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美女?

「それでは270万ギリー、たしかに頂戴いたしましたぁ……。」


 机に置かれた金貨の山を数え、この奴隷屋の受付らしき男が言った。


「購入後の返品などは受け付けてはいませんのでそこらへんはよしなに。しかし、あんたが男の奴隷を買うとはねぇ……。」


 そう言いながら、男は僕の隣の女性を下卑た瞳で舐めるように見まわした。ねっとりとした話し方をする男だ。


 侮辱するような視線を受けている当の女性は、特に気にしたようなそぶりもなく、背筋を伸ばし毅然としている。


 びっくりするほど美しい女性だ。


 ゆったりとした真っ黒いドレスに身を包んだ女性が、僕を買い取ったその人だ。


 長く輝くような黒髪が、10頭身はあるんじゃないかという体に沿って伸びている。


 主張の激しい大きい胸の上に、小さく形のいい顔が乗っていて、青い瞳はくっきりと大きく、意思が強そうな光を帯びている。


 こんな人に俺は買われたのか……。その事実に、ほんのり興奮を覚えてしまう。


 だが喜んでばかりもいられない。


 なぜ僕がここにいるのか、ここはどこなのか、事情は一切飲み込めてないままなのだ。今が良くない状況なのはわかるけど。


 手足を拘束された奴隷たる僕が、あれこれ質問できる雰囲気でもないことはわかったので、とりあえず黙って流れに身を任せている。


 僕はただ金銭で取引される商品として、ここにいる。


 そしてこの命は、となりの世にも美しい女性の手に握られた。


 ……握ったのがこんな綺麗な人で良かった。


「あんな大金はたいて、何に使うつもりだい?」


「答える義務はないわ。」


 ニヤニヤとした男の問いに、冷静に女性は答える。抑揚はないが美しい声だ。


「おぉ、こわいねぇ……。流石はかの悪名高き魔女、アーリン・ヴォルトレットだぁ……」


 魔女……?


「この世の魔術の理の全てを修めた女ぁ……しかも錬金魔術により個人としては世界最高の富を保有しているとか……そうか……読めてきたぞ、あんたのしたいことがぁ……」


「無駄話はいいの。早く奴隷契約を進めてくれない?」


「その男を生贄にするつもりだろぉ……?」


 僕は思いもよらない言葉にビクッと身を強張らせた。


「そいつの魂と肉体を使って美しさを得ようってわけだ……あんたの魔術なら可能なんだろう……?」


 うそだろ?


 僕は生贄のために買われたのか……?


 というか、大体魔術ってのはなんだ。この人当たり前のように言ってるけど……。


 それにこうやって奴隷が普通に売買されてることもおかしいんだよ

 。

 現代とは思えない建物に常識、そして雰囲気。


 僕は一体これからどうなる。


 心臓が大きくドクドクと鳴り出してしまった。ひどく息苦しい。


 どうする、やっぱり、何としてでも逃げたほうがいいのか……?


 目の前の男を殴り倒してでも……けど人を殴ったことなんてないし……どうすればいい……?このアーリンという女性は、本当にそんな、世にも恐ろしい人物なのか…?


 チラッと横顔を見ると彼女の表情に一切変化はない。


 何を考えているのかはわからないが、生贄だとか、魔女だとか、そんな謂れを受けるようには見えない。


 ただ美しいだけの女性だ。


 ただとびっきり美しいだけの……。


「あんたが唯一持ってないものだもんなぁ。『()()()』は。」


 え?


 また理解のできない単語が聞こえてきた。

 この人が『美しさ』をもっていない、だって?


「だから金で買ったこの男の美貌を奪おうってわけだ……。恐ろしいことを考えるねぇ……。」


 まただ。オークションの時から僕を美貌だか美男子だか言うのはなんなんだ。

 流行ってるジョークなのか?


