第9話 自慢のコテージ
「もう来たのか……」
「もう来たんですね……」
早いよ!
クリス様がむくりと身を起こしたのを見て、私もこれ以上の睡眠を諦めて起きることにする。
クリス様だけお兄様のところへ行ったら、後でネチネチ小言を言われるに決まってるからね!
お兄様はデカい図体で結構細かいこと言うんだから。
「ーーお待たせいたしました。お兄様、カレン、お早いお着きで……」
大急ぎで支度を整えた私たちは、自分の家のようにソファでくつろぐお兄様の元へ顔を出した。
「やあ、チェリーナ、おはよう。クリス様、おはようございます」
「おはよう……。ずいぶん早いな。午前中に着くと聞いていたが……」
安眠を邪魔されたクリス様がお兄様にちくりと文句を言う。
しかしお兄様は気にする風もなく、シレッと言葉を返した。
「7時半は午前中に含まれますが、何か問題でも?」
「……別に。今度来るときは何時頃と時間を指定してくれ……」
「承知しました」
本当に承知したの?
どう見ても右から左に流した顔してるけど。
「クリス様、チェリーナ、朝早くからごめんなさい。チェレス様が今回の滞在をとても楽しみにしていて、今日は早朝に目が覚めてしまったのよ」
遠足が待ちきれない小学生か!
カレンデュラが申し訳なさそうに詫びるけど、カレンデュラも被害者だしね……。
加害者がふんぞり返ってるのに、代わりに謝ることないよ。
「あら、いいのよ。兄妹なんですもの、気を使わないでちょうだい」
「ほら、カレン。僕の言った通りだろ? カレンがあんまり早いと迷惑だって言うからさ、僕は大丈夫だって言ったんだ」
ああそう……、もう何でもいいよ。
「うちのお兄様がごめんなさいね、カレン……」
「ふふっ、チェリーナが謝ることじゃないじゃない」
「何の話? チェリーナ、それで僕たちのコテージはどこ?」
へいへい、これから用意しますから。
そんなに急かさないでください。
「この大きさだとお兄様には小さいかと思って、大きいのを用意することにしましたよ。これから出しますので、外へ行きましょうか」
「へえー! 僕たち用に考えてくれたのかあ。よかったね、カレン」
お兄様はそう言って、隣に座る新妻をぎゅっと抱き寄せた。
昔からカレンデュラのことが大好きなお兄様だったけど、結婚して一段と溺愛が激しくなっているような気がします……。
「わざわざ新しいものを考えてくれたの? 忙しいのに手間をかけさせてしまって、なんだか申し訳ないみたい……」
「いいのよ! 大きい方がお父様たちにも便利だし、私たちも大きい方へ移ろうと思っているの」
恐縮した様子のカレンデュラを安心させるように、私はにっこりと笑って見せた。
でも、お兄様はちょっと遠慮することを覚えた方がいいよね!
「そうなの。それならよかったわ」
「さあ、外へ行きましょう」
私はカレンデュラの手を引いて、外へと連れ出した。
「ーーポチッとな!」
ズズズズズズズーーーーン……。
地響きの音と共に現れたのは、昨日練りに練った豪華版のコテージだ。
わあー、今度のコテージはパッと見ただけでもずいぶん大きい!
「……すごい、ずいぶん大きいんだな」
クリス様の想像の上を行く大きさだったらしく、目を瞠ってコテージを見あげている。
白い壁と焦げ茶色という基本的な色の組み合わせこそ変わらないけど、テラスを囲む柵や2階のバルコニー部分など、外観の細かい部分にも華やかさが出るように考慮して修正を入れているのだ。
「今回のコテージは自信作です!」
なんといっても、一番大きな修正箇所はリビングの配置だ。
今度のコテージはリビングを最奥に変えて、窓を最大限に大きくしたので、部屋の中から湖が一望できるようになっている。
そして2階からも景色が見えるように、玄関の真上の通路部分にも大きな嵌め殺しの窓を作った。
各所に作った大きな窓が印象的で、自分で見ても中々の出来栄えだ。
これならアンドレオが見ても、もう小屋だなんて言えないと思うな!
