第28話 ディレットの店
「お前ら兄妹はまったく……。書いたのはキキエーラなんだからな? 人の書いたものを勝手に贈り物にするなよ」
はッ、そう言われれば著作権的な問題が発生するのかも……。
原稿料を払うべきだよね?
「クリス様、こういう時はどういう風に原稿料をお支払いするのでしょうか?」
「本人の希望を聞いてみたらどうだ? 原稿料として決まった金額を一括で受け取るか、それとも1冊につきいくらと決めて売り上げに応じた金額を受け取るか」
売れなかったら一括で原稿料をもらったほうが得だけど、もしベストセラーなんてことになったら……!
断然歩合制のほうがお得だよね。
「わかりました! じゃあ明日聞いてみますね」
さて、次は何を話そうかな!
今日は幽霊騒ぎがあったり、お父様が挙動不審だったりといろいろ面白いことがあったから、話したいことがてんこ盛りだ。
あっ、挙動不審で思い出した!
「クリス様、そういえばディレットさんの話って結局なんだったんですか?」
私が話の内容を尋ねると、クリス様はなぜかギクッとした顔になった。
「ディレット……?」
あれ、お兄様知ってるの?
そしてなんでお兄様までそんな微妙そうな顔?
「ディレットの話は……、まあ、うちの領に店を出したいという話だったよ」
「やっぱり! そうだと思いました! またお店が増えてよかったですね、クリス様!」
この調子でどんどんお店が増えるといいな!
「……」
「クリス様?」
なぜ無言?
嬉しくないの?
「あら、楽しみね。どんなお店なのかしら?」
黙り込んでしまったクリス様を不思議そうに見ながらカレンデュラが言った。
クリス様はカレンデュラの質問に対し、なぜかお兄様の顔を見るばかりで答える気配がない。
そしてお兄様はお兄様で、拒否するように首を振っている。
なんで返事をしないんですかっ!?
仕方がないから私からかいつまんで説明しておくか。
「ディレットさんがホストとしてお客様のおもてなしをするお店らしいわよ。エスタの街に7軒もお店を出してるんですって。きっとここでも繁盛間違いなしね」
箱入りのお嬢様であるカレンデュラに、ホストクラブがどういうお店かなんて通じるかどうか分からないけど。
それにしても、ちょっとお話するだけで大儲けってホストってすごい商売だよね?
「……ホスト?」
「……ディレットがもてなす?」
クリス様もお兄様もそんな顔してどうしたの?
「どうしてあのおじさんがそんなに売れっ子なのか、理由は私にはよくわかりませんけど。でも、夜の帝王と異名を取るほどですから、きっとお客様を喜ばせる話術がすごいんでしょうね」
「……」
「……」
だからなぜ黙るんですかっ!?
今日はお父様もクリス様もお兄様もみんなおかしいよ!
「話術って、ただ話をするだけで7軒ものお店を?」
「そうなのよ。不思議よねえ」
なんであの人がカリスマホストなんだろうね?
「不思議なのはチェリーナの頭の中だけど……。まあ、そういう解釈なら、もうそれでいいんじゃないかな……」
「……この話はこれで終わりにしよう。店の件は、俺とアルフォンソで対応する」
え、強制終了ですか?
まあ別に私は何でもいいですけど。
それより、お兄様がクリス様を気の毒そうに見ているのはなんでなの?
よくわからないけど、私たちの領がより一層発展することは間違いなさそうだ。
私はディレットのお店、大歓迎するよ!
翌朝、私とクリス様が朝食を取っていると、カーラが紅茶を注ぎながら嬉しそうに話しかけてきた。
「旦那様、奥様、子どもたちの預け先を作ってくださる計画を母から聞きました。それに母が仕事に復帰することも。私1人で新しい使用人を何人も指導できるか心配していたのですが、ベテランの母が復帰するなら安心です。色々とお心遣いをいただきまして、どうもありがとうございます」
カーラは私には何も言ってなかったけど、新人への指導について内心不安に思っていたようだ。
まだ20代半ばの若さだし、産休でのブランクもあるもんね……。
そうだ、孤児院兼保育所の場所が決まったこともまだ伝えてなかったな。
「あっ、そうそう! その話なんだけど、保育所の場所が決まったのよ。昨日掃除をしてもらったから、2、3日中には開始できるんじゃないかしら。ノーラにもそう伝えておいてくれる?」
元々教会で働いていた人たちだけで手が足りるか分からないから、当面は孤児院の大きい子どもたちにも頼ることになりそうだけど。
孤児院の子どもたちの中に成人間近な子がいたら、いずれ保育士として雇うのもいいかもしれない。
「まあ、もう決まったんですか? その保育所はどの辺りなんでしょう?」
「カーラたちのコテージから湖沿いに浜辺へ行くのが日課なんでしょ? その途中にあるラルゴの町への曲がり角辺りよ。元は宿屋だったところなの」
カーラたちのコテージからだと歩いて10分くらいかな?
「よかった、それほど遠くありませんね。あのー、旦那様、奥様。実はお願いがあるのですが……」
「お願い? なにかしら?」
「使用人が小島から町へ行けるように、小船を用意していただくわけにはいかないでしょうか? トブーンとバルーンは操縦できる人が限られておりますので、日中買い物などで町へ行きたい時はわざわざ送り迎えをしてもらわなくてはなりませんし……」
なんと!
この小島と町との行き来に不便を感じている人がいたとは……。
トブーンとバルーンの操縦者は、すでに長いこと使用している私やクリス様や友人たちは例外として、表向きはアメティースタ公爵領かプリマヴェーラ辺境伯領の騎士だけに限定している。
だから、使用人たちがここへ通ってくる時は、うちの騎士たちが送り迎えをしてくれているのだ。
「俺も気が付かなかったな……。言われてみれば、自由に行き来出来ないと使用人たちには不便だな」
「そうですね……。ポルトの町で出した高速救助船を使ってみましょうか」
手漕ぎの船じゃ、往復するのも一苦労だし。
「ああ、あれか。確か操縦も簡単そうだったよな」
「はい。誰でも簡単に操縦できますよ」
「よし、じゃあそうしよう」
承知しました!
「カーラ、食事が終わったら船を出すわ。使い方もその時説明するわね」
「ありがとうございます」
いいってことよ!
他にも気が付いたことがあったら、遠慮せずどんどん言ってほしいな!
「おはよう、アルフォンソ、キキエーラ!」
カーラに高速救助船の使い方を説明した後、私とクリス様はアルフォンソのコテージへとやってきた。
お父様の物語を借りないといけないからね!
「おはようございます、クリスティアーノ様、マルチェリーナ様!」
「おはようございます」
すでに二人は仕事を始めていたらしく、キキエーラはメモを取っていた手を休めて顔を上げた。
「あら、もう仕事をしているの?」
「うん、僕の不在中にお客様が来たらどういう対応をしてほしいかとかね、そういうことを伝えておこうと思って」
そうか、アルフォンソは店舗の内見なんかで留守にすることがあるもんね。
「ちょっとだけ話をしてもいいかしら? キキエーラがお父様の物語を書いたって言ってたでしょう? それを借りに来たのよ。お兄様やカレンもぜひ読みたいって言っているから、本にしようと思っているの」
私がそう言うと、キキエーラは一瞬ポカンとした後、みるみる頬を紅潮させた。
「ほほほほ、本っ!? わわわわ、私の、もっ、ものがたりがっ!?」
ダバーーーーーー!
ええっ、なんでっ!?
キキエーラの目から、滝のような涙が流れ落ちています……。