「これ以上その話が続くようなら出て行くけど。」


「おっと待ちなってぇ。奴隷魔術の行使がまだだぁ。」


「そんなもの私にも使える。家で契約を行うから問題ないわ。」


 そういって彼女は僕の手を握って店を出ようとする。


「ああわかった!どうせ奴隷契約なんてしないんだろう?すぐ殺すんだからぁさぁ。」


 後ろでまだ何か言ってる男にかまわず、彼女は出口へとスタスタ向かっていく。


「冷酷だねぇ、そんなしょうもない奴隷の命なんて、『醜い魔女』アーリン様には路傍の石ころってわけだ!」


 ピクッ


 彼女がその言葉に少し反応した。


「顔がいいだけの男なんてあんたにとってはどうだっていいんだろう。こんなとこで奴隷やってるような、どうしようもない男の命なんて、そりゃあ小枝を折るように奪うんだろぅなぁ、尊敬するよぉ。」


 その言葉に、彼女は歩みを止め―――


「奴隷商風情が、随分と舐めた口を聞いたものね。」


 そして()()()()()()()


 ゴォッという音とともになにか禍々しい圧力のようなものが体から勢いよくほとばしり、腰を抜かしそうになる。猛獣に睨まれた、そんな錯覚にとらわれた。これは、殺気だ。視界が歪んで見えるほど強烈な。


 自然と、体が大きく震え出してしまう。同じことを奴隷商の男も感じてるらしく、目を見開きガタガタと後ずさっていた。


 彼女の口調は変わらないものの、その雰囲気から、怒りが伝わってくる。


「私のことをそこまで知っておいて、よくその態度でいられるわね。感服するわ。」


 青黒い、蒸気のようなものを吹き出しながら彼女は男へと近づく。

 なんだこれ……!?オーラ…?いや、もしかして、さっき言ってた魔術ってこれのことなのか!?


「これ以上は、私のことを挑発しないで頂戴。あなたが少しでも長く、人の姿でありたいのなら。」


「わ、わるかった……!有名人に会えてちょっと舞い上がってたんだぁ!全部撤回するよぉ…!」


 その言葉に、彼女は怒りをおさめたようだ。オーラのようなものは消え、元の空間に戻った。


「舞い上がるのはいいけど。」


 去り際にアーリンは男をギロッとひと睨み。


「もう二度とあんなこと言わないで頂戴。」


 すると男はプレッシャーで失神してバタンと後ろに倒れてしまった。


 それを気にするそぶりもなく、彼女は僕の手を引いて歩き出す。


 ―――人の姿でありたいのなら―――


 ハッタリじゃなかった。


 尋常ではない力をこの女が確かに持っていることを肌で理解してしまった。


 冷や汗が止まらない。


 僕は恐ろしい女に買われてしまったんだ。




 ◆




 奴隷屋を出た後、僕の混乱は深まることになった。夜の町には粗末な木製の建物が立ち並んでいて、どう見ても現代日本には見えない。奴隷屋もそうだったが、いる人間はみんな筋骨隆々な、白人、黒人。日本人らしい人はいない。それならまだいいが、狼男やトカゲ人間もいる。どうみてもマトモな世界ではない。怯えながら、アーリンにどこへ向かうのか尋ねると、彼女の馬車がある町外れに向かっているらしい。


 馬車……?いつの時代の話?


