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価値観の違い〜ボーイミーツガール〜

 

「あの、夫になれというのは……?」


「そのままの意味だけど。」


 体の半分以上はありそうに長い脚を優雅に組みながら、事もなげにアーリンは言い放つ。


「あなたを買い取ったのはそのため。あなたに私の夫になってほしいと思ったの。」


「どうして、よく知りもしない僕を……?」


「美しいからよ。」


 お、おおう。すごいハッキリいうじゃない。冗談だと思う間も無く照れてしまった。


 いやいや、でもそんなん嘘でしょ。


「ぼ、ぼくのどこが美しいというのですか……?」


「試してるの?」


「はい?」


「私があなたの美をどれだけ語れるか試してるのね?」


「違いますけど……。」


「あなたの美への愛が不変で無敵で世界最高だという自負はあるけども改めて伝えるとなると些か緊張するわね。だってあなたのような、美しい男をそばに置いておきたいと言った女なんてこれまで無限と言っていいほど会ってきたでしょう?私もそんな愚かしい女の一人。今こうして改めてあなたの造形をみて、美を司る神『アンナ』が下界に現れたらこのような姿をしているだろうと確信してる。あなたをみた途端全ての景色が消えてあなたしか見えなくなったわ。きっと私の体があなた以外を視ることを拒絶したんだと思うの。あなたを手に入れたい、そう私の下腹部が叫んだの。ならばそれに抗うことができるメスはいないわ。今私はあなたを手に入れた至福に満たされている。そしてあなたの隅々までを記憶に残そうと全ての生命力を費やしているところ。今にも死にそう。いいけどもう死んでも。これだけ凝視すればあなたの姿は眼球に直接彫り込まれて今後あなたから目を離してもその麗しい姿が常に視界に透けて浮かぶでしょうね。これは今思いつくままに比喩で言ったことだけど口にしてみると存外最高のアイデアだわちょっと隣の部屋でそれを実現させる魔術を行うための準備を」


「待って待って待って!」


 勢いよく立ち上がって部屋を出て行こうとする彼女の腕を、ダッシュで駆け寄り大慌てで掴んだ。


「なんかとんでもないことをしようとしてませんか!?とりあえずやめてください!落ち着いて!」


「そう。あなたが望むならやめるわ。」


 振り向いたアーリンは無表情だ。声のトーンは一定で冷たいまま。語ってることとの温度差がありすぎる。そのおかげで、照れていいのか、からかわれて怒っていいのか、恥ずかしがればいいのか、感情がぐちゃぐちゃになり、一周して落ち着くことができた。


「お、夫がどうとか言う前に、わからないことが多すぎて……聞きたいことが山積みなんです。よければ、長くなるかもしれないので申し訳ないんですが、ぼくの話を聞いてくれませんか?」


 彼女が僕を殺すとかはなさそうだし……どう転ぶかはわからないが、この際信頼して思いっきり頼ってしまおう。


「わかったわ。私に分かることだったら何でも答えてあげる。けどその前に時間を頂戴。あなたがこうやって腕を掴んで、近くで私を見つめたせいで、結局一回部屋を出なくてはならなくなったわ。」


「なんでですか……?」


「下着をかえないといけないもの。」


 ……下着?




 ◆






 なぞの時間を挟んだ後、ふたたびアーリンと僕は向かい合って座った。


「あのですね、えーなんて説明したらいいのか、わからないんですが、僕は、どうしてここにいるかわからないんです。ちょっと支離滅裂なことを言ってしまうかもしれないんですが、頭のおかしいやつだと思わないで聞いてください。」


 迷い迷い話す僕に対して、アーリンは、何も言わないでくれている。有難い。


「僕は、あの奴隷オークションがある寸前まで、ここではないところにいたんです。こことは、おそらく相当距離のある場所にいたんですが、気づけば牢屋の中に移動していて。それで、当初僕は、夢か何かと思ったんですが、すぐに夢ではないと気づきまして。遠くに飛んでしまったとか、タイムスリップ?というか時間を遡ってしまったのか?とも思ったんですが、どうやらそういうことでもなさそうで……。」


