女の戦い
「このワインすごく美味しいな!ヴォルトレット!」
「ありがとう。それ飲んだら帰ってくれるかしら?」
アーリンさんが冷たい。
二人はテーブルについて向かい合っている。
僕はその様子を、隠れて外から窓で覗いていた。
―――ハーティはルテア王国の武術顧問なの。きっと国から面倒事を頼まれたんだわ。絶対に断ってくるから、ジンノはちょっと書斎で待っていてちょうだい。すぐ終わるから―――
そう言われたけど、気になって見に来てしまった。
ハーティさんが担いできた剣は外で屋敷に立て掛けられている。
つつくと、何トンもありそうな質量を感じられた。
ハーティさんは真っ白なフワフワとしたドレスに身を包んだ少女だ。ボブカットの銀髪は輝くようで、その手足は白く細い。常に自信に満ち溢れた笑顔で、元気な村一番の美少女といった感じ。あんな子がこれを担いで来ただなんて未だに信じられない。
―――しかし、なんだろうか、このハーティさんに感じる違和感は。笑顔は笑顔なんだけど、その笑顔がブレなさすぎておかしいというか、仮面のような笑顔だ。
「冷たいじゃないかヴォルトレット!」
憤慨したようにハーティさんがそういうと、窓が割れ、追加のワインを持ってきていたガーゴイルの頭が粉砕した。それをほかのガーゴイルが現れほうきとチリトリで掃除をしている。
「おっと!悪い悪い!」
そう謝ると掃除をしていたガーゴイルの頭も粉砕した。
ば、化け物だ……。
遮音魔法のおかけで声は小さく聞こえるが、ハーティさんが出してる声は依然として馬鹿でかいらしい。
「悪いと思うなら声を抑えなさいよ。」
そう言ってアーリンさんは右腕を振って、ハーティさんに魔術をかけた。
「お!静音魔法か!悪いな!流石の腕前だ!」
その声で窓やガーゴイルが再び割れることはなかった。アーリンさんの魔術の効果で声自体が抑えられたのだろう。
「ありがとう。さっきも言ったけど、それ飲んだら消滅してくれるかしら?」
「さっきよりひどくなってるな!まぁそう言うな!仕事だ!」
「国からの依頼?いつから国王は私に命令できるほど偉くなったのかしら?」
「まぁ聞け!仕事というのは、コレット大森林の調査だ!」
コレット大森林……さっきのアーリンさんの話に出てきたな。たしかアンナ教の教会の一つがあるところだ。
「あそこの気候が荒れてきていて、魔物が凶暴化してるらしいんだ!」
「それはずっとそうじゃない。」
「最近輪をかけてひどくなっているらしいぞ!このままじゃ教会が魔物に潰されかねないらしくて、大司教から直々にルテア王に依頼があったんだ!」
「それであなたと私が行って魔物を掃除してこいって?2人で行く必要ないでしょう。あなたが方向音痴なのはわかるけど、道案内ぐらい他の人間がすればいいわ。」
「チット侯が帰ってこないんだ。」
話の核心に触れたらしく、ハーティさんの声のトーンが少しだけ下がった。アーリンさんの表情に変化はないが、空気が少し張り詰めたのがわかる。
「先に調査に出かけたチット侯が何の連絡もなしにもう1ヶ月も帰ってきていない!あれだけ強い魔術師が1ヶ月もだ!何か異常なことが起きたとルテアの上層部は大騒ぎしてるぞ!」
「あの男を殺せる存在は世界に私とあなたしかいないわ。どうせ女でも抱いてるんでしょう。」
「まぁそうだと思うが!だが流石に2ヶ月連絡がないというのはおかしいだろう!なので、万全を期して、ヴォルトレットと私の出番というわけだ!」
「……わかったわ。だけど、返事は少し待ってもらえるかしら。もしかしたら道案内にガーゴイルをつけて、あなただけに行ってもらうかもしれないわ。」
「それでもいいが!忙しいのか?」
「忙しいわけじゃないけど、旦那に相談しないと。」
ハーティさんが大きい瞳を一際大きく見開いた。
「旦那!?」
静音魔法がかかっているにもかかわらず、チーズを持ってきたガーゴイルの頭が吹き飛んだ。それを見てアーリンさんがもう一度静音魔法をハーティさんに重ねがけした。
「旦那って、嘘だろ!ヴォルトレットみたいなブスをもらう男がいるもんか!」
ハーティさんは先ほどの笑顔とは違った笑顔をしている。先ほどの作った笑顔とは違い、ワクワクしている、といった笑顔だ。
「あなたもブスじゃないの。」
「ヴォルトレットよりはましだ!」
どっちも超可愛いですが……。
「ほんとよ。婚約したのよ。だから私1人で決めるわけにもいかないわ。」
「本当に本当なのか!?この屋敷にいるのか!?会わせてくれ!気になるぞ!」
「仕方ないわね。」
そういうと、アーリンさんは、青い残像を残していなくなった。
えっ?消えた!?
