楽々逃亡劇
「か、囲まれてるって…?」
「全員雑魚だけど。雑魚ゆえに殺すのも気がひけるわ。逆に面倒」
「ぬぅー剣が出せれば辺り一帯消し飛ばすのに!!」
ハーティがさっき砕かれた魔石に魔力を込めてるが、剣を取り出すのは無理なようだ。よかった消し飛ばさなくて。
「ど、どうしましょう……?」
ルビオナと戦った時にも思ったけど、こんな時になにもできない自分が情けない……。男のプライドなんて元からないんだけど、あまりにも役たたずだよね……。
「巻きましょう」
アーリンは右手に魔力を込めると、空間に手を差し入れた。そして中からいくつか魔石を取り出した。
「それも空間魔術ですか?」
「そうよ。魔石に込めたのと同じ。けど魔石には込められる魔力に限界があるから、収納できるのは最大でハーティの大剣ぐらいのサイズのものになるわ。それ以上のものは私が直接こうやってしまってるの。家を出した時は魔石を使わなかったでしょう?」
そういえばそうだったな。
取り出した魔石に魔力を込めると、アーリンは黒いドレス姿に、ハーティは白いドレス姿になった。いつもの格好だ。
「ちなみに強力な魔術を込める時は、取り出す時に魔石を壊した方が効率が良かったり、色んなやり方があるのよ。どう?私、色々できて格好いい?」
「格好いいです」
「濡れるわ。さっ脱出しましょう」
……え?ちょっと待って?
「僕の服はないんですか?」
「あー、そうね。うん、ないわ。私ったらうっかりしちゃった」
アーリンにしては歯切れの悪い言い方。これもしかして……。
「……嘘ですよね?」
「嘘じゃないわ。女物しかないのよ」
「コレット大森林に向かう時は魔石から色々服出してくれたじゃないですか」
あの時は何着も出して選ばせてくれた。あんまり質のいいのは着心地が悪そうなので、旅の間はずっと、普通の平民が着てるような貫頭衣を着ていた。
「いつもの出してくださいよ」
「あー、えっと、ごめんなさい、もう新しいのがなくて、まだ洗濯してないの」
「いいですよ洗濯してないやつでも」
「ほら私金持ちだから、一回着たら捨ててるのよ」
「嘘ですよね。夜僕が寝たあと嗅いでませんでした?」
「し、知ってて見逃してたの?」
なぜそこで少し顔を赤らめる。
「女物でいいので」
「だめよそんなの。あ、でもそれでも良いかも」
アーリンが違う魔石に魔力を込めると、僕はピンクのネグリジェ姿になった。小デブブサイクおっさんのネグリジェ姿である。前の世界だったら事案だ。
「……最高」
「さ、最高だ!よくやったぞアーリン!全裸もアリだがこれもアリだ!」
「いや、何遊んでるんですか!そんな事態じゃないでしょ!外は敵だらけなんですよね!?なんて悠長な……。二人の雰囲気に流されてたけど、空間魔術の説明とかも今はいらないし!」
「慌ててるジンノも濡れるわ。でも大丈夫よ本当に雑魚の気配しかしないから。多分教会の支部が勝手にやってることだろうし、城に逃げこめばダメ王がなんとかしてくれるでしょうしね。でも宿屋の主人には悪いから、これを置いていこうかしら」
そういってアーリンは空間から一つの皮袋を取り出した。床に置くと、ジャラジャラと音が鳴った。
「なんですかこれ?」
「修理代よ」
「修理代?」
「さ、出るわよ。ハーティ、ジンノをお願い」
「まかせとけ!」
そういうとハーティがひょいっと僕のことを抱えて肩に担いだ。
「な、なにをするんですか」
アーリンは無視して右手を窓に向けてかざす。
「はっ」
直後、爆音が響き視界が真っ赤になった。
もうもうとした煙にアーリンが魔力を込めて手で一掻きすると風が舞い視界がひらけた。現れたのは外の風景だった。
「さっ、出るわよ」
ふわっと外へ踏み出すとアーリンの足が光りだすと、そのまま浮遊して降りて行ってしまった。
「よっと!」
「うわっ!」
ハーティが僕を担いだまま地面を蹴ると床板が割れる音とともに飛び上がった。夜の街は遥か遠く下。思わずハーティの体にしがみついた。
「お!こわいのかジンノ!」
「はい!こわいです!す、すみません!」
「怖がれば怖がるほどしがみつくってわけか!あざす!」
「え!?なんですって!?」
街の噴水広場の手前の石畳がグングンと近づいてくる。激突する!と思った瞬間、再びドンッという音と共に体が空に跳ね上がった!さっきよりもさらに上空だ。
「どうだジンノ!」
「こ、こわいですすみません!役たたずで!」
「そうだお前は役たたずだ!申し訳ないと思うなら、少しでも邪魔しないように私にしがみつけ!」
「は、はい!」
再び着地、跳躍。生きた心地がしない。
「こ、こんなに派手に逃げて大丈夫なんですか!?それに、アーリンは!?」
「これは目くらましだぞ!私に目が行ってる間にヴォルトレットが馬車とジンノの使い魔の回収をしてるはずだ!宿に置きっ放しもかわいそうだからな!」
再び爆音をあげて跳躍。めくらましにしても随分と派手すぎないか!?
