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少年は大航海へ旅立たない

少年は大航海へ、旅立たない-3-



波の調子は大分良かった。

さざ波が海岸に優しく押し寄せては、帰っていった。

(今度こそ...今度こそは、今日しかない...)

少年は決意を新たにすると、家の方向に走った。





少年が次に海に現れたとき、少年は何か大きなものをズルズルと必死に引きづっていた。


それは"船"だった。


縦に8m、幅が5m程。高さが8mくらいのマストに、ヤードが左右に6本ずつ伸びていた。

船の上には白い帆が何重にも畳まれて置いてある。


少年は船を引きずりながら、重たい一歩でジリジリと海へ向かっていく。



そして遂に浜辺へと辿り着いた。




少年はそこからマストに帆を括り付け始めた。


帆を括り付け終えると、少年は船に積まれた装備を確認していく。


船を漕ぐ為のかい、魚を取るための銛、釣り竿。3日分の食糧と飲料水。応急処置用の布や消毒に使う薬。夜間用の携帯ライトとそのバッテリー。


航路を描いた自作の地図に、コンパス。航路を記録するための羊皮紙と、ペン。そして、連絡用の無線機。遠くを覗く為の望遠鏡。


少年が大好きなハチミツの大瓶と、お父さんの部屋から持ち出したえっちな本と家族の写真。


そしてミナちゃんのスカートが捲れているところを隠し撮りした写真......は今はもう、ない...


代わりに、ミナミちゃんが微笑んで立っている写真(TAKE32)を胸に忍ばせる。




少年は一つ一つ丁寧に確認を終えると、仁王立ちになって海へ向かって腕を突き出した。


(待っていろ、海よ。さあ、冒険の始まりだ)


少年は、武者震いを感じた。目前の海はさざ波だが、震えたつ少年の心は荒波そのものだった。


少年はさあ船を海に浮かべようと船を引っ張ると、誰かが少年を呼んだ。


少年が後ろを振り返ると小さな人影が見えたので、望遠鏡でその人影を覗いた。






マナブだった。




「おーい。タクヤー」



マナブの口元の動きで、マナブが自分を呼んでいることに気づいた。


少年は望遠鏡を顔から降ろすと、急いで船を海に浮かべるべく、船を引きずった。


(急げ...)


少年はこれまでの経験から、あの悪友に関わると、大抵とんでもないことが起こることを知っていた。


その為、急いで旅に出発することにした。



「おーい。タクヤー。なんで行こうとするんだよ」


声が近づいてきている。


見ると、マナブは全速力でこちらに走ってきていた。


このパターンは初めてだ。いつもは自分が相手に向かっていくのに。


少年は重たい船を必死に引きずるが、水際では波の返しや、船の重量で砂に沈む為、なかなか前に進まない。


船が水上にやっとこさ浮かぼうとしたところを、水中まで追いかけてきたマナブに手を掴まれた。


僕は観念して、マナブへ振り返った。


「やぁ。マナブじゃないか。全然気が付かなかったよ。」


「嘘つけ。めちゃくちゃ目が合ったからな。さっき」


マナブはゼェゼェと息を切らしている。


「とりあえずここじゃなんだから、一旦浜辺に戻ろうぜ。」


マナブがそう言って僕の腕を引っ張るが、僕は固く拒んだ。


「大事な話があるんだよ。いいから、早く来いって」


マナブが僕の腕を引きちぎるかのごとく引っ張る。


よほど大事な話があるのだろう。


僕は渋々マナブに従った。






僕らは浜辺に上がった。



「それで、話っていうのは?」


「ああ、実はな...」


マナブは深刻そうな顔で俯いている。このマナブという男はずる賢くて、いけ好かない奴だが、いつも明るい奴だ。


その彼が、こんな表情をしているのは非常に珍しかった。


(まさか、僕の周りの誰かに不幸があったのか?)


僕は、マナブの次の発言に身構えた。


マナブはポツリと口を開いた。


「...実は、ミナミちゃんのことなんだけど...」


...ミナミちゃん。僕の胸のあたりにチクりと電撃が走る。


ミナミちゃんは僕が大好きな近所に住む女の子の名前だ。


是非とも将来のお嫁さんにしたいと思っている。


つい先日、僕とマナブはミナミちゃんから拳で何発も殴られ、今も二人の顔には青あざが出来ていた。


...まあ、あれは僕らが悪かった。


そのミナミちゃんにまさか不幸があったのだろうか。僕は不安で心が一杯になった。


「ミナミちゃんが...その...実はな...」


歯切れの悪いマナブの様子に、余計にハラハラとさせられる。


そしてマナブは、大きく深呼吸をすると、一息で僕に告げた。







「ミナミちゃんが"HAMABE48"のオーディションを受けたらしいんだ。」





「...え?」





僕は放心した。


大変不幸な出来事だった。




"HAMABE48"は僕たちの住む"ハマベシティ"を中心に、近隣4町から選ばれた"美少女"達が歌や踊りで興行するパフォーマンス集団だった。


この"HAMABE48"は最初は地元のアイドルといった様で、近所の人気者に留まっていた。


しかし、ある時期からスターを数百人ばかりプロデュースしたと言われる"凄腕のプロデューサー"に見初められ、一躍全国区のアイドルとなった。


その"HAMABE48"のセンターを務める"アキシロ カナエ"は今や全国で知らない人はいない"大スター"で、ハマベシティの誇りだった。


その"HAMABE48"に、ミナミちゃんが入ろうとしている...。


これは由々しき事態だ。



「そ...それは...情報源はどこだ...?」


僕は震える声で、マナブに尋ねる。


マナブは僕の船に積んである大事な水をゴキュゴキュと美味しそうに飲み干すと、ぷはぁと息を吐いた。


「ミナミちゃんのお母さんだ。今日の朝、新聞を配達した際に偶然会って、教えてくれた。」


「情報源は確かということか...」


僕は浜辺に膝をついた。貝殻の破片が手に刺さって痛かったが、そんなことが気にならないほどの衝撃であった。


僕は手の中の砂を強く握る。


「絶対に辞めさせないと...」


ミナミちゃんは僕らの"アイドル"なのだ。それを全国に知られてしまったら、一躍皆の"アイドル"になってしまう。


ミナミちゃんが僕らの手の届かないところへ行ってしまう...


マナブの方を睨むと、マナブは全てを分っているかのように、大きく頷いた。


「マナブ。当然"策"はもう練っているんだろうな...?」


僕が尋ねると、マナブは悪そうな顔をして、ニヤリと笑っている。


「ああ。当然だろ。」


こういうときのマナブは本当に頼りになる。

"悪事を考える"という一点において、この男の右に出るものを僕はまだ知らない。


僕は立ち上がると膝や手のひらに付いた砂を払う。


「それでは、作戦を聞こう」


「ああ。だがその前に場所を変えよう。計画書は俺の部屋だ。」



僕らは決意に満ちた。


一歩一歩踏み締めるように、足を運ぶ。



そして、海は遠ざかった。
















少年は大航海へ、旅立たない-3- -終-






















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