「話は聞こえていたかしら。」
「ええ!?」
後ろからアーリンさんに話しかけられた。
「消えませんでした今!?」
「その顔可愛いわ。」
質問に答えてくれない……!
「ハーティがあなたに会いたいそうなの。いいかしら?面倒はないと思うわ。この世界では珍しい、あなたに惚れる可能性のないやつだから。剣術以外ほとんど興味がない女なの。」
「僕はべつにいいですが……。」
「あの子ずっとうるさいでしょう?それに、ずっと笑顔のまま、ほとんど表情に変化がないじゃない?数少ない、私を倒す可能性のあるぐらい強い女なのだけど、その力を得る過程で、感情のバリエーションを失ってしまったの。かわいそうなやつなのよ。」
アーリンさんと似た境遇ということだろうか。たしかにタイプは違うが、アーリンさんと同じくらい美少女だ。ということはこの世界では物凄く醜い女という扱いで、迫害を受けたのかもしれない。
「あの子が興味を示すのは、剣術と、私のことくらいなの。あんなに表情に変化が出たのなんて久々に見たわ。出来れば仲良くしてやってほしいの。」
「それは全然いいですよ。」
冷たい態度だったが、アーリンさんはハーティさんを大事にしてるようだ。それならぜひとも仲良くしたい。
それに、自分で言うのも恥ずかしいが、この世界にきて短時間でカッコいいと言われすぎて食傷気味なのだ。
僕の顔で騒がない人なら、肩の力を抜いて接することができそうで良い。
「ありがとう。」
そう言って、アーリンさんは僕の手を引いて玄関から部屋まで戻った。先にアーリンさんが入って、僕はドアの前で待っている。転校生の気分だ。
「紹介するわ。あなたには顔の区別がつかないと思うけど、世界で一番美しい男よ。ショウヘイ・ジンノっていうの。」
は、恥ずかしい紹介……。
おずおずと部屋に入って行くブ男。そういえばコンビニのバイト着のままだ。
「はじめまして。ジンノといいます。」
そう言って頭をさげ、あげた時。
ハーティ・ヘッジホッグは全裸だった。
「子を為そう!」
爆音で叫んでハーティさんがものすごいスピードで飛びかかってくるのがかろうじて見えた。
ひっ!と思わず仰け反ると。
ドカァン!!!
