婚約破棄されるのを待ってました
「今日この場で君との婚約を破棄させてもらう!」
「受けて立ちますわ!」
「と、言うことがあったのよ。ダウト」
そう言ってカードを出す彼女は名門貴族のノア・メイリーである。
彼女に向かい合い、頭に手を当てて座っているのはこの国の王子のエドワード・シモンズである。
何故、名門とはいえ伯爵家のノアが王子であるエドワードに気安く話しかけているかというと、二人は幼馴染だ。
幼いころから二人は悩み事が出来たりすると遊びながら会話をし、お互いに相談してきた。
現在もその最中である。
「婚約破棄の理由は何だったんだい?ダウト」
「好きな方ができたと言っていたわ。その時に、君よりもよっぽど彼女の方が魅力的なんだ。って言われたから思わずああ答えちゃったのよ。ダウト」
「君は、どうして予想の斜め上を行くんだ。ダウト」
「その後、絶対に後悔させてやるんだから!って言って帰って来たわ。ダウト」
「……それ、敗者のセリフでは?ダウト」
「言わないで。私も言った後に薄々そう思ってたけど、そんなことはないって言い聞かせてたんだから。ダウト」
「後悔してたんだね。……ところで、そろそろこの不毛なダウトやめない?二人でやると永遠に続くよ?ダウト」
「後悔はしてないわよ。ただ、少し、反省してるだけよ。ダウトやめて何にするの?ダウト」
そこで二人はようやくトランプを出す手を止め、お互いに顔を見合わせる。
「ババ抜き……じゃなくてジジ抜きにしましょうか。これならきっとダウトよりは面白いわよ。……すぐに終わるけど。」
「じゃあそれにしようか。」
そう言ってエドワードはカードを切り、手際よく配り始める。
カードを配り終わり、二人とも準備が整うとまた、会話が始まる。
「ところで、さっき言ってた後悔させるって具体的にはどうするの?」
「そうねぇ、あの人より条件のいい相手を捕まえて婚約するのが手っ取り早いかしら。」
「条件のいい相手?」
「あの人は侯爵家だったからそれより身分の上の人で、カッコ良くて優しい人?」
「なるほど。それなら君の目の前にいるね。」
「え?どこ?」
「……俺。」
エドワードが自分を指さしてそう言うとノアは驚きで固まったかと思ったら次の瞬間お腹を抱えて笑い出した。
それを見てエドワードは不機嫌そうにノアを見る。
「俺、そんなにおかしなこと言った?」
ノアは涙を拭いながら
「フフッ、だって、自分でカッコ良くて優しいって言っちゃうとか……アハハハッ」
ノアは笑いが収まると、一つ息を吐きまたカードゲームをしながら会話を始めた。
「ところで、こんな所で油売ってていいの?今日は本命の方とのお見合いじゃなかった?」
「あー、その件は大丈夫だよ。」
「大丈夫って、ディナーでも一緒に取るの?」
そう言ってノアが見やった窓の外では太陽が街をオレンジ色に染め上げていた。
通常この時間からお見合いをするならディナーを一緒に取ることとなる。
だが、ノアの記憶の限りエドワードがお見合い相手と会う時はいつも明るい時間で、それも5分と立たずに終了してしまうはずだ。
その彼が、ディナーを一緒に食べようとするなんてよっぽどのことだ。
ノアは、好奇心を抑えきれずにエドワードに相手の方について聞いた。
するとエドワードはニッコリと笑いながら相手については答えず、ノアに向かって手元の二枚のカードを差し出し
「そうだな、君が僕と一緒にディナーを食べたいというなら食べようかな。」
ノアはエドワードの答えの意味が分からず首を傾げながら一枚のカードを引き、二枚に増えたカードを差し出しながら
「どうして私と食べる話になるのよ」
「だって、今日のお見合い相手は君だからね。」
そう言ってエドワードは一枚カードを抜き取ると手持ちのカードを全て捨てた。
ノアの手元には一枚のカードが残されていた。
……。
…………。
ノアはしばしの沈黙の後、
「は?」
と気の抜けたような返事をした。
エドワードはそんなノアの顔を見ながら少し笑って
「まさか、今まで本当に気づいてなかったとはね。君は鈍いと常々思っていたけど、ここまでとは思わなかったよ。」
「ちょっと待って、これはあれよね。ドッキリよね。」
動揺するノアの言葉にエドワードは少し考え
「これは……。君はストレートに言わないと受け入れられないみたいだから言うけど。」
「待って、心の準備が……。」
「ノア、君の事が好きだよ。俺と結婚してほしい。」
エドワードが全て言い切るとノアはアタフタとした後、急にうつむいて、じっと動かなくなったのでエドワードが心配して顔を覗き込むと、そこにはリンゴのように顔を真っ赤にしたノアの姿があった。
「ノア?」
いきなりの事でフリーズしているノアを見て、
エドワードがノアの肩を少し叩くとノアはパッと顔を上げ、
「私でいいの!?婚約破棄されるような私で!」
エドワードはそれを聞いて目をパチパチとさせてからフッと泣きそうな微笑みを浮かべ
「ノアが良い。ノアじゃなきゃダメなんだ。」
と言ってエドワードはノアの背に手を回し、引き寄せると、ノアもおずおずとエドワードの背中に手を回した。
ノアの手に握られていた一枚のカードは赤いハートのAだった。
それから二人は無事に婚約を経て、結婚し、幸せな家庭を築くことでノアを振った元婚約者を見返しましたとさ。
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