第19話 挙動不審なお父様
あっ、ガブリエルのことか!
なるほどなるほど。
確かにガブリエルは変わってるもんね。
だけど、一児の父を捕まえて「子」呼ばわりはあんまりじゃないかな?
子どもが産まれてからはガブリエルもだいぶ落ち着いてきたし。
「くくくっ、そうですね。僕たちはみんな耐性がありましたね。それじゃ、すみませんがよろしくお願いします」
アルフォンソが必死に笑いを堪えているようだけど……。
何がそんなにおかしいの?
「ああ、また後でな。フフッ」
なんか、2人だけで通じ合っちゃって……。
何にウケてるのか教えてくれてもいいのにね?
そして最速トブーンをかっ飛ばしてやってまいりました、エスタンゴロ砦!
うーん、懐かしい!
もう何年も来てないけど、この石づくりの頑丈そうな砦は全然変わってないな。
「チェリーナ! 着いたか」
お父様、着地する前から出迎えてくれていることにちゃんと気付いてましたよ!
誰よりも大きくて、上から見ても目立っています!
「お父様! お久しぶりです!」
私はトブーンを降りるなり、一目散にお父様に駆け寄ってぴょんと飛びついた。
「おっと」
飛びつかれた勢いに乗って、お父様は私を抱えたままぐるりと回る。
「お父様ー!」
「ははは」
お父様は2、3回ぐるぐる回った後私を下ろすと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
もー、本当に久しぶりなんだからー!
ここのところ忙しくて、ゆっくり話す暇が全然なかったもんね。
「……ついこの前、アルフォンソとラヴィエータの結婚式でも会ったじゃないか。それに、ほぼ毎日通信機で話してるくせに。よくもまあ毎回毎回、生き別れの親にやっと会えたみたいに振る舞えるものだ」
クリス様、何か言った?
せっかくの再会に水を差さないでほしいな!
それはそうと。
「お父様、アルフォンソのいとこがエスタの街にいるって知ってました? その子がアメティースタ公爵領に移住してくれるんですって」
「おお、そうなのか。そういえば、アルベルティーニ商会エスタの街店には、チェリーナと同じくらいの女の子がいた気がするな」
お父様は知ってたのか。
それにしても、アルフォンソの叔父さんのお店って”アルベルティーニ商会エスタの街店”って言うの?
のれん分けしたってこと?
商売上アルベルティーニ商会の名前を出した方がメリットがあるのかもしれないけど、いくらなんでも長すぎて言いにくくないのかな。
「今日帰りにその子を迎えに行って、一緒にアメティースタ公爵領に行くことになったんです」
「よかったな。アルベルティーニ商会の子はみんな出来がいいという話だぞ」
なんだ!
アルフォンソったらさんざん脅かして!
身内だからって謙遜することないのにね。
「それじゃあ、早速エスタの街へ行きましょう!」
「待て待て。エスタの街に行くにあたり、注意事項がある」
注意事項……?
ただ街に入るだけなのに?
「何を注意するんですか?」
「ところで昼食は済んだのか? 食べながらゆっくり話そう」
ゆっくりしてたら移住者を募集する時間がなくなります、お父様。
だけど、昼食を食べていないことを思い出したらお腹が空いてきた気もする。
「そういえばまだ昼食を食べてないんでした。クリス様もお腹が空きましたよね?」
「ああ、まあ……」
「それはいかん! さあ昼食を食べよう! こっちだ!」
お父様はそういうと、私とクリス様を両側に抱えるようにしてずんずんと砦の中へ入っていった。
ちょちょちょっ!
そんなに押さないでください!
お父様は、自分の一歩と他の人の一歩がどれほど違うかということをもっと考えた方がいいと思うな。
お父様のペースで歩かされて足がもつれるかと思ったわ!
「まあ、座れ。俺はとりあえずステーキで」
お父様は砦の食堂へ私たちを連れてくると、椅子に腰を下ろしながらお弁当を注文した。
へいへい。
一食目はお気に入りのステーキですね、それを選ぶと思ってました。
「俺はからあげにしようかな」
クリス様はからあげですね。
「私はエビフライにします」
「あっ、俺もやっぱりエビフライ」
からあげはいいの?
そういえば、ミックスフライ的なお弁当は今まで出してなかったかも。
からあげとエビフライが両方入ってるのを出してみようかな。
「クリス様、揚げ物がいろいろ入ってるお弁当にしますか? エビフライと、ホタテフライと、ひとくちヒレカツと、からあげ。こんなものでいかがでしょうか?」
「うん、それにする」
「俺も次はそれにする。先に出しといてくれ」
お父様、まだ一食目も食べてないのに早くも二食目を選びましたね。
了解です……。
「ーーポチッとな! さあどうぞ」
「おおー、この柔らかいステーキは久しぶりだなあ」
この1ヶ月、お父様に会うときは誰かの結婚式だったから、お弁当を食べる機会がなかったもんね。
「それで、注意事項って何なんですか?」
早く話してください。
「……」
「お父様?」
なぜ黙り込む!?
注意事項を説明するって言ったのはお父様でしょ?
「……どうしたんだよ?」
「わかりません」
返事もせずに黙々とお弁当を食べ進めるお父様の様子に、私たちは顔を見合わせた。
よくわからないけど、とりあえず私たちもお弁当を食べますか……。
そして2つ目のお弁当も空になろうかという頃になって、お父様はやっと重い口を開いた。
「……チェリーナも大人になったな。もう18歳だ。結婚もしたし、もう立派な大人だ」
「はい」
なんでそんなに大人大人って連発するの?
「大人の世界には、いいことも悪いこともある。わかるな?」
「はあ」
「つまり、世の中には必要悪というものがあって、何もかもが清廉潔白というわけにはいかない」
「はい」
お父様、前置きが長すぎませんか……。
核心はまだかな。
「領主たる者、清濁併せ呑まなければならない時もある。そうすることによって犯罪の抑止力になることもあるんだ」
「はい」
「つまり、何が言いたいかというと、エスタの街は……。エスタの街には……ッ!」
お父様、何がそんなに言いにくいのか分かりませんけど、はっきり言ってください!
「エスタの街がどうしたんですか?」
「…………俺には無理だ」
ついには、お父様はテーブルに両肘を付いて頭を抱えてしまった。
え?
何が無理なんですか?
もしかして、お弁当が足りなかった?
「お父様、どうしたんですか? お代わりですか?」
「……チェリーナ、よく聞いてくれ。エスタの街で歩いていいのは大通りだけだ。裏通りには危険がたくさんある。その危険さは口ではとても言い尽くせないほどだ。一歩でも裏通りに足を踏み入れようものなら、恐ろしい災いが降りかかるかもしれない! 絶対に裏通りには行かないと約束してくれ!」
「ええッ! エスタの街ってそんなに危険なところなんですか? 怖い!」
やっぱり魔の森に近いせいで、何かしらの影響があるってこと!?
まさか、死んだりしないよね?
「お父様が一緒にいれば何も怖いことはないぞ。チェリーナがエスタの街に用事がある時は、お父様が付いていてやるから安心しろ」
「お父様! ありがとうございます!」
よかった、王国一強いお父様が守ってくれるなら安心だ。
きっと私を怖がらせないために言いにくそうにしてたんだね。
お父様って本当に優しいな!