爆風で飛ばされた。
「うわぁ!え、なになに!?」
勢いそのままに転がった後、バッと顔をあけるとさっきまでいた部屋が無くなっていて、夜の草原が広がっていた。
もうもうとあがる煙の中にはアーリンが右手を真っ直ぐに伸ばして立っていた。
アーリンさんが何か魔術を使ったらしい。
「何の真似かしらハーティ。」
怒っている。
体から青黒い光が立ち昇っている。
すると、数十メートル先から、ガバッとハーティさんが起き上がった。
傷ひとつない美しい素肌が現れて思わず目を伏せる。
「子を為そう!と言った!自分でも驚いている!こんな感情が残っていたとはな!」
ハーティさんは仁王立ちして、高らかに宣言した。その声には、さっきまでの大きいばかりで一本調子だったものとは違い、ハッキリとした喜びの色が浮かんでいた。
まっすぐで濁りのない、晴天のような声だった。
「ジンノといったか!お前ほど美しい男を私は他に知らん!私の旦那となれ!アーリンとは別れろ!」
その瞬間、地面から巨大な漆黒の火柱が立ち上った。一瞬で天まで伸びて先が見えない。かなりの距離があるにもかかわらず、熱風で肌が少し焼けるのを感じる。
「死ね。」
「ちょ、落ち着いてアーリンさん!」
「無理よ。実はさっき、あなたはたくさんの嫁をもらうべきと言ったのは強がりなの。あなたを縛ってはいけないと思ったのよ。けど、いざ恋敵を目の前にしてみると、ついカッとなって殺してしまったわ。後悔はしていない。」
「そんな容疑者Aみたいな!」
そんな僕のツッコミが言い終わるか言い終わらないかのうちに、
何かが超高速でアーリンさんの上に落ちてきた。
衝撃でまた僕はコロコロと後ろに転がって行く。気づくと僕の体を青い光が覆っていた。アーリンさんの魔術だろう。これがなきゃとっくに粉々になっていたはずだ。
煙が晴れると、そこにいつのまにか大剣を手にして振り下ろしていたハーティさんと、それを右手に浮かべた青い光の幾何学模様(魔法陣とか言うやつだろうか)で受け止めているアーリンさんが現れた。
「誰を殺したって!?」
「訂正するわ。私が、あなたを、これから殺す。」
「ひどいな!お前との友情は、捨てがたい物だとおもっていたのだが!」
「あなたこそ友情はどうしたの?」
「捨てた!」
「私もよ。」
パァン!と魔法陣が弾けたあと、2人は一瞬にして視界の端と端まで距離を置いた。そしてまたハーティさんが瞬く間にアーリンさんの頭上に飛びかかると、空を覆うような業火が彼女を吹き飛ばした。しかし何事も無かったかのように、次はアーリンさんの背後に現れると胴体を真っ二つにした。と思ったら
それは身代わりのガーゴイルで、いつのまにか空に浮かんでいたアーリンさんが漆黒の雷をハーティさんに打ち下ろした。
「ハッ!!!!!」
それをハーティさんが一喝するだけで消しとばす。
「「殺す!」」
2人の声が夜空に響き、僕はその迫力におしっこを漏らした。
◆
アーリンとハーティが死闘を繰り広げる約1ヶ月前。コレット大森林の奥地。アンナ教の教会の地下の隠し部屋に、長い髪を逆立てた鬼のような女が1人たっていた。
その部屋は、アンナ教の超上層部、大司教かそれに準ずる位のものしか立ち入ることのできないところ。
石造りの巨大の部屋の中央に、悠久の時を超えたと思われる迫力を携えた、見上げる程の石板が立っている。
その石板を隅々まで守るように覆った木の根の一つに、女が指先で触れた。
バリッ!
神々しい光が電流のようにながれ、女の手は強く弾かれた。指がありえない方向に折れ曲り、血が吹き出している。
「たぁあいしたぁあ封印じゃぁないじゃあないのぉぉぉぉぉお。」
その手をなんでもないように眺めたあと、女は呟いた。独特な、ひどく間延びした話し方をする女だ。
「1ヶ月もあればぁとけるかしらぁぁぁあ?一体どんな顔してるのかしらねぇえええ?悪しき精霊様とやらはぁぁぁぁ。」
耳まで裂けるように口を開き、女は禍々しく笑った。
「あなたよりはぁぁぁ強いのかしらねぇぇぇぇえ?じゃないと困るわぁぁぁぁぁ?」
そう言って振り返った先には、目を見開き、すでに息絶え倒れている、チット侯の姿があった―――
よければブクマ、評価、お願いします。
悪そうなやつ出てきました。
執筆活動を始めたばかりなので、ご感想ご指摘くだされば嬉しいです。どんなものでも嬉しいです。
すべて参考にさせていただきます。
ツイッターもやっています。
更新情報載せるので良かったらフォローしてください。
@world08520852