第22話 魔の森
「ああ、どうせならエスタンゴロ砦やエスタの街も組み込んだ方が楽しめるだろう。いくら観光客にとって魔の森が珍しいとはいっても、実際見てみるとただの広大な森だからな。そこしか見ないんじゃつまらないと思うぞ」
魔の森がつまらないって……。
お父様にとっては魔の森は珍しくもなんともない場所でしょうけど、ほとんどの国民にとっては未知の世界だから、絶対興味を持ってもらえると思うんだけどな。
「確かに、魔の森だけでは1度見たらもういいと思われそうだ。森の中に降りられるわけでもないしな。何度参加しても楽しめるツアーにしたいし、それに休憩時間も必要だ」
なるほど。
リピーターも獲得したいと。
そういうことなら、やっぱり何ヵ所か立ち寄った方がお客さんが集まりそうだ。
「エスタの街の案内なら私にお任せください! 街中の隅から隅までよく知っていますので、良さそうなところを逸話も含めてご紹介いたします!」
キキエーラはそう言ってドンと自分の胸を叩いた。
よく見ると、背中の大荷物の重さで、カバンのベルトの部分が肩に食い込んでない?
重そうだから私のアイテム袋に入れておいてあげよう。
「キキエーラ、アイテム袋があるからよかったらその荷物を預かるわ」
「ありがとうございます! アイテム袋って魔法の袋のことですよね? アルフォンソが使っているのを見たことがあります。あんな小さな袋にいくらでも荷物が入ってしまうので、初めて見た時はとても驚きました。温かい料理を入れると、翌日になってもまだ温かいままなんです! ご存知でしたか?」
ええ、まあ。
そういう風に作ったのは私ですから。
「初めて見たら誰でも驚くわよね。ところで、その荷物……」
「あの袋の中に、いったいどれくらいのものが入るのかと考えると夜も眠れなくなってしまいます! このお店の商品が全部入るのかしら? 食べ物は、何年くらい持つのかしら?」
「に、荷物……」
このお店の商品どころか、店ごとでも入る容量だから!
食べ物は何年でも永遠にそのままだから!
そんなことより、早く荷物を渡してくれ……!
「キキエーラ、少し黙りなさい」
アルマンゾはそう言って娘を窘めると、キキエーラの背中から荷物を下ろすのを手伝った。
「あっ、ごめんなさい! マルチェリーナ様、よろしくお願いいたします!」
「お安い御用よ。そうそう、こちらのお店に張り紙を貼ってもらってもいいかしら?」
キキエーラのあまりのマシンガントークに、本来の目的を忘れそうだったよね。
「張り紙ですか?」
「そうなの。私たちの領への移民募集の張り紙なのよ。元冒険者がうちに来てくれれば心強いと思って」
「なるほど。そういうことでしたらご協力させていただきます。もしよかったら、知り合いの店にも張ってもらえるよう頼んでみましょう」
アルマンゾは快く引き受けてくれただけでなく、協力を申し出てくれた。
わあー、ありがたいですー!
「そうしてもらえると助かるわ! ーーポチッとな! これが張り紙よ」
私はさっき考えておいた張り紙を出し、その中から30枚ほどアルマンゾに手渡した。
「これはーー」
「どうかした?」
心躍る求人広告でしょう?
「連絡先が書いてないようですが……。もしこれを見て興味を持つ人がいたとしても、どこに連絡すればいいのか分からないのではないでしょうか」
うそ!?
私、連絡先書くの忘れた?
ダメじゃん、最重要事項じゃん!
「あらっ、連絡先は……、えーと」
連絡先……!
電話もメールもないのにどうやって連絡もらえばいいの!?
「エスタンゴロ砦に来てもらうことにするか?」
「街からエスタンゴロ砦まで少し距離がありますし、私の店でよかったら窓口になりましょう。希望者が何人か集まったところで、まとめて面接をなさってはいかがでしょうか?」
ええー、そこまでしてもらっていいんですか?
