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第10話 謎のこだわり


「……どうします?」


「……このまま出なければ、諦めて帰ってくれるかも」


そうかなあ?

そんなタイプじゃないと思いますけど……。


私たちがコソコソと話し合っているうちに、気のせいか玄関扉を叩く音が止んだ気がする。

帰ったのかな?


「あ」


「え、どうかしましたか?」


「見つかってしまった……」


リビングの大きな窓から外を見ているクリス様の視線の先を追うと……、はい、アンドレオがいました。

どうやら、返事がないから裏庭へ回ってきたようです。


アンドレオはかなり怒ってるようで、真っ赤な顔をしてズンズンとこちらに近づいてくる。


「怒ってますね……」


「怒ってるな……、あっ」


ゴイン!


アンドレオは結構な勢いでガラスに衝突したかと思うと、そのままバタリと後ろに倒れてしまった。


「アンドレオ! 大丈夫?」


私は慌ててガラス戸を開けて、テラスへ出た。


「こ、これはいったい……!?」


ミケーレに抱き起こされたアンドレオが呆然とガラスを見ている。


「大きくて分からなかったかもしれないけど、ここはガラスが嵌っているのよ。ごめんなさいね」


通常の掃き出し窓は、小さな枠に小さなガラスをはめ込んで1つの大きな窓にするのだが、魔法で出したこのコテージでは、床から天井まで届くサイズの大きな窓枠ごとに継ぎ目のない1枚ガラスを使っているのだ。


だからパッと見ただけでは、そこにガラスが嵌っていることに気づかなかったのだろう。


「ガラス窓……。このような大きさのガラスが……」


おでこを赤くしたアンドレオは、呆然とするあまり痛みを感じていないようだ。


「怪我はないか、アンドレオ? それで、何か用事だったんじゃないのか?」


「は、大丈夫でございます。こちらの家は……?」


クリス様に用件を聞かれて、怒っていたことを思い出したらしいアンドレオが表情を険しくした。


「ああ、来客用のコテージだが、それが何か?」


「昨日はありませんでした」


確かになかったけど。

だからなんなの?


「さっき出したんだ」


「なぜっ、なぜこの場所に!?」


場所……?


「あのー、パッラーディさんは昨日測量をしていたときに、作業用にいろいろ目印を付けていましたから。この辺りにも付けていたので、その上に家を出されてしまったことを怒っているのでは?」


昨日、アンドレオに付き合わされていたミケーレは一部始終を見ていたらしく、アンドレオが何を怒っているのか当たりを付けてくれた。


「そのとおりッ! この場所に家を建てられては、わしの設計が台無しですッ!」


そうなんだ、ここに建てようと思ってたのね。

それは悪いことをしてしまった。


だけど、そんなに怒ることないよ。


「あら、このコテージは他の場所に移動できるから、別に設計を変える必要はないのよ? ほんの1週間くらいーー」


「3週間」


間髪いれずにお兄様が横から口を挟む。

3週間もいるつもりなの?


「え、そんなにいるんですか? 仕事はいいんですか?」


「……んー、じゃあ……、2週間でいいよ」


お兄様が渋々滞在期間を短くするけど、2週間だって十分長すぎる。


「お義母さまが10日で帰ってらっしゃいと言っていましたよ。お義父さまが1週間と言ったのを取り成してくれたんですから、10日で帰らなくては」


え、そうなの?

10日って言われて3週間もいるつもりだったって、居座りすぎだよ!


「わかってる……。ちょっとした冗談だから……、10日で帰るよ」


嘘だな、本気だったくせに!

それでも、カレンデュラに正論を言われてしまっては、お得意の屁理屈を捏ねるわけにはいかないようだ。


「アンドレオ、10日後にはこのコテージを移動するが、それなら問題ないか? 邪魔にならない場所がどの辺りか言ってくれれば、すぐに移動させてもいいし」


「すぐに移動できると……? さようでございますか……」


クリス様からすぐに移動できると聞いたアンドレオは急に大人しくなり、バツが悪そうな表情になった。


こんなに早く解決できる問題だとは思わず、怒鳴り込んでしまったことが恥ずかしくなってきたようだ。

まあ、普通の人は家を移動できるなんて思いもしないもんね、仕方ないと思うよ!


だけど、もういい年なんだから怒りすぎて血管切れないように気をつけてね!


「あのう……、こちらの家の中を拝見させていただいても……?」


「えっ、もちろんよ! どうぞ、中へ入って」


やっぱりこのコテージいいですよね?

さすがお目が高い!


いやあ、アンドレオのダメ出しに対抗してがんばった甲斐があったな!

天才と謳われる巨匠に早速認められるなんて自分の才能が怖い!


「このガラスは……、なんと素晴らしい! この透明感! ゆがみが一切ない」


あの……、ガラスだけじゃなくて、他の部屋ももっと見ていいんですよ?

前のコテージでも小さめとはいえ同じガラスを使っていたのに、レースカーテンを引いてたから気付かなかったのかな?


「素晴らしい……! おや?」


アンドレオは何かに気が付いたように、いったんテラスへ出た。

そして懐からおもむろにハンカチを取り出すと、ガラスをきゅっきゅと熱心に拭き始める。


ああ……、ぶつかったおでこの跡がガラスに残ってたんですね……。

アンドレオはガラスに顔を近づけて綺麗になったことを確かめると、また室内に戻ってきて何事もなかったかのように話を続けた。


「ああ、このような才能がわしにもあれば、もっと美しい建築物が作れたものを! そうだ、公爵邸にはこのガラスを出来るだけたくさん使って……。うむ! やはり、アメティースタ公爵邸はわしの最高傑作になるに違いない!」


メラメラと燃えてらっしゃる……。

前から暑苦しかったけど、ガラスに興奮していっそう漲ったようです……。


そしてアンドレオは2階でもガラスだけに興味を示し、ひとしきり眺め回した後、満足して自分の仕事へと戻っていった。


コテージは、10日くらいならここにあってもいいってさ。

まったく人騒がせなおじいちゃんだよ。





「すごい人だね。あれが王宮を建てたっていう天才建築士?」


なるべく気配を消して成り行きを見守っていたお兄様が、アンドレオが帰ったところを見計らって話しはじめる。


「そうなんです。こだわりが凄くて……」


「うわあー、あの人物とこれから何年も付き合うのかぁ。苦労が絶えなさそうだな」


それは私もそう思っています……。


「ああ……、何しろ父上が寄越してくれた建築士だからな。上手くなだめて付き合っていくしかないよ」


「大変ですねえ。チェリーナが出したこのコテージのほうが、王宮よりよっぽど暮らしやすそうですけど」


お兄様……、口では大変ですねと言いながら、完全に他人事ですよね!?

同情しているそぶりが一切感じられません。


「それは確実にこのコテージのほうが暮らしやすいよ。だけど、アンドレオにとっては、便利さよりも豪華さが重要らしくてな。俺たちは豪華絢爛な屋敷は趣味じゃないんだが……、どんな屋敷が出来上がるのかな……」


クリス様は、屋敷の仕上がりに若干の不安を感じているようだ。


あんまりキンキラキンにし過ぎても、真夏は熱を集めて灼熱地獄になりそうだしね……。

私も金ぴかのお屋敷なんて、絶対住みたくないよ!






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