 まだアーリンは何も言わない。


「それが、僕がいたところではありえないような現象があって。あの、あなたが、使っていた、魔術とかいうものは僕の世界には、おそらく歴史上存在しなかったものなんです。それで、もしかして、僕は、元いた世界とは、全く違う世界にきてしまったんじゃないかと、思っています。」


 ここまで話してもアーリンは何も言わない。流石に不安になってきた。


「あの!ほ、ほんと怪しいやつだと思うんですけど、いまはあなたしか頼れる人もいないので、その」


「あ」


 ここにきて、アーリンが何かに気づいたような声をあげる。


「どうしました?」


「ごめんなさい。あなたの顔にどうしても釘付けになってしまって。」


「釘付け?」


「聞いてなかったわ。」


 うそでしょ。


「聞いてなかったって……。」


「仕方ないわ、美しいんだもの。あなたが悪いでしょう。」


 ぼ、僕が悪いのか。


「話を聞いてるだけだと、どうしてもこうなるわ。あなたに起こってること、私から説明してあげる。話していればまだ凝視することは避けられるから。」


「え、わかるんですか?僕がどういう状況なのか。」


「完全にではないにしろ、少しはわかるわ。ただこれを理解できる人はこの世界に限られているだろうから、私に出会うことができたあなたは非常に運が良かったわね。かっこいいわ。」


 唐突に褒めるのやめてください。


「あなたは、『迷い者』よ。」


「まよいもの?」


「古い文献にあったのを読んだことがあるわ。ごく稀に、大規模な魔力の歪にとらわれ、異世界からこの世界へ飛ばされてしまう人間がいるみたいなの。最後にその存在が確認されたという記録があるのは、1000年以上前。当時から生きている生物はいないから、眉唾ものではあるけれど。でも私はあなたを見た瞬間、そうだと確信したわ。どうしてかわかる?」


「どうしてですか?」


「そうじゃなきゃありえないぐらいあなたはカッコいいからよ。」


 それってどうなの?いや真顔で言われても……。異世界に飛ばされた云々は、僕が予想したことに近いんだけど、肝心の裏付けの部分がこの人の主観って。


「冗談よ。」


 冗談かい。


「あなたの笑顔が見てみたくて、慣れないことをしてしまったわ。けど失敗してよかった。ここであなたの尊い笑顔を見てしまっていたら、その瞬間に出産してしまって、話どころではなくなっていただろうから。」


「ちょっと後半言ってる意味が……。」


 想像妊娠ですらないじゃん。想像出産?


「本当のことを言うとね、あなた、魔力を一切持っていないのよ。」


 本題に戻ったらしい。


「この世界のあらゆるものは魔力を持っているの。生物はもちろん、川も空も雨も石も何もかも。けど、あなたには全くない。ありえないことだわ。」


 そう言いながらアーリンはゆっくりと立ち上がった。ただ立ったり座ったりするだけの動作がいちいち絵になるが、だんだん慣れてきた。トンデモ変な人だとわかってきたからだ。


「おそらく、あなたの世界には魔力がない。魔術もない。それが見た瞬間わかったの。他人の魔力量を見て測れる人間はものすごく限られているし、『迷い者』に関する知識を持っている人間はさらに限られている。あなたの運がいいと言ったのはそれが理由よ。ちなみに、ここは北方大陸の南部に位置するルテア王国よ。聞いたこともないでしょう?」


「はい、全く。」


「だと思うわ。だって異世界なんだもの。しかし、こうして言葉が通じる理由は流石の私にもわからないわね。あなたが協力してくれるなら是非とも体の隅々まで実験させてもらいたいところだわ。」


 なんか、言い回しが妙にいやらしいな……まぁ変な意味じゃないよな。


「あ、実験って言ってもあれよ?変な意味よ?」


 変な意味だった。


「だから、この世界はあなたにはわからないことだらけだと思う。幸い私は比較的、お金に余裕がある方だから、ここに好きなだけいればいいわ。妻としてできるだけのことはしてあげる。」


 ん!?あ、そうだ忘れてた!


「あ、あの僕あなたと結婚するとは言ってな……。」


「時間切れだわ。」


 はい?