「なんだか申し訳ないわ……」
「いいえ、娘がこれからお世話になるのですから、これくらいのことは何でもありません」
「そう? それならお言葉に甘えさせていただくわね。そうだ、ハヤメールを置いて行くわ。すぐに手紙を届けてくれる魔法具なの。移住希望者が訪ねてきたら、ハヤメールでキキエーラに手紙を送ってちょうだい。もちろん、私的に使っても構わないわ」
せめてものお礼に、ハヤメールを受け取ってください!
遠くに行く娘が心配でしょうけど、すぐに手紙が届けば少しは安心できるだろう。
「ハヤメール! 私もアルフォンソからさっき手紙を受け取りましたけど、1人で空を飛んで手紙を届けてくれるなんて信じられません! これがあれば、毎日でも手紙を届けられますね!」
「いや、毎日なんて送らないでくれよ? 返事が追い付かないよ」
アルマンゾは、まだ1通ももらってないうちからもうキキエーラの手紙にげんなりしている。
このしゃべりっぷりから察するに、手紙も毎回長編大作なんだろうな……。
「さすがに、今日の今日は移住希望者は見つからないよな。窓口はアルマンゾに任せて、日を改めて面接することにしよう。アメティースタ公爵領へ戻る前に、キキエーラにエスタンゴロ砦と魔の森を案内するか? これから仕事で必要になるんだろう?」
それもそうだな。
今日のうちにエスタンゴロ砦と魔の森を見せておけば、観光客への案内トークを考えておけるもんね。
「チェーザレ様! いいんですか? 嬉しい!」
キキエーラは大喜びでぴょんぴょん跳ねている。
うん……、こうなってから今日は行かないとは言えないよね……。
「そうするか。まだ日も高いし、別に急いで帰る必要もないしな」
「そうですね。私たちも魔の森を見るのは子どもの時以来ですね」
クリス様がいいなら私に文句はありません。
「よし、そうと決まればそろそろ行こう」
お父様の号令で、私たちは揃って店の外へ出た。
キキエーラの家族や店の従業員たちも、私たちの後についてみんな見送りに出て来ている。
ズラリと並んだ親しい人たちの顔を見て、さっきまでは明るかったキキエーラもさすがに涙が溢れそうになっているようだ。
「体に気を付けるんだぞ」
「あまりしゃべりすぎないように気を付けるのよ」
「お姉ちゃん、元気でね……」
思い思いに言葉をかけながらキキエーラを抱きしめる家族に、ついにキキエーラの涙腺が決壊した。
「私……、私……、がんばるね」
うう……、私までもらい泣きしそう。
別れの場面は、当事者じゃなくてもジーンと来るものがあるよ……。
そして私たちは、エスタの街のはずれからみんなでバルーンに乗り、お父様の操縦でまずは魔の森へ向かうことにした。
バルーンは揺れが少ないから、初心者のキキエーラでも怖くはないだろう。
私たちの乗ったバルーンは、ぐんぐん障壁に近づいたかと思うと、あっという間に上空を飛び越えて魔の森へ入って行く。
「わあー、久しぶりに見ると、本当に広い!」
「終わりが見えないくらい森が続いているなあ」
私たちが感想を言い合っていると、キキエーラの震える声が聞こえてきた。
「こ、ここが……! ここが、まままま、魔の森っ!」
大丈夫!?
震え過ぎじゃないかな。
「キキエーラは乗り物酔いするのかしら?」
「いいい、いいえっ。むむむ、むしゃぶるいでしゅっ!」
本当に武者震いなの!?
急に口数が減って、滑舌が悪くなったから心配だ。
「高いところが怖いのか?」
「いいえ……、この森が……、なんだかおそろしい……っ」
まあ、魔の森ってくらいだし、一般的な森とは見た目からしてずいぶん違うもんね。
森の奥に行くにつれてどんどん黒っぽく、禍々しい気を発しているし。
でも、この辺りはまだほんの入り口……、あれ……?
「魔の森って……、こんなに黒かったかしら?」