 そう思いながらついていくと、なるほど、馬車は馬車だけど……。


「角が生えてる……。」


 馬に角が生えていた。

 しかも、僕の知ってる馬の二倍はでかい。


「ユニコーンよ。珍しい?」


「いや、珍しいと言いますか……。」


 いるんですね。


「まぁ、本来だったら馬車にできるような魔物ではないわね。」


 なんてことないことのようにアーリンは言い、馬車に乗り込んだ。慌てて後に続く。


 すると手綱すら持っていないのに、アーリンの行く先を理解したのか、二頭のユニコーンはゆっくりと街の外へ歩き始めた。



 ―――――――――――――――――――


「ここらへんでいいわね。」


 1時間くらい経った頃、アーリンは言った。


 しかし、あたりには何もない。てっきり家に向かっているのだと思っていたけど。


「え、野宿をするってことですか…?」


「なぜ?()()()()()()()()()()。」


 アーリンは夜空へと白く美しい手を伸ばし、指を鳴らした。


 その瞬間、彼女から強く青い光が発せられた。


 空気がビリビリと震えたかと思うと、青い光は細かい粒となって目の前に降り注ぎ、それが徐々に形を持っていく。


 そして最後、ひときわ大きく輝いたかと思うと、目の前に恐ろしくデカイ屋敷が現れていた。


「これが、ま、魔術ですか?」


「?決まってるじゃない。……ああ、見るのが初めてなのね。なるほど、そうよね。」


 何がなるほどかわからないけど……。


 目の前の屋敷は、奴隷屋のあった街の建物とは比べ物にならない。造りの質は、素人目に見ても段違いだ。装飾は控えめだが、この持ち主が大金持ちだということがすぐにわかる。


 大きな門は閉まったままだ。

 両脇には羽根を生やしたコウモリの悪魔のような石像が立っている。


 そこへ向かって再び馬車は歩き始めた。

 門は使用人とかが開けるのかな。


「あ、え?……開けないの?」


 一向に開かないにも関わらず、馬車は門に向かって直進を続ける。

 ユニコーンは前に何も障害物がないように足早に歩き、アーリンはそれを気にした様子もない。


「いやいや、門を開けないと、アーリンさん!ぶつかる、ぶつかる!」


「いちいち反応が新鮮で面白いわ。」


 全然面白くなさそうに無表情のままそう言うと、アーリンはもう一度手を伸ばし、指を鳴らした。


 再びアーリンから青い光が発せられたかと思うと、それを浴びた石像が目をギラッと動かした。


 そして二頭の石像は、猫のように滑らかに跳ねたあと、門へと手をかけ、恭しくこちらに頭を下げながら、それを開いた。


 先に待っていたのはファンタジーの世界。


 どこからか門にいた石像と同じものが現れ、ゆっくりと馬車が止まった場所に、アーリンが降りるための足場を備えた。


 ほかの石像はまた恭しく屋敷のドアを開けて待っている。


 中に入ると、お盆を持った石像が二体。そこからアーリンはワインとチーズを1つとって奥へ進む。


 赤く伸びた絨毯に沿って石像が何体も立ち並び、僕たちが通り過ぎるたびに片膝をつき頭を下げる。


 そしてもう1つの扉が開けられ、そこには大きなテーブルがあった。


 その奥に1つに、アーリンは美しく腰掛ける。


「粗末な屋敷でごめんなさいね。」


 いやいやどこがですか……。


 しかし、これだけ非現実的な光景を見ることで、確信した。


 ―――ここは、多分、僕のいた地球ですらない。



 ◆



 わからないことは山積みのままだが、アーリンは一連の出来事が本当になんでもないことのように振舞っているので、何から聞いたらいいのかわからない。


「どうしたの?座って頂戴。」


 迷いながら、アーリンの向かいに座る。足が震えてることに気がついた。


 奴隷屋での出来事、異様な馬車、強大で不思議な力、目の前の女が恐ろしくなっていくばかりだ。


「あの……、僕はどうなるんでしょうか……?」


 やっとの思いで聞いてみた。


「どうしたのかしら、そんなに怯えて。」


 そりゃそうでしょう。


「僕は……奴隷としてあなたに買われたわけじゃないですか。これからどうなるのかなぁって気になりまして……」


「いえ、奴隷にするつもりはないわ。」


 じゃあやっぱり生贄に……!?


「あなたには、私の夫になって欲しいの。」


 意味不明なことがドンドン増えていく。


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