キツイ言葉
港町ベルトコアにて、一つの大きな荷がおろされた。伝票には『ルテア国 衣類』の文字。
港町ベルトコアを抱える小国フィッシュマンは、漁業で成り立っている国だ。国土は隣国ピルフィーから東の沿岸部に細長く伸びていて、領土の実に3割が砂浜で形成されている海の国だ。生産物は1に海産物、2に海産物、3に海産物。ゆえに生活必需品のほとんどでさえも輸入に頼っていて、今日も大国ルテアからそれらを大量に仕入れたようだ。
しかし、その巨大な木箱には衣類以外も紛れ込んでいた。
積み荷の中身を確認するために、商人の一人が木箱の蓋を開ける。その瞬間、箱の中から頭めがけて強力な催眠魔術がかけられた。
「問題ナシ」
幾分機械的に商人がそう言うと、蓋は閉じられ、屈強な奴隷たちによって馬車に積まれた。
そして荷がベルトコアの倉庫に何事もなく納められた数十分後、ガタガタと木箱は揺れ、蓋が内側から開けられた。
そして、黒髪の美女アーリン・ヴォルトレットが現れた。
「……ちょっと!開いたんだから出てくださいよ……!」
「開いてないぞ!」
「開いてるでしょ!アーリンは先に出たじゃないですか!早くどいてください!」
開いたのになぜか外に出ようとしない美少女を押しのけ、頭髪の薄い小太りの男が姿を現した。
続いて、汗をかき肌を上気させながらも、どこか嬉しそうなハーティ・ヘッジホッグが出てきた。
「ジンノ汗かきなんだな!最高だったぞ!においとか!」
「というか、今気づいたんですが、こんなに箱でギュウギュウ詰めにならなくても、空間魔術で中を広くできたんじゃないですか……?もしかして、く、くっつきたいから魔術を使わなかったとか……?」
「……」
「え?アーリン?」
「…あ、え?なにかしら」
僕の恥ずかしい推理が聞こえてなかったかのようなリアクションだ。……ぼーっとしてる?
思えば、船に乗り込む前から、いや、ルテアの城下町から逃げ出した後から様子がおかしい気がする。
「魔術を使わない方がいいというのは私のアイデアだぞ!」
「ハーティだったんですか!ちょっと、アーリンも素直に言うこときかないでくださいよ!」
「わるかったわ」
……やっぱりおかしい。いつもならここで強烈な逆セクハラの一つや二つ畳み掛けて来るのに。
「ヴォルトレット!」
「なにかしらハーティ」
「……なにを考えてるんだ!」
「別になにも考えてないわ。さ、早くこの倉庫から出ましょう」
その後は、アーリンは少しだけいつもの調子を取り戻したようにみえた。
しかし時々黙り込んでは、なにかを考えているようだった。
◆
ベルトコアからは馬車で移動した。ユニコーン、ウルファウス、ライガーを転移魔術で呼び寄せ、いつぞやのようにのんびりとした旅である。目的地はコレット一族の住処だ。
「こんなに堂々と移動していいんですか?」
のんびりと馬車に揺られ、下手したら寝てしまいそうになりながら僕はアーリンに聞いた。
「いいのよ。襲われたら返り討ちにするだけだし」
さすがだ。海上の移動手段がなかったから密入国という方法をとっただけで、敵に襲われることはそこまで警戒していないらしい。
「これから会いに行く、そのコレット一族ってどんな人たち何ですか?」
「アンナ教によって迫害されてる、猫人の一族よ。その一族はみな、アンナ教の敵であった精霊たちと同じように醜いことで、美神アンナに嫌われていたという伝承があるわ」
精霊たちと同じように醜いってことは、みんなめちゃくちゃ可愛いってことかな。あの猫人も可愛かったもんな……。
「コレット大森林での精霊とアンナ率いる聖軍の争いの時は、精霊側についたとされてるわね。そのせいで彼らは歴史上ずっと忌み嫌われてきたの。過去にコレット一族を根絶やしにしようと何度も侵略戦争が起きたわ。その度に何度も住処の森を変えて何とか生き残ってきた種族なの。もともとは北方大陸のコレット大森林に住んでいたとされてるわ」
だからコレット一族か。
しかし、迫害とか差別とか、平然とこっちでもあるんだな。奴隷もいるし、まんま地球の歴史の黒い部分だ。
「でも、そんな人たちが僕たちに協力してくれるんですか?」
「してくれると思うわ」
「どうして?」
「アンナ教を滅ぼしてあげるって言えばね」
とんでもないセリフが飛び出した。
その言葉に、馬車に緊迫した空気が一瞬で流れる。
「ヴォルトレット!それはまさか……」
「余計なことは言わないでハーティ」
なにかを言いかけたハーティを、アーリンは強い言葉で制した。
「ほ、滅ぼすって……?」
「言葉の通りよ。戦争するの」
「ほかに手はないんですか……?」
「ないわ。何百通りの方法を想定してみたけど無理だった」
アーリンの様子がおかしかったのは、このことを考えていたからだったのか。
いやでも、世界最大、最高権力を持つ、宗教に目をつけられたんだ。そのヤバさは想像に難くはないけど……。
「でも、さっき、あいつらに襲われるなんて大したことないって感じで言ってたじゃないですか」
「ああ、それはちょっと強がっただけよ。ずっと襲われ続けたら集中力も体力も切れる時がいずれ来るわ。ただでさえ今は封印に使った魔術の影響で力も落ちてるしね」
……なんだろう。言ってることの筋は通ってるのに、何か引っかかる。……何かを隠している……?
