第25話 厄介な仕事とその報酬
「ユリウス……」
うん、声でわかってた。
「ユリウス、チェリーナに大事な話があるから顔を出すなって言っておいただろう? 何が偶然だよ」
「それはさっき話せずに終わったでしょう。聞いてましたよ」
「うッ」
話せずに終わったってなんのこと?
途中になってる話なんてあったかな?
「まあまあ。久しぶりに会うお嬢に挨拶くらいさせてくださいよ」
ユリウス……、わざわざ挨拶に来てくれたのはありがたいけど……。
猫なで声で私の前に現れる時ってワインをねだりたい時だってバレてるからね!?
「ユリウス、久しぶりね。キキエーラを紹介するわ。今度からちょくちょく顔を出すことになるから、仲良くしてちょうだいね」
「ん? アルベルティーニ商会エスタの街店の娘じゃねえか」
私が紹介するまでもなく、ユリウスはキキエーラを知っていたようだ。
「知り合いなの?」
「知り合いって程じゃねえが、顔見知りだな。買い物した時に見かけたことがある」
「ユリウスさん、毎度ご贔屓にしていただきありがとうございます! 私はユリウスさんのことよく憶えてますよ! いつもたくさんのお酒を買ってくださいます! 実は私、今日からアメティースタ公爵領へ行くことになったんです。それで、向こうでの仕事でこちらのエスタンゴロ砦へ立ち寄らせていただくことになりましたので、今後ともよろしくお願いいたします!」
「お、おお……。そうかい」
くくく、タジタジになってるユリウスって面白いかも。
そうだ、キキエーラにエスタンゴロ砦の中を案内してもらう役をユリウスにやってもらおうかな。
「ユリウス、お願いがあるのよ。キキエーラにエスタンゴロ砦の中を案内してあげてくれない?」
「ええ……、なんで俺が……」
「ワインを飲みたいんでしょ?」
こう言ったら断れまい!
本当はどっちにしても全員にワインを差し入れるつもりだけど。
「ううっ……」
「その分しっかり働いてもらわないとね?」
「くそっ、分かったよ! 多めに頼むぜ、お嬢! ーーこっちだ、付いて来い」
ユリウスは顎をしゃくってキキエーラを呼んだ。
「はいっ! よろしくお願いします、ユリウスさん! エスタンゴロ砦の話をたくさん聞かせてください。私、ずっとここに来てみたいと思ってーー」
カツカツと大またで歩くユリウスの後ろを小走りで付いていきながら、キキエーラはマイペースにしゃべりつづけている。
キキエーラは相槌が返ってこなくても気にしないタイプのようだ。
「ははは。あのユリウスが口で負けそうになってるな」
いつもは詐欺師のごとく流暢に回る口ですもんねぇ。
「お父様、砦のみんなにワインを差し入れしますね。赤ワインのボトルを100本、白ワインのボトルを100本ほどでいいでしょうか?」
ボトルのほうが量がたくさん入ってるから、ボトル入りのワインにしてあげよう。
みんなお酒が大好きだからね。
「おお、悪いな。みんな喜ぶよ。だが、できれば紙パックのワインにしてやってくれないかな」
「えっ、どうしてですか? ボトルのほうがたくさん入ってますよ?」
「……誰が多く飲んだとか、俺のが少ないとか言ってケンカになるんだよ。紙パックなら公平だから文句が出ない」
子どもですかっ!?
いい大人がほんの少しのワインの量くらいでケンカしないでください!
