第15話 候補地を考える
何はともあれ、まずはやっぱり場所だよね。
子ども達をたくさん集めるとなると、外遊びできる園庭も必要になるからある程度の広さはほしい。
そうすると、新しい街側に作るべき?
……でも、新しい街はどこもかしこも工事中で、子ども達にとっては危険だしなあ。
「利用者のことを考えると、新しい施設はラルゴの町に作るべきだよな。でも、中心部には広い空き地なんてなさそうだ。どこかにいい場所はないか代官に聞いてみるか」
「そうですね。できれば湖に近い方が、新しい街にも近くて便利です。その辺りにちょうどいい空き地があるといいですけど」
「まあ、なければ新しい街に作ればいいさ」
いずれは両方の街に作ることになりそうだし、どっちが先でも別にいいか。
そうすると、送迎する必要が出てくるかな?
送迎に限定しなくても、ラルゴの町と新しい街を結ぶシャトルバスならぬシャトル馬車があると便利かもしれない。
「そうですね。じゃあ、神父様、ラヴィエータ。ちょっと代官のところへ行ってくるわね!」
「はい。お気をつけて」
「行ってらっしゃいませ」
そして私たちは、たくさんの目に見守られながら代官の屋敷へと歩きだした。
「こんにちは! 代官に会いたいのだけど、在宅中かしら?」
玄関を開けた使用人の女性は、突然現れた私たちに慌てることもなく笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ただいまは執務室の方におられますのでご案内いたします」
今日は応接室で待たずに直接執務室へ案内してくれるというので、使用人の後ろを付いて歩く。
この人も最初の頃はずいぶん緊張していたけど、私たちのアポなし訪問にもだいぶ慣れてきたみたいだね。
いずれは公爵邸で働いてもらうことになるから、早く私たちに慣れてほしいな!
コンコン!
「失礼いたします。アメティースタ公爵様ご夫妻がお見えでございます」
使用人が呼びかけると、間髪入れずに内側からサッと扉が開かれた。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいませ。どうぞお入りくださいませ」
代官が手振りで椅子を勧めたのを見て、私たちは手近なソファに腰を下ろした。
「ああ、急に悪いな。実は、教会が孤児院も兼ねていると耳にしてな。孤児院と、幼い子どもを昼間だけ預かる保育所を町中に作ろうと思うんだ。ある程度の広さがある方がいいんだが、どこかにいい場所はないだろうか?」
「おお、アメティースタ公爵様……! あんな恐ろしいことがあったこの地に、あなた様のような慈悲深い領主様が来て下さるとは……!」
クリス様が用件を説明すると、代官は感極まった面持ちでクリス様を見つめた。
「はは、期待を裏切らないよう努めるよ。そうそう、神父から教会へも寄付金を渡してくれたと聞いた。必要とする者に、代官の方で適切に分配してくれたようだな」
なるほど。
代官に纏めてお金を預けていたのか。
クリス様も当時はまだ魔法学院に在学中だったし、一人一人に渡して回るわけには行かなかったもんね。
「は……。私の力では領民を守ることが出来ませんでしたので、せめてもの罪滅ぼしになればと……」
代官は深いため息を吐いて、悔いるように視線を下に落とした。
代官が悪いわけではないのに、どうやらずっと自責の念に駆られていたらしい。
まさか、こんな辺鄙で裕福とは程遠い町が狙われるとは誰も思わないよ……。
「代官はよくやってくれているよ。おかげで俺たちも助かっている」
「そうですよ。私たちの目が届かない部分にも細やかな気配りをしてくれていること、ちゃんと分かっていますから。領民たちもきっと感謝していると思います」
「……っ! そ、そう言っていただけると……」
代官は浮かんできた涙がこぼれ落ちるのを堪えるように、パチパチと瞬きを繰り返した。
「それで、お勧めの場所はあるかな?」
「はい。町外れに広い空き家がございます。元々は宿として営業していたのですが、経営者一家は今はもう……」
例の事件で、一家全員亡くなってしまったのか……。
何とも痛ましい……。
「元々宿だったなら、ベッドはたくさんあるんだな。孤児院にはうってつけかもしれない。その宿はどの辺りにあるんだ?」
「はい。新しい街に行く途中の、湖に近い場所にございます」
おおっ、希望通りの立地じゃないですか!
「あら、ちょうどよかったわ! その辺りに孤児院と保育所を作れば、ラルゴの町の住人も、新しい街の住人も利用できると思っていたのよ」
「掃除は必要でしょうが、家具などはそのまま使えると思いますよ。うちの使用人に掃除をさせておきましょう」
「ああ、頼むよ」
掃除をしてくれる人がいて助かった。
あとは、キッチンやバスルームなんかを私の魔法具でリフォームすれば、だいぶ生活しやすくなるはずだ。
代官とあれこれ話し合った後、私たちはいったん教会に戻ることにした。
新しい孤児院の場所を、早く神父様とラヴィエータに伝えたいからね!
さっきの賑やかさとは打って変わって、今度は外で遊んでいる子どもがいないところをみると、どうやら今は授業中らしい。
私たちは授業の邪魔にならないように、そっとラヴィエータの姿を探した。
すると、たまたま開けた扉の向こうに、料理を手伝うラヴィエータをすぐに見つけることができた。
「ラヴィエータ! 新しい孤児院の場所が決まったわよ!」
「えっ、もう決まったんですか?」
じゃがいもの皮むきをしていた手を止めて、エプロンで手を拭きながらラヴィエータが私たちの方へやってくる。
「あら、料理をしながらでもいいのよ? 場所を伝えたら私たちはすぐに失礼するから」
「いえ、そんなわけには」
ラヴィエータは苦笑しながら私の勧めをやんわりと断った。
クリス様がいるからかな?
同じ魔法学院を卒業した友達なんだから、そんなに気を使わなくていいのにね。
「邪魔してごめんなさいね。それで、場所なんだけど、湖の近くにある営業していない宿を使えることになったの。経営者一家に不幸があって、今は誰も住んでいないんですって」
「まあ、宿を? そんな立派な建物を使わせていただけるなんて、神父様も子ども達も喜びます」
「立派かどうかは分からないぞ。何年も人が使ってないんだから、おそらく手入れが必要になるだろう」
それもそうだな……。
行ってみたら幽霊屋敷みたいなところだった、なんてこともありえる。
「クリス様、ちょっと行って見てきましょうか? 厨房や浴室に私の魔法具を入れようと思っていたところですし」
「そうだな。ちょっと見てくるか」
下見もしないで、無責任に子ども達を住まわせるわけにはいかないもんね。
「まあ! マルチェリーナ様の魔法具を、孤児院に寄付していただけるのですか?」
ラヴィエータが手を打って喜んでいる。
いやあ、そんなに喜んでもらえると嬉しいな!
便利だからどんどん使ってください!
「ラヴィエータ、こっちは大丈夫だから、公爵様ご夫妻と一緒にその宿を見てきたら?」
厨房でラヴィエータと一緒に食事の支度をしていた女性たちの一人が、そう声をかけてくれた。
「あら、それはいいわね! ここはこうした方がいい、というような意見があればぜひ教えてほしいわ」
「お役に立てるか分かりませんが、それでは私もご一緒させていただきます」
絶対役に立つよ!
実際にキッチンを使ってる人の意見は重要だからね!