「どうやら、あなたと同じ部屋にいるのは15分が限界のようね。」


 そう言ってアーリンは部屋のドアに手をかける。


「ちょっと下着をかえてくるわ。」


 ……それ何?さっきから。









「あと、もう一つ、早急に確認したいことがあるんです。」


「どうしたの深刻な目つきをして。下着が足りなくなってしまうわ。」


 そう言い、彼女は長い髪を耳にかけながらスプーンで人参を口に運んだ。色っぽい。元の世界にいたらこんな美人と話す機会なんてなかっただろう。

 戻ってきたアーリンは今度は野菜が入ったスープとワインを軽食にと持ってきてくれた。石像に用意させていたらしい。一口すすると、暖かくてホッとする味だった。


「その、この世界が、僕のいた世界とどう違うか学んでいくのは、申し訳ないけどこの先アーリンさんにお世話になるとしてですね。取り急ぎ解消したい疑問があるんです。」


「お世話になるってのは変な意「こっちに来てからずっと、僕がカッコいい?っていう扱いをみんながするんですけど、それって、流行ってるジョークかなんかなんですか?」


「ジョーク?」


「いや、僕みたいなブ男を、からかうのが流行り、みたいなのがあるのかなって。アーリンさんもそういうこと言うじゃないですか。」


 カシャン。


 その言葉にアーリンはスプーンを落とした。

 変わらず表情はないが、わずかに目を見開いてるように見える。初めて見せた表情の変化だ。


「あなたが、ブ男?」


「え、どうしました。」


「それこそ、流行ってる冗談なのかしら?そちらの世界では、あなたのような美しいものを醜いという、冗談が流行っているの?」


「い、いや違います。僕のいた世界では、だ、誰がどう見ても僕はものすごいブサイクで醜い顔で、それが普通の価値観です。いや、まぁ、当たり前ですけど。だから恥ずかしい話、女性と付き合ったことも、もちろんありません……。これも、そりゃそうだろって話なんですけど。」


 ガシッ!


 恥ずかしくて目を伏せながら話していたら、いつの間にか椅子から立ち距離を詰めていたアーリンに顔を掴まれた。


「この、全ての芸術品が、その意味を消失させてしまうほどの造形が、醜い?」


「まだ、そ、そんな変なこと言うんですか。」


「変なのは私じゃなくてあなたと、あなたがいた世界の方よ。私の個人的な趣向を抜きにしても、あなたのこの顔はね、この世界では、最も美しいと世間が思う顔なのよ?」


「僕の顔が……?」


 そんなことがありえるのか……?


「適当を言ってるようには見えないわね。信じられないことだけど、あなたの世界ではそういった価値観だったのね。しかし、同じ人間のように見えるのに、どうしてこうも価値観が違うのかしら?」


「ちょ、ちょっと、顔近っ。」


「あぁ、ごめんなさい。不快だったかしら。」


 そういってアーリンは手を離した。心なしか寂しげな声色だった気がする。


「え?いや不快ではないですけど。」


「気を使わなくていいわよ。私が顔を近づけて、不快に思わない人間なんていないわ。」


 何その変な自虐。


「こんな『醜い魔女』の顔を近づけてごめんなさい。」


「あ、あとそれも変ですよ。」


「変?」


 これもずっと抱いていた違和感だ。


「奴隷屋でも言われてましたけど、あなたが醜いとか。おかしいですよ。そんなに、う、美しい人が。」


 ―――ピリッ


 何かが裂けるような音が鳴った気がした。


「冗談はやめてちょうだい。」


 彼女の声がわずかに低くなり、その怒りを反映するように空気が大きく揺れ、彼女から青い光があふれ始める。


「さすがのあなたにも、そんな冗談は言って欲しくないわ。からかうぐらい打ち解けてくれたのは嬉しいけど、私は幼い頃から、この醜さが理由で、ひどい扱いをされてきたのよ。あまり気安く触れて欲しくない部分なの。」


