第18話 アルフォンソの頼み事
『ああ、チェリーナか。どうした?』
すぐに返事をしてくれたお父様の声に、懐かしさが胸にこみ上げてくる。
お父様……、おとといぶりです!
「お父様! お父様が寂しがってるんじゃないかと思って連絡してみました!」
『ははは。それはありがとう』
「お父様、昨日お兄様が言ってたことは嘘ですからね? 私、お兄様のことなんて招待してませんから!」
お兄様が勝手にねつ造したんです!
『やっぱりな。そうだと思ったよ』
「招待するなら絶対お父様を先に招待しています!」
『そうだよな。俺もそう思ってたんだよ』
お父様!
やっぱり分かってくれてたんですね!
「おい、お前は本題を忘れてないか」
私とお父様の会話に、クリス様が横から口を挟んできた。
本題……?
なんだったっけ?
「……あっ、そうでした! お父様、私ちょっとエスタの街に行ってみようかと思って」
『えっ、なぜ急に!? 何の用で? それはお前、ちょっとアレなんじゃないか』
ちょっとアレってなに?
「私たちの領は男性が少ないので、引退した冒険者が移住してくれたらなと思いまして。元冒険者が来てくれれば領民も心強いですし、とてもいい考えでしょう?」
『えっ、いやあ……。いい考えか悪い考えかで言えば、いい考えだが……。何もお前がエスタの街に行くことはないだろう? 誰か代わりの者にーー』
ええと、私にエスタの街に行ってほしくないの?
まさかね、そんな筈ないよね。
「どうせなら直接会って、人柄も確かめたいですし。それに、私まだエスタの街に行ったことがないので、一度行ってみたいと思ってたんです」
『いやしかし。エスタの街は、エスタの街だから……、お前がエスタの街に……? いや、それはいかん!』
お父様、何を言ってるんですか!?
ちょっと意味がわかりません!
どっちにしても、もう行くことは決めてますからね?
「お父様のお知り合いで、誰かいい人いませんか?」
『腕が立って人柄の良いものは、アメティースタ公爵領の騎士として推薦したばかりだからな。そうそういい人材がゴロゴロ転がってはいないさ』
そうでした……。
よさそうな人を見繕ってもらって、プリマヴェーラ辺境伯領で1年ほど研修してもらった後、こっちの領で騎士として正式に採用したんでした。
うーん、じゃあ、今回はそこまで強くなくても可ということで!
「騎士になれるほどの腕じゃなくても、そこそこでいいんです。今回募集する人たちには、実際に戦ってもらう機会はないと思うんですよ。ただ、ガラの悪い人がどこかのお店で問題を起こしたりしたときに、威圧されずに対応できる人がほしいなって」
『ああ、そういうことなら引退した冒険者はうってつけだろうな。……仕方がない。俺が案内するから、エスタンゴロ砦で待ち合わせをしよう。くれぐれも1人では行くなよ!』
なんでそこまで!?
お父様、仕事はいいんですか?
「クリス様、お父様がエスタの街を案内してくれるそうです」
「えっ、仕事はいいのか?」
ほんとですよね。
お兄様も新婚旅行中だから、代わりの人もいないのに。
「絶対に1人で行くなって言っています」
「へえ……? まあ、案内してくれるなら言葉に甘えようか。これから行ってもいいのか?」
そろそろお昼時だけど、シャッと行って、向こうでお父様と一緒にお昼を食べてもいいね。
「お父様、これから行っても大丈夫でしょうか?」
『ああ、今日は俺もちょうどエスタンゴロ砦に来てるんだよ』
やっぱり私とお父様は気持ちが通じ合ってるね!
「わあ、ちょうどよかった! 急いでそっちに向かいますね! じゃあまた後で!」
『わかった、気をつけて来いよ』
ふんふふふ~ん。
お父様に会うのは久しぶりだな!