どうせ一口か二口分くらいの誤差でしょうに。
「なるほど……。よくわかりました。それじゃ、赤ワイン200個と白ワイン200個を紙パックで」
「うん、それがいい。おーい、誰かー! 砦の食品貯蔵用のアイテム袋を持ってきてくれー!」
お父様は大声で近くにいる騎士を呼んだ。
「チェーザレ様! こちらです!」
すかさずやってきた騎士がサッとアイテム袋を差し出す。
うん、この早さ、どう考えてもアイテム袋を用意して待機してましたね。
ワクワクした顔しちゃってまあ……。
「ーーポチッとな! はい、どうぞ。みんな、お仕事がんばってね!」
「ありがとうございます、マルチェリーナ様! いやあ、やる気が出るなあ!」
ほんとに嬉しそう……。
私は、さっさとワインをアイテム袋に回収し、スキップしかねない足取りで帰っていく騎士の後姿を若干呆れて見送った。
「ところで、エスタンゴロ砦の壁に結界のレンガを埋め込む工事は順調ですか?」
さっき帰ってくる時に見た感じじゃ、まったく違いがわからなかったのが気になったんだけど……。
「ああ、とりあえず砦の補強工事は大体終わった。石壁の部分をくり抜く作業が思ったよりも大変だったけどな。次は障壁を少しずつ補強していこうと思っているところだよ」
「えっ、砦は終わったんですか? 何も変わってないようでしたけど」
「まあ、結界のレンガと言っても、見た目は普通のレンガだからなあ。確かに見た目はそう変わってないな。でも、攻撃から守られていることはちゃんと確認済みだ」
元々の壁と一体化するようにと思ってあえて色を合わせて出していたけど、工事が終わった部分が一目で分かるようにしたほうがよかったかな?
「お父様、分かりやすい色付きのレンガにしましょうか? ピンクとか」
ちゃんと結界の効果があるなら色は何でもいいんだけど、とりあえず目立つ色にしてみる?
「えっ? 別に分かりやすくする必要はないんじゃないか? そこを避けて攻撃してくるような知恵のある魔物はいないだろうが、念のため手の内は見せない方がいい」
「なるほど! そういう可能性もあるんですね!」
実のところ、結界の強度が均一かどうかというのは私もわかっていない。
結界のレンガ周辺はもちろん攻撃を防ぐだろうけど、少し離れたところを何度も攻撃されれば通ってしまうかもしれないし、それを学習する魔物も中にはいるかもしれないもんね。
そう考えると、目印になるようなものはないほうがいい。
お父様ってやっぱり戦いのプロなんだな。
「お……、お嬢……、もどったぜ……」
お父様やクリス様とおしゃべりを楽しんでいたところへ、ユリウスのかすれた声が聞こえて来た。
ん、もう戻って来たんだ?
……ってユリウス、なんでそんなにヨボヨボしてるの!?
「どうしたユリウス、何かあったのか?」
お父様も疲れきった様子のユリウスが心配になったようだ。
「べ、べつに……」
「みなさま! エスタンゴロ砦の中をご覧になったことがありますか? 私は今日初めて立ち入ることを許されて、とても感激しています! 特に感動したのが、魔の森へ繋がる城門と跳ね橋です! 目を凝らすと、あちこちに激しい戦闘の傷跡が今も残っていました。国を守るため、愛する人を守るために、あの場でいくつの命が失われたことでしょうか。遠い昔の出来事に思いを馳せ、私は溢れる涙を抑えることが出来ませんでした!」
キキエーラはよほど感激したようで、今もうっすらと涙を浮かべながら熱弁をふるっている。
「な、なみだより……、口をおさえて……、ほしかった」
ガクリ……。
ユリウスはうなだれて、ヘナヘナとへたり込むようにして椅子に座った。
私が思っていたよりも、キキエーラのおしゃべりに精神的ダメージを食らっているようだ。
悪いことしちゃったかな……。
「ユリウス……。お疲れ様。お礼と言ってはなんだけど、究極の赤ワインと白ワイン、そしてロゼワインを受け取ってちょうだい。ユリウスはまだロゼワインを飲んだことがなかったでしょ?」
「ロ、ロゼワイン……?」
光を失っていたユリウスの目が、輝きを取り戻した。
「そうよ、ロゼワインよ! ピンク色のとても美味しいワインなの! ーーポチッとな! さあ、これを飲んで元気を出して」
「これが……、ロゼワイン……」
ユリウスは箱からボトルを取り出すと、初めて見るロゼワインに心を奪われたようだった。
「そうよ、今日の働きに対する報酬。他のみんなにはあげてないんだけど、ユリウスだけに特別よ!」
「俺だけに……。やった……、俺はやりきったぜ! お嬢、ありがとな!」
はい、ユリウス完全復活!
ユリウスは報酬のワインをアイテム袋に回収し、ロゼワインのボトルを片手に握りしめ、小躍りしながら帰って行った。
いやあ、元気になってよかったよかった!
いきなり老けるからびっくりしたよ!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ストックが尽きてしまいましたので、今後は週3回程の更新になりますが、これからもよろしくお願いいたします。
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