 彼女からの圧力は強まり、ガタガタとテーブルと椅子が、いや屋敷全体が震え始めた。


「い、いや冗談じゃありません!待ってください!」


 命の危険を感じて慌てて腕に摑みかかると、青い力はピタリと止まった。彼女は無表情なままの顔をこっちに向けたあと、ありえないといった風に頭を振った。


「……些か卑怯だと思うわ。そんなふうに掴まれたら嬉しくて許してしまうじゃない。……情けないわ。」


 そう言って、ゆっくりと僕の手を振りほどいた。


「取り乱してごめんなさい。……嘘でも嬉しかったわ。」


「いや、だから嘘なんかじゃないですよ!?あなたはとても綺麗です…!」


「そんなわけないでしょう。私は『醜い魔女』なのよ。どれだけの数、私が醜いと言われてきたか、あなたには想像もできないでしょう?」


 あれだけ毅然とした態度をとっていた女性が、わずかに声をかすれさせた。


「私の力が欲しくてそんなことを言ってきた男もいたわ。けど、どれも嘘だった。もう二度と浮かれまいと思っていたのに、あなたに言われると流石に心踊ってしまう。」


 今度ははっきりと、その声に寂しさの色が浮かんだ。表情も、少しではあるが、苦しそうな顔をしている。


「一人で生きる力が欲しくて、必死で生きてきた。でも気づけば本当に一人になっていた。力を身につければ、もしかしたら、誰かと幸せに生きる道もあるかもしれないとも、期待していたのに。今は、この醜さで迫害されていた時の方がマシだと思うほど、孤独でどうしようもないの。」


 涙が出てないだけで、この人はずっと泣いているんだ。表情にも、声にも感情が見えなかったのは、もう誰も信頼しないという決意のせいだった。

 これは、僕にはわかる感情だ。一人で夜のコンビニのレジに立ちながら感じていたこと。誰にも愛されない、長くて退屈な人生を、つらいと思うことから何とか目をそらして、騙し騙し生きてきた。


「だから、あんな違法奴隷のオークションに行ったの。あなたを見つける前から、元々、どんな手を使ってでも、男を手に入れるつもりだったわ。気持ち悪いでしょう?」


 いや、この人の闇はもっと深い。僕と違って、努力をして、その結果、より孤独になってしまったのだから。


「……ごめんなさい、自分で言っておいてなんだけど、私の夫になるという話、白紙に戻してちょうだい。」


 すっ、と彼女の心が再び閉じたのがわかった。


「ただでさえ知らない異世界に飛ばされてきて大変なのに、その上こんな醜い女の世話を焼くだなんて、地獄以上の地獄でしょう。あなたが独り立ちできるまでの世話はしてあげる。その後は自由にするといいわ。今あなたの寝室を準備させてくる。待っていて。」




 僕にできることはないのだろうか


 人生で初めてそう思った。





 部屋を出て行こうとする彼女の肩を、気づけば僕は掴んでいて、そして叫んでいた。


「けけけ結婚しましょう!」


「……!」


 絶句する彼女。表情がわずかに強張った。


「こんな美しい女性と結婚できるなら、もう、最っ高です。」


「だからそんな冗談はやめてと……。」


「冗談じゃないです!」


 僕の剣幕に彼女はビクッとした。


「僕からしたら、あなたは綺麗な人です。この世で一番綺麗な人だ。」


「や、やめて。」


「ああああなたと結婚できるなら僕は幸せです!」


 ぶるっ、と彼女の肩が震えた。


「きっと、僕がこの世界に来たのは、あなたと出会うためです。」


 歯が浮くようなセリフがドンドン出てくる。本気でそう思っているからだ。


 こんな僕を必要としてくれるなら、応えてあげたい。


「僕はあなたを美しいと思う。あ、あ、あなたはぼ、僕を美しいと思う。最高じゃないですか!」


 今まで誰もが僕をみて顔をしかめた。


 そんな僕を美しいと彼女が言ってくれて嬉しかった。


 価値観の違いのせいだろうけど、そんなことは関係なく、今僕の心はとても軽い。


 会って間もないけれど、この人に、どんなことをしてでも恩返しがしたいと思っている。本気で、だ。


「あ、あ、あなたの言葉をか、借りるなら。」


 この気持ちを例えるなら。


「あ、あ、あなたを手に入れたい。そう、僕の下腹部が叫んでます。」





 そう言った瞬間、ふっ、と彼女から力が抜けたかと思うと、そのままバタンと後ろに倒れてしまった。


「わぁ!アーリンさん!?……気絶した!?ちょ、ちょっと、石像たち!来てください!」


 彼女の目からは涙が流れていた。

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