「すごいよ、チェリーナ! 僕たちのためにこんなに立派なコテージをくれるなんて……、ありがとう! 大切にするよ!」
……ん?
なぜか持って帰ることになった……?
「えっ、あげるなんて言ってませんけど?」
なんでもらえると思ったの?
「え、でも僕たちのために考えたんでしょ?」
「それはそうですけど」
「心のこもった贈り物を付き返すのは失礼だよね?」
なんとなく、論点をすり替えられてるような?
むむむ……、言い負かされそうな嫌な予感がする……。
「それもそうですけど……」
「よかった! 嬉しいなあ、これがあればうちに帰ってからもカレンと2人で暮らせるな」
うーん……!?
割り切れない思いでお兄様を見ていると、クリス様がポンポンと私の肩を叩いた。
「諦めろ。お前よりチェレスの方がずっと口が達者だよ」
本当に……、お兄様は弁が立つというか、ああ言えばこう言うというか。
私があげたいと思ってあげるのはいいんだけど、なんかこういう風に巻き上げられるのは何となく納得いかない……。
「さあ、カレン! 中を見てみよう! わー、広い!」
お兄様はカレンデュラの背中に手を当ててコテージの中へと入って行った。
本当に嬉しそうだね……。
まあ、そこまで喜んでくれるなら、今更返せとは言わないことにするか。
どうぞ心ゆくまで新婚生活を楽しんでくださいませ……。
ひとしきりコテージの中を見回った後、私は気になっていたことを尋ねることにした。
「それでお兄様。ごらんの通りうちには使用人がほとんどいないんです。本当に2人だけで大丈夫ですか?」
「ああ、それは大丈夫。一緒に連れて来たよ」
「えっ、どこに?」
姿が見当たりませんけど?
「さっきカーラに魔法具の使い方とかいろいろ教えてやってと頼んだから、チェリーナたちのコテージにいると思うよ」
「ああ、そうなんですか。それで誰を連れて来たんですか?」
「サーラだよ」
サーラはカーラの一番下の妹で、カーラが産休に入る時に代わりにうちに来てくれることになった。
最初は臨時のつもりだったけど、気が利くし良く働いてくれるということで、すぐに正式に侍女として採用されたくらい出来る子なのだ。
私がカーラをアメティースタ公爵領へ連れて来たことで、プリヴェーラ辺境伯家の方で人手不足になるところだったから、サーラを正式に侍女にしたのは結果的に大正解だったよね。
「サーラですか。カーラも久しぶりに妹の顔が見れて嬉しいでしょう」
「そう思ってサーラを連れて来ることにしたんだよ。サーラの方も甥っ子や姪っ子に会いたいだろうし」
カーラの子ども達はかわいい盛りだもんね。
『なななななッ、なんじゃあーこりゃーーーーーッ!』
え……、どこか遠くで誰かが怒ってるな。
というか、この声はアンドレオだと思うよ……。
何を怒ってるのか知らないけど、この状態のアンドレオの相手、誰がするの……?
私は思わずクリス様の顔を見た。
「アンドレオか……。何を怒っているんだ」
クリス様も若干うんざりしている。
さすがにあの年齢の人にそうそう上から命令するのも気が引けるようで、クリス様なりに扱いに困っているのだろう。
「えっ、何ごと!? この島、その辺の人が勝手に入って来れないんじゃなかったの?」
お兄様、そんな非難がましい目で見ないでください。
トブーンがないと来れない筈なんだけど……。
あの人の場合、国王陛下から請け負った仕事だから。
送迎してくれる人がいるんです……。
ドンドンドンドンドンッ!
ひいッ!
こっちに来ちゃったよ!