第21話 キキエーラの才能
背中に大荷物を背負い込んだ女の子は、現れるや否や機関銃のようにしゃべりまくった。
す、すごい、圧倒されるよ……。
その勢いでちゃんと息継ぎできてるの?
「こ、これッ! キキエーラ、少し黙りなさい。あれほどしゃべり過ぎるなと注意したじゃないか!」
「あっ、そうでした。ごめんなさい、私ったらつい。いつもおしゃべりすぎるって叱られてしまうんです。でも、私と同じ状況になれば、どんな人だって興奮せずにはーー」
うん、せっかくの注意がまるっきり無駄になっています。
「キキエーラ!」
「はい……」
しゅんとした女の子は、口を閉じると顔立ちはアルフォンソやアルベルトに少し似ているような気もする。
髪や目の色が同じだからそう見えるのかな?
だけど、性格はだいぶ違うみたい。
アルフォンソは弁は立つけどおしゃべりではないし、アルベルトはおっとりしてるもんね。
いや、好奇心旺盛なところはアルフォンソもキキエーラも共通しているかな?
「はは、元気な娘だ。これくらい元気がある方が、どこへ行ってもやっていけそうで頼もしいじゃないか」
「そうだといいのですが……」
「チェーザレ様! 私、チェーザレ様を主人公にして物語を書いたんです。ヴァイオラ様との運命の出会いから始まって、エスタの街を救ってこの国の英雄となるまでのお話なんです!」
なぬ!?
お父様の物語ですと?
それはぜひとも読まねばなるまい!
「ええっ、すごい! 私も読みたいわ! お父様って主人公っぽいって私も思っていたのよ! ねえねえ、そのお話には私も出てくるの?」
「いいえ、マルチェリーナ様はまだ産まれてません」
「ええーっ、残念だわ」
どうせならかわいい娘が誕生したところで終わればよかったのに!
「……あっという間に仲良くなったようだな」
「はは、女の子同士、話が合うのでしょう。疎ましがられずにホッとしました」
確かにすこーしおしゃべりだけど、想像力豊かで面白い子だし、私は気に入ったな!
「向こうに着いたらお父様の物語を読ませてね!」
「はい、もちろんです!」
「おいおい。俺の物語って、変なことは書いてないだろうな?」
それは、お父様が変なことしてなければ大丈夫ですよね?
「エスタの街を救う部分に関してはたくさんの人から話を聞くことが出来ましたが、恋愛の部分については私の想像も入っています。ご本人に聞くことが出来ませんでしたので、そこはお許しください」
まあ、領主の恋愛事情は分からなくて当然か。
でも戦いの部分は色んな人にインタビューしたなんて気合がすごいな。
これから出版社にでも持ち込む気なのかな?
「できれば魔の森や魔物をこの目で見てみたかったのですが、残念ながら機会がなくて」
「当たり前だろう。魔法使いでもないただの女の子が魔の森に入れるわけがないじゃないか」
「でもお父さん! この目で見ることが出来たら、きっと物語の描写も変わっていたと思うのよ。ああ、せめてエスタンゴロ砦に入ることができたら……! エスタンゴロ砦では、今までに何度も激しい戦闘が繰り広げられているのよ。ほぼ10年周期で魔物が大量発生するたびに、プリマヴェーラ辺境伯家の皆さまが身を挺して国や私たちを守ってくださるの! エスタンゴロ砦とそれに繋がる障壁は、今から332年前に工事が始まり、102年と3ヶ月もの月日をかけて築かれたものなのよ」
はい!?
めっっっっっちゃ詳しくないかな!?
なにこの子、何者なんだろう。
プリマヴェーラ辺境伯家に生まれた私より詳しいんですけど!
「エスタンゴロ砦は332年前から作り始めたのか」
お父様よりも詳しいっ!?
「……すごいな。どこでそんなことを調べたんだ?」
気が付くといつの間にかクリス様が店に着いていて、私たちの後ろでキキエーラの話を聞いていたようだ。
「クリス様! ディレットさんのお話は終わったんですか?」
「ああ、もう終わった」
「ディレットさん? ディレットさんというと、この街に7軒もの店を構える夜の帝王とーー」
夜の帝王ッ!?
って、ホストってこと?
話ってもしかして、私たちの領に新しい店をーー
「キキエーラッ! さっきのエスタンゴロ砦の話はどこで知ったんだ? その話をもっと詳しく聞かせてくれ! いますぐにだ!」
うおっ、急にどうしたの!?
お父様、食いつくタイミングがズレてませんか?
「チェーザレ様! お気に召していただけたようで嬉しいです。エスタンゴロ砦のお話は、教会に残されていた書物を読ませてもらったんです。中でも、ある神父様の日記は読み応えがありました。ずっと昔の出来事が生き生きと書かれていて、当時の生活を知ることが出来てとても興味深かったです。急に亡くなられたみたいで、突然終わってしまったのだけが残念でーー」
なるほど、教会からの情報かあ。
昔の庶民は読み書きが出来なかったそうだけど、神父様なら読み書きが出来ても不思議はないもんね。
「う、うん。それくらいでいいかな。助かったよ」
「お役に立てて光栄です! ところで、こちらの麗しい方がクリスティアーノ・アメティースタ公爵様でいらっしゃいますよね? 本当に噂通りの美しさで目が眩んでしまいそうです! その白金の髪にキラキラ光る紫色の瞳! まるで後光が差しているかのように神々しく光り輝いています!」
……クリス様の美しさについては私も完全に同意するけども。
私には美しさに関してのコメントがなかったようなんだけど、気のせいかな。
「ああ、ありがとう……?」
本人を目の前にしていくらなんでも褒めちぎりすぎたせいで、クリス様が若干引いているようだ。
「チェーザレ様もマルチェリーナ様もクリスティアーノ様も、それぞれが物語の主人公のようです! いくらでもお話が書けそうだわ!」
キキエーラは夢見るような表情で目を閉じた。
私が主人公の物語か……、”マルチェリーナ・プリマヴェーラの生涯”、それとも”マルチェリーナ・アメティースタの一生”……?
名前が変わっちゃったからなあ、タイトルが難しいよ。
「はは……。ところで、キキエーラはアルフォンソの仕事の手伝いをする予定なのか?」
えー、なんで話題を変えちゃうんですか?
私が主人公の物語についてもっと語り合いたいな!
「はい。そのつもりです」
「チェリーナ、キキエーラにはもっと適職があると思わないか?」
「えっ?」
「魔の森を観光するとき、案内する者がバルーンに同乗していたらより楽しめると思わないか? さっきのエスタンゴロ砦の話も面白かったし」
ああー、なるほど!
キキエーラにツアーガイドになってもらうってことか!
それは確かに事務職よりも向いているに違いない。
「添乗員として働いてもらうんですね! すごくいいと思います。キキエーラにぴったりです」
「テンジョウインってなんですか?」
聞きなれない言葉だったようで、キキエーラはこてんと首を傾げた。
「実は、バルーンという乗り物に乗って、上空から魔の森を見て回る観光ツアーを始めようと計画しているのよ。キキエーラにその案内役をやってもらえると助かるわ。そうだ、ツアーのコースにエスタンゴロ砦やエスタの街も入れたらもっと楽しめるんじゃないかしら?」
「ええっ、魔の森を自分の目で見られるんですか!? やりたいです、ぜひやらせてください!」
さっき魔の森を見たいって言ってたもんね!
早速願いが叶うことになってよかったじゃないの!