短編:死ななかった私に意味などないの
光に影があるように、正義の裏には悪がある。
その悪について区分分けをすれば、自覚しているもの、自覚していないものと本人の意思と関わるもの、本人の意思とは関わらないものを組み合わせた四通りがあると私は思う。
私の名前はラガンナ。とある貴族の娘だ。より正確に言うなら燃え盛るような真っ赤な髪と豊満な肢体、そして私が住む帝国の第一皇子の婚約者という地位、それらを持つ人間だ。
そして自覚のある悪側の人間である。私にとって不幸中の幸いというのは、この役割が私という存在そのものであるということ。つまり私の意思に関わらない悪である、ということ。
それがどういうことなのかを今から説明しよう。
話は私が生まれるさらに前、私の母が生まれるほんの少し前まで遡る。母方のお祖父様は、もし娘が生まれ、十七の年まで生きていたら隣領地の息子の元へ嫁がせる、という約束をしたらしい。十七の年までという誓約はつまり。結婚できる年になったら即嫁がせるよ、ということらしい。どちらの息子夫婦も異論は無かったようだ。
母はルゥニアという名を得て生まれ、両親によって何も知らされることなく十七の誕生日を迎えた。幼少の頃から可愛らしい、美しいと評判のルゥニアはねだったものは何でももらえたし、上手く出来ればご褒美も貰えた。
誕生パーティーが行われた後、ルゥニアはそのまま隣領地の一つ上の息子、アラジュイルと結婚する予定だった。しかし。
「どうして!? なんで私が結婚しなければならないのよ!?」
ルゥニアは社交界の華としての己を強く求め、美しさを求め、そして愛する男を求めた。それ故に求めてはいない男との結婚は耐え難い屈辱だったのだろう。 散々に暴れ、結婚するものとして挨拶に来たアラジュイルの顔を引っ掻いてまで破談にしようとした。
結果は勿論破談となり、社交界の華をたいした理由もなく振った男としてアラジュイルは汚名を得ることとなった。その後、ルゥニアは現在の夫であるフラウォーにより真実の愛を見つけたとして華々しく社交界から降りた。
さて、今の話で漸く前置きが終わりだ。皆覚悟は出来ているだろうか。今の話の中で最も怒っているのは誰だと思う?
約束をすっぽかすこととなった祖父か──否。
息子が汚名を背負うこととなった相手の者か──否。
結婚相手のいなくなったアラジュイルか──否。
答えは今の話に出てきていない人物だ。酷い顔となったアラジュイルへと嫁いだ人物。名を、リュンメルという。
さぁ、続きを話そうか。
リュンメルの行動は速かった。アラジュイルとその両親へ事実関係を確認した後、ルゥニアを調べさせて見事に脅すための材料を得たのである。リュンメルは聡明だが、アラジュイルのためとあらば突っ走るところが多くあった。
「ルゥニアと言ったわね。社交界の華だった毒婦よ」
彼女はルゥニアの屋敷に乗り込み、開口一番言い放った言葉がそれだ。
ルゥニアは両親の財を用いて至れり尽くせりの生活をしていたが、リュンメルはあることを行い、その両親からの供給を止めることができた。その内容は関係ないので割愛するが、今の生活をおくれなくなることは我慢がならなかったようで、リュンメルからの脅しに頷いたのだった。
その内容が、子供を産み己を越える社交界一の華へと育て上げて第一皇子の婚約者にすることだった。
そうすれば両親からの供給を止めることはない、とリュンメルは告げ、そして去っていった。
その結果生まれたのが私である。
いったいどうやったのか、あり得ないほど第一皇子の好みへと私を近づかせ、見事その婚約者の座を射止めたのだった。
リュンメルの真の目的は私を踏み台にしてアラジュイルとの子供を王妃にすること。そして母を悔しがらせることだったのだろう。
残念ながら母は私を駒としてしか見ていないので、残念がるも何も無いのだが。
そうして私は高等学校入学の際には既にお飾りの婚約者となっていた。皇子はリュンメルの娘と中仲睦まじく毎日を過ごしているからな。
そして物語はエンディングへと近づく。そう、周りが求める最高のハッピーエンド。
靴を脱いで、私は飛び降りた。
邪魔物の私は、死ぬことで初めて意味を認められるのだ。
「──愛されたかっただけなのに」
ジャンルは異世界恋愛ものとさせていただきます。一応痴情のもつれですので。
また、作者の気が向けば連載させていただきます。
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