第11話 はたらく公爵夫人
私たちが立ち話をしているところへ、カーラとサーラがやって来た。
「失礼致します。皆さま、朝食の用意が整いました。こちらのコテージへお運びいたしますか?」
どうやら、私たちの方のコテージで調理してくれていたようだ。
隣とは言え、わざわざ持ってきてもらうのは悪い気がするな。
「むこうへ戻るわ。お兄様たちは朝食はお済みですか?」
アンドレオの襲撃によりソファに座る暇もなかったけど、もう自分たちのコテージに戻りますよ。
後でいくらでも見れるしね。
「朝食は食べてこなかったから、僕たちも一緒に食べるよ」
結局私たちは、全員揃ってぞろぞろと隣のコテージへ移ることになった。
朝食も食べずに来たなんて、まったく呆れるよ……。
「うわあ、狭い!」
お兄様……、人の家を狭いだなんて失礼しちゃうな!
……私もそう思ったけどさ。
18畳ほどのリビングに、クリス様と私、お兄様とカレンデュラ、カーラとサーラ、そして料理人の計7名がひしめき合っているせいか、普段よりもいっそう狭く感じる。
「隣と比べると確かに狭いな。俺達も今日大きい方へ引っ越すか?」
「そうですね、そうしましょうか」
新しいコテージの方がリビングもずっと広いし、窓が大きいから景色がよく見えるしね。
「どうせなら、あのおじいさんの邪魔にならないところに移動しようよ。事あるごとに怒鳴られたり、視界に入るところをウロチョロされたんじゃ、せっかくの新婚旅行が台無しだよ」
確かに……。
お兄様たちは10日で済むけど、私たちは年単位の付き合いになる。
今後はたくさんの職人も出入りすることになるし、今のうちにプライバシーを確保できる場所に移した方がよさそうだ。
「一理あるな。それじゃ、朝食の後に、俺達もチェレスたちのコテージと一緒に移動するか」
「はい」
小島の端の辺りに、リビングの大きな窓が湖の方を向くように置けば、目の前を人が横切ることもなくなるだろう。
いっそのこと、結界のレンガで入れないようにしちゃう?
いや、それはやりすぎか。
私たちの屋敷を建ててくれるのに、さすがに感じが悪いよね……。
「よし、こんなものだな」
朝食後私たちは、改めて邪魔にならない場所をアンドレオに確認してからコテージを移動させた。
「そうですね。それじゃ、そろそろ仕事に行きましょうか?」
「えっ!? 仕事? チェリーナが?」
私がクリス様に仕事に行こうと声をかけると、お兄様が驚いて目を剥いた。
そんなに驚くことですか?
だって家にいたら、お兄様やアンドレオが押しかけて来るかもしれないじゃないの。
外で働いてた方がずっと有意義に過ごせるよ。
「もちろんです! やることは山のようにあるんですからね。これからの時代、女性もどんどん仕事に関わっていくべきです」
貴族の常識としては、仕事は男性がするものという先入観はあるけどさ。
女性が活躍してもいいと思うよ。
「チェリーナが暴走しないか心配だけど……」
「大丈夫だよ。俺が付いてるし、アルフォンソもいるからな」
「そうは言っても、ちょっと目を放した隙に何かをやらかすのがチェリーナですよ」
ちょっと、人のこと魔の2歳児扱いしないでくれるかな?
こう見えても私は、仕事に関しては結構有能だと思うよ!
企画とか商品開発とか適任……、いや、広報も合ってるかも?
それとも、営業こそ天職か?
「それはまあ……」
クリス様!?
同意しないでください!
「お兄様ったら、本当に失礼なんだから! とにかく、私たちは仕事に行きますから、お兄様たちはお好きに過ごしてください。暗くなる前には戻りますので」
「ああ、わかったよ。僕たちも気が向いたら街の方へ行ってみるかもしれない」
「ご自由にどうぞ」
そして私たちは、玄関先で見送るお兄様とカレンデュラに手を振って街へと飛び立った。
「おはよう、アルフォンソ! 聞いてよ、お兄様が急に遊びに来て10日もこっちにいるんですって! 昨日の夜連絡があって、今朝の7時半にはもう来たのよ? あんまりじゃない?」
私はアルフォンソのコテージのドアを開くなり、お兄様の所業を早口にまくし立てた。
「おはようございます、奥様」
「えっ?」
あれ……、よく見たらお客さんがいるじゃない。
こっちに背中を向けて座ってるから顔が見えないけど、誰だろう。
とりあえず早く誤魔化さないと。
「あら、みなさん。素敵な朝じゃございませんこと? ホホホホホ」
2人の客はサッと立ち上がると、微笑みを浮かべて私たちの方へ近づいてきた。
「これはこれは、アメティースタ公爵ご夫妻でいらっしゃいますか? お初にお目にかかります。私どもは王都で料理店を営んでおります、マンジャーレ家の使いの者でございます。私はジャンニ、連れはカルロークと申します。実は私どもの主人が、こちらの領に支店を出すことを希望しておりまして。こうしてお話を伺いに参った次第でございます」
ええー、わざわざ王都から来てくれたの?
マンジャーレって、どこかで聞いたことある名前のような気がするけど……。
「ああ、マンジャーレ家というと、アルフォンソの婚約祝いの食事会をした店の経営者だな」
「あっ、あのお店ですか」
あの王都一の料理店かあー。
外観も内装も凄い豪華だったことを憶えている。
お肉はちょっと噛みごたえがあったけど、味はとっても美味しかった。
「いつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
「こちらのお客様は、劇場近くに店舗を構えたいというご希望なのです。そうなると内装工事に時間がかかりそうなので、このコテージ型の貸店舗ならすぐにでも入居できて、しかも最新式の設備が使えるとお勧めしていたところでした」
ふーん、どっちでも好きなほうに入ってくれればいいと思うけど。
でも劇場付近に店を出したら、あの辺りはますます高級感たっぷりになりそうだね……。
「まあ、そうなの」
「あの店の支店なら大歓迎だ。どちらでも好きな方に入居してくれ」
クリス様もいきなり王都の超有名店から入居希望があったことに、嬉しそうに顔をほころばせている。
うんうん、なんとなく幸先がよさそうな気がするよね!
私もそう思います!
「ありがとうございます。私どもの主人も喜びます」
「それでは、こちらでもう少し詳しい話をーー」
アルフォンソがジャンニとカルロークに着席を促そうとしたところで、窓の外を見て不意に言葉を切った。
不思議に思って振り向いて見ると、窓から中の様子を窺っている人の姿があった。
「お客さんかな? ちょっと、失礼します」
アルフォンソはそう言って玄関扉へ行き、外の人に声をかけた。
「こんにちは。何かご用でしょうか?」
「あああ、あのう……。こちらで、安く屋台を貸し出してくれると聞いてきたのですが」
まだ20代前半くらいの若い男の人が、おどおどとした様子で返事を返してくる。
どうやら、コテージのテラス部分で商売を始めることを希望しているお客さんみたいだ。
よーし、アルフォンソはすでに接客中で忙しいし、ここは私の出番だね!
「どうぞ、中へ入ってちょうだい。私から説明するわ。アルフォンソは王都のお客様のお相手をお願いね」
「えっ……」
アルフォンソ!
そんな不安そうな顔しなくて大丈夫だから!