「ほらほら役ただずジンノ!じゃましないようにもっとしがみつかないと!」
「は、はい!すみません!」
「何してるんだ!もっと尻の方を掴んでくれないと安定しないんだが!」
「は、はい!」
「あひっ!そ、そうそう……!」
急に息が荒くなるハーティ。さすがに僕をかついだままだときついのかな…!?
「こ、これあれだな!このまま二人で逃げた方がいいかもしれないな!」
「え!?どうして!?」
跳躍するのをやめ、今は路地裏から路地裏へ高速で駆け回りながら移動している。今なんかちょっと壁走ってた。すごい。
「お、おもったよりも敵が多いようだ!合流しようとするとお互い危険かもな!うん!そうしよう!二人で逃げようジンノ!」
「そ、そうなんですね……!?」
「ああ!これは仕方ないな!よし!もうすぐ街の外だ!出たらすぐ宿を探して!すぐにでもジンノをしばりあげて…!」
「え!?な、なんて言いましたハーティ!?」
「とうっ!」
掛け声とともに一飛びすると、目下に石壁と堀が見えた。街の外に出たようだ。難なく着地して、ハーティが僕を肩から下ろした。と、思ったら、振り返って僕の右手を両手で包み叫んだ。
「さぁジンノ!二人だけの愛欲にまみれた逃避行の始まりだ!」
「あなたすぐ抜け駆けしようとするわね」
声をする方をみると、アーリンとユニコーン、ウルファウスにライガーが勢ぞろいしていた。
「くそう!」
「くそうじゃないわ。もう絶対置いてくから
あなた」
「だからそれはヴォルトレットが決めることじゃないだろう!」
そしてふたたび宿の時のような言い合いが始まった。
いや、それよりもアーリンの足元に縛り上げられて転がっている、黒ずくめの、明らかに刺客ですよーって人の説明を先にしてほしい。白目を向いたまま忘れ去られてる、その隣の刺客Bについても説明が欲しい。
◆
「今頃、ほかの刺客たちは私たちそっくりのゴーレムを追い回してるはずよ」
「ゴーレムって、僕らに化けることもできるんですか?さすがですね」
「でしょう?」
「ジンノ!私は!?私もすごかっただろう!?」
「ハーティには必要以上に尻を揉まされました」
「最悪ね」
「そこだけに注目しないでくれ!」
「まぁ私の尻は後ほど揉んでもらうとして、これ見てちょうだいハーティ」
アーリンが差し出したのは、トンファーを縮小したような形のナイフだった。
「そこに転がってる刺客が使ってた暗器はこれだったわ」
「え!?これって!」
「あなたが開発したものでしょう?」
「……おいおい!じゃああのバカ王……最悪じゃないか!」
「ほんとよ。しかも隠す気もないみたい」
「……どういうことですか?」
「このナイフを使うのはね、ルテアの隠密部隊なの。つまり私たちを狙ったのはルテア国そのもの」
背筋が、ゾクッとした。
「裏切られたんですか……?」
「そうみたいね」
瞬間、あの好意的な王の表情が浮かぶ。あれも演技だったのか。じゃああの城にいた人たちはみんな敵で、いつ殺されてもおかしくなかった、そういうことなのか?
「まぁでも完全な敵なのかどうかは微妙なとこね。あの程度の戦力で私たちをどうにかできるわけがないってわかってるだろうし、部隊が使ってるのも、出どころの知れたいつもの暗器。これじゃルテアは危険なのですぐ逃げてって言ってるようなものだわ」
ルテアは敵なのか味方なのか。だがアンナ教は少なくとも敵になってしまった。
「アンナ教って、世界最大の宗教なんですよね……?そんなのに目をつけられたら……」
「どこにいても面倒なことになりそうね。逃げられるところと言ったら限られるでしょうね」
「逃げ込めるところがあるんですか?」
「敵対勢力……とまではいかないけれど、アンナ教とは距離を置いている部族がいるの」
そこで一息おいて、アーリンは海の方角に顔を向けた。
「『コレット一族』。アンナ教信徒から『忌み顔』として迫害されてる一族よ。ジンノ、奴隷屋で猫人に会ったって言ってたでしょう?おそらくその猫人も、コレット一族よ」
僕の頭に、檻で出会った箱耳の少女の顔が浮かんだ。
夜風に僕の着ているネグリジェがはためいた。
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あと数話で一応第1章完、ということで、この作品を一回寝かせようか迷っています。
他にも書きたいものがあるのでそれも並行して書いてもいいかな、と。
もし新しく始めることになったら告知しますのでよろしければ一読をば。