「アンナ教に狙われて、逃げられるところなんて地球上にないわ。こっちから仕掛けるしかないの。その間、ジンノには寂しい思いをさせてしまうだろうけど、ちょっとだけ待ってて欲しいわ」
……寂しい思い?待っててほしい?
「どういうことですか?」
「大丈夫。コレット一族にはジンノに指一本触れさせないように、キチンと交渉するわ」
「言ってることの意味がわからないんですが……」
「アンナ教を懲らしめてる間、ちょっとコレット一族のもとで留守番をしててほしいの」
その言葉に、頭にカッと血がのぼるのを感じた。思わず語気が荒くなる。
「いや待ってくださいよ……アーリンを戦わせて、その間のうのうと待ってるだなんて僕には!」
「足手まといなのよ」
強い言葉に、ギクっとして、言葉を続けることができなくなってしまった。その強い視線に息が止まる。
「わかる?気持ちは嬉しいけど、足手まといなのよ。邪魔だわ、正直」
「そ、それは自分でもわかってますが……」
「ヴォルトレット!!!!」
爆音が鳴り響いた。ハーティの怒声だ。静音魔法なんて吹き飛ばすような、雷のような怒声だ。
「おまえ……そういうことなんだな!?」
「なにが?」
意味不明なやりとり。そして2人は押し黙った。
ハーティが歯を食いしばってアーリンを睨む。怒りか、それか悲しみか、この感情はなんだろうか。
「なら、私もそうしよう、ヴォルトレット」
そして絞り出した声は、彼女らしからぬ小さな声だった。
その声に、アーリンははっきりと、あのアーリンがはっきりと、目を見開いた。
「……わかったわ」
「いや、なにがわかったんですか……?」
「あなたが知ることじゃないわ」
それきり、2人とも僕の声に全く反応しなくなってしまった。
不穏な空気のまま、馬車は進む。
頭が重かった。
役立たず、という言葉が、キツかった。
わかってはいたけど、アーリンはいつも優しかったから。
馬車の外を流れる風景は、目に入らない。
鳥の鳴き声も聞こえない。
僕は落ち込んだ。
なにも頭に入らなかった。
そのあと、おびただしい数の猫人に襲われ、2人がそれを蹴散らし、大地がえぐれ、たくさんの血が流れた気がしたが、そんなことも気にならないぐらい落ち込んだ。
そして僕らはコレット一族の現在の住処である、『ジレの森』の奥地にたどり着いた。
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あと数話で一応第1章完、ということで、この作品を一回寝かせようと思ってます。
他にも書きたいものがあるのでそれも並行して書いてもいいかな、と。
今現在同時に書いてる
「時間よ止まれ!〜時間を止める能力で好き勝手して悪行の限りを尽くそうと思ったら何故か英雄扱いされて困っています〜」
https://ncode.syosetu.com/n6656fc/
も、設定はいいのにイマイチ書ききれてない気がするので、
これも1から書き直して、あげ直してみようかなとも思っています。
もし新しく始めることになったら告知しますのでよろしければ一読をば。