「一応アルフォンソにエスタの街に行ってくるって言っておくか。俺たちの居所を誰も知らないというのもまずいしな」
「そうですね」
クリス様はそういうと、ポケットから通信機を取り出し、アルフォンソの名前を呼んだ。
「アルフォンソ、アルフォンソ」
『ーーはい、アルフォンソです』
「ああ、アルフォンソ、クリスだ。これからちょっとエスタの街に行ってくるから。むこうで男の移住者を募集してくるつもりだ」
そうだ、クリス様が電話してる間に、募集要項になんて書くか考えておこうかな。
”急募! 元冒険者歓迎。警備、事務、接客など様々な職種あり。勤務地アメティースタ公爵領。あなたもアメティースタ公爵領で僕と握手! 給与、勤務時間応相談”
うん、いいじゃないの。
忘れないうちに書いてペンタブに保存しておこうっと。
この求人募集を見て、希望者が集まりすぎたらどうしようかな!
『えっ、エスタの街に!? それはちょうどよかった! 申し訳ありませんが、一度事務所に寄っていただけないでしょうか?』
「何か用事があるのか? わかった、すぐ行くよ。じゃあな」
ん?
アルフォンソの事務所にいったん戻るの?
「アルフォンソが呼んでるんですか?」
「ああ、何かエスタの街に用事があるみたいだ。届け物か何かかな?」
「それならお安い御用ですね。じゃあ早速、行きましょうか」
私たちはアイテム袋から取り出したトブーンに乗り込み、アルフォンソの事務所を目指した。
「アルフォンソ! 来たわよ!」
アルフォンソのコテージのドアを開けると、なにやら書き物をしていたアルフォンソが顔をあげた。
「やあ。クリス様、チェリーナ、わざわざ来ていただいてすみません」
「いいのよ! それでエスタの街に何か用があるの?」
「うん。実は、僕のいとこがエスタの街に住んでるんだけどね。前からアメティースタ公爵領で働きたいって言われてたんだけど、忙しくてなかなか迎えに行けなかったんだ」
そうだったの!?
今日はものすごい続々と人材が見つかる日だな!
「ええー! アルフォンソ、エスタの街にいとこがいたの?」
「うん、僕の父の弟の娘なんだ。叔父さんは結婚を機に独立して、エスタの街に店を出したんだよ」
へえー、そうだったんだ。
「その子はお店を継がなくていいの?」
「うん、跡取りじゃないからね。弟がいるんだ。なんというか、ちょっと変わった子で……。もっと広い世界を見てみたいとか、いろんなことを知りたいとか、夢見がちなことを言う癖があって……」
へえー、いとこのアルフォンソがいるとはいえ、女の子1人で他所の領へ移住するなんてなかなか度胸のある子のようだ。
「帰りにその子を乗せてくればいいんだな。名前はなんていうんだ? 特徴は?」
「名前はキキエーラです。年は17歳で、髪や目の色は僕たちと同じです。すみませんが、よろしくお願いいたします」
17歳というとアルベルトと同じ年か。
茶色の髪に緑色の目って、アルベルティーニ家の特徴なのかな?
「わかった」
「それからチェリーナ、この手紙をキキに送りたいんだけど、ハヤメールを出してもらえないかな? 今から迎えに行くから荷造りを済ませておくようにと書いてあるんだ」
「ええ、いいわよ! えーと、名前はキキエーラだったわね」
ハヤメールのプロペラ部分に"キキエーラ行き”と書いて。
「ーーポチッとな! さあ、どうぞ!」
「ありがとう。あのー……、キキはちょっと変わってる子なんですが、頭はいいので。店の手伝いもよくしてましたし、きっと……、あまりそこまで問題はないかと……」
アルフォンソにしては珍しく歯切れが悪い。
もしやキキエーラって問題児なんじゃあるまいな?
「まあ、アルフォンソのいとこで頭がいいなら問題ないだろ。それに俺達はみんな”変わってる子”には耐性があるし」
「え? クリス様、変わってる子の知り合いがいるんですか?」
誰だろう?
私の知らない人かな?