れするの?

うちの実家の裏庭なんか普通に林があったりして、割と自然美を大切にしていたというか、ほったらかしなスタイルだったんですけど……。


プリマヴェーラ辺境伯領よりもずっと人口も少なく、街も村も少ししかないのに、公爵邸だけ王宮並みってバランス悪くないかな!?


「アメティースタ公爵、本当にこちらの小島にお屋敷を建てるおつもりですかな? いささか狭いようにお見受けしますが」


こちらとしては、小島がいささか狭いというよりも、設計図の中のお屋敷がいささか大きいようにお見受けしています……。


この小島は楕円形をしていて、長いところで300メートル、狭いところで200メートルくらいはあるから、個人の家を建てるには十分すぎるほどの広さがある。


「アンドレオ、この小島に屋敷を建てることはもう決めているんだよ。だから、もう少し小さめで頼む。この庭とか削れないかな……?」


「貴族の屋敷を作るには、庭園もおろそかには出来ません! 庭と屋敷との調和、まずは外観の美しさこそが第一なのです! 貴族同士の付き合いにおいては、屋内、屋外、両方でのパーティがかかせない以上、粗末な庭園では公爵家の恥となってしまいます!」


え……、そうだったんですか?

それは初耳でした。


うちの実家の前庭は馬が入れるようにぎっしり石畳が敷き詰められてるし、裏庭もそこまで眺めを重視してませんでした。

場所柄、パーティとかも全然縁がありませんでしたよ?


「ここは王都から遠いし、パーティはそんなに重要じゃないんだ。見た目よりも、安全性を重視してほしいな。この領は盗賊に占領されていたと説明しただろう?」


「しかし……」


「あのー、私からの要望もいいですか? 出来れば屋敷の中は、最新式の設備にしたいんです」


「最新式の設備とは?」


アンドレオは怪訝そうに片方の眉を吊り上げた。


「あ、私が魔法で出したものなんですけど、結構便利なんですよ? よかったらこのコテージを見ていってください」


「わしにこの家を参考にしろと!? 失礼を承知で言わせてもらうが、この家は貴族の屋敷とは程遠い! こんなもの、端から端まで一目で見渡せるような小屋じゃわい! この家にわしが参考にするようなものなどあるかっ!」


あの……、興奮するあまり言葉遣いが素に戻りつつあるようだけど、クリス様の前でボロを出して大丈夫なのかな?

何がそんなに気に障ったのか分からないけど、やっぱり噂どおり一筋縄じゃいかない頑固者のようだ。


それにしても、家の造りじゃなくて設備って言ってるのに、あくまでも大きさにこだわるのはどうしてなんだろう。


「パッラーディさん、抑えて抑えて。公爵夫妻の前ですからね。はい、深呼吸しましょう」


「むっ、むむううううー。スーーーーハーーーー」


アンドレオは、穏やかにとりなすミケーレの言葉に、唸りながら深呼吸を繰り返した。


うん、やっと自分の立場を思い出してくれたようです。

あなたの雇い主である国王陛下の息子さんが見てますからね?


「アンドレオ。やけに大きさに拘っているようだが、何か理由があるのか?」


「もちろんですとも! わしはこちらのお屋敷をわしの最後の作品、そして最高傑作にしたいのです! 幸いにも国王陛下は費用のことは二の次で良いと、ご夫婦の希望通りの屋敷を建てよとおっしゃってくださいましたッ!」


私たちの希望通りの屋敷を建ててって言われてるの!?

その割に自分の希望を最優先してないか?


できれば国王陛下の言いつけどおりにしてほしいんだけど……。


「意気込みはありがたいが……、俺たちの希望も取り入れてほしいな。まず、この小島に建てることは決定事項だ。そして屋敷の設備は最新式にする。それ以外の、外観や内装なんかはアンドレオに任せるよ」


ここまでクリス様にはっきり言われてしまっては、さすがのアンドレオも反論は出来ないようだ。

見る見るうちにしょんぼりと肩を落としてしまった。


「パッラーディさん、うちのお嬢様……、いえ、奥様の魔法はすごいんです。見ればきっとパッラーディさんも興味を持つこと間違いなしですよ」


「しかし……、ここまでわしを乗せてきてくれたあの乗り物は……。わしの美意識に反する。確かに便利なのは認めるが、なぜあそこまで簡素でなければならない? 装飾の一つどころか、紋章すらもないではないか!」


あれ……?

気のせいかな。


もしかして、私のセンスに文句付けられてませんか?





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