とにかく無敵
「いやだ!!!絶対にいやだ!!!」
「いえ、これは決定事項よ」
宿屋の一室で、二人は一向に終わる気配のない言い合いをしていた。
「だから!!!なぜ私が置いていかなければならないんだ!!!一緒に旅させてくれ!!!」
「だからダメだって言ってるじゃない。ジンノを騙して、たらし込もうとした罪は重いわ」
「た、たしかに、騙したのは悪かったが!!!私は第二夫人として夫を抱く権利はあるぞ!!!」
「まだジンノはハーティを第二夫人にするとは言ってないわ」
「だから!それはこれからなれるようにヴォルトレットが応援してくれるって言っただろう!?」
「あれはもう無しよ。あなたを第二夫人にすることはできないわ」
「それはジンノが決めることだ!!!」
こんな調子で、二人は僕を置いてけぼりにしたままずっと盛り上がっている。
3人で宿についたあと、城でどういったやりとりがあったのかを、アーリンから聞いた。
―――深い事情はわからないが、教会に目をつけられた。興味もないので事情を探るつもりはない。ルテア王が僕らに面倒がないようにしてくれるだろうが、ほとぼりが冷めるまで旅でもしないか―――
そういった話になったのだが、その旅にアーリンはハーティを連れていかないと言い出したのだ。
「別にあなたが第二夫人になろうと努力することはいいのよ。けど私のジンノへの愛を貶めたのが許せないの。だれが浮気女ですって?」
「ぐっ……だからそれは申し訳なかったと言ってるだろう!お前ならわかるだろう!ジンノをどうしても、どんな手を使ってでも手に入れたいという気持ちが!」
「それはわかるわ」
「だろう!?この厚ぼったくてセクシーな唇をどうにかしたい、どうにかされたい、どうにでもしてって気持ちわかるだろう!?」
「ものすごくわかるわ」
「この上品に薄くなっている頭髪を、一本一本口に含みたいという気持ちわかるだろう!?」
「わからないはずがないわ」
「この愛らしくも丸っこい大きめな鼻にパクつきたいという気持ちは!?」
「常に持ってるわ」
「じゃあこの紅蓮のごとき情熱的な欲望がゆえに、ついつい嘘をついてしまうというのは致し方ないことではないだろうか!?」
「まったくもってその通りね」
―――あれ!?
「けどこの鼻は、パクつくというよりは背中に這わせてほしいというほうが正しいと思うのだけど」
「くぁー!たしかに!じゃあ、あの太ましい腹はどうだ!実にまたがりたくないか!?」
「いえ、それよりは私の顔をあの腹で押しつぶしてグリグリして欲しいわね」
「ぬぁー!!!!!!」
いやぬぁーじゃなくて。
―――そんな感じで、喧嘩はいつのまにか収束していた。
その後は僕を題材にした猥談で二人は長いこと盛り上がっていた。めちゃくちゃ仲良いよなこの二人……。しかし声のボリュームは恥ずかしいから落として欲しい。
◆
「ここから南下するとジムフィという港町があるわ」
テーブルに広げた地図を指でなぞりながらアーリンは言った。
「そこから船で中央大陸に渡って、ピルフィーに入国するのはどうかしら。気候も安定してるし、過ごしやすいわ。海沿いに西へ行けば芸術都市カートルードもある」
「芸術都市か!よくわからないんだよな芸術って!ジンノだってきっと退屈するぞ!」
「あなたとジンノを一緒にしないでちょうだい。きっとジンノは自身が芸術作品が如き存在であるがゆえに、美的感性に優れているはずよ。筆をとれば美しい絵画を描き、楽器を持たせればそこは音楽祭。歌えば辺りで花が咲き乱れるはずよ。ねぇジンノ?」
「僕まったく芸術わかんないですよ……」
「そんなとこもかわいいわ」
「なんだっていいんですね……」
でも芸術都市か。たしかに観光するのには楽しそうな響きがある。
「どんなところなんですか?芸術都市って」
「変人たちの街だぞ!住人の10割が芸術家なんだ!」
「10割!?」
「その都市に住む人間は、何かしらの分野の芸術に従事することが義務付けられてるの。資源に乏しい小国のピルフィーが、苦肉の策で生み出した観光政策の一つが、芸術都市カートルードなのよ」
「おかげでそこら中で歌は歌うわ、壁に絵を描いてるわ、騒がしいところなんだ!いけ好かないだろ!?そう思わないかジンノ!」
「いやちょっと面白そうですね」
「えー!そうか!?……まぁでもジンノが行きたいなら仕方ないかなぁ!」
「ハーティは行きたくないんですか?」
「んんー……行きたくないってわけじゃないが!」
「あら、正直に言ったらいいじゃないのハーティ」
その言葉にピタッ、とハーティが静止した。そして顔が引きつらせたまま、ギギギッと音を立てるようにゆっくりとアーリンの方を向いた。
「おい!ヴォ、ヴォルトレット!言うなよ!?」
「芸術都市には元カレがいるから行きたくないのよね?」
「うわぁー!!!」
―――言葉の途中で遮るようにハーティが飛びかかったが、いつのまにか形成されていた魔法陣に阻まれた。
「なんで言うんだ!!ジンノの前で!!」
「あら、隠し事は良くないわ?これから第二夫人になろうって思ってるなら、包み隠さず話さなくちゃいけないとわよね?」
「おまえ!!!仕返しだろそれ!!!意地汚いぞ!!??」
魔法陣にしがみつきながらハーティが抗議する。白いドレスの裾がめくり上がっていてあられもない姿だ。しかし美少女はなにしても可愛い。
これだけ美少女なのだから元カレの一人二人そりゃいるだろう。あ、こっちの世界だとブスの扱いなんだっけか……慣れないな……。
ただまぁハーティは物凄く強いし、ルテア国のお偉いさんみたいだし、恋人の一人や二人……、うんうん。普通だよな。仕方ない仕方ない。
……あれ?僕もしかして、結構ショック受けてないか?
「ハーティ……恋人がいたんですね」
口をついて出た言葉は、随分落ち込んだ声色になってしまった。
「ち、違うぞジンノ!!元カレではない!!元許嫁だ!!」
「同じようなものじゃないの。元カレと一緒だと思うわ。きっとその人に処女も捧げたんでしょう?」
「ふざけるなヴォルトレット!!!私の処女はジンノのものだ!!そうだよなジンノ!?」
聞かれても困る。
「いや、気にしてないです……元カレがいたって不思議ではないですよ。僕は気にしてないです。大丈夫ですよハーティ。気にしてないです……いやいやほんとに気にしてないですよ?」
「気にしてるじゃないか!!!違うんだ!!説明させてくれジンノ―――」
―――ハラリ
その瞬間、意味がわからないことがおきた。
両手を広げて必死に訴えるハーティの服が、するっと落ちたのだ。
全部。
そして目の前には、突如として全裸の美少女が現れた。
なんだ……?なにがおきた……?
「おぉ!?なんだ!?」
「ハーティ、いくら焦ったからっていきなり全裸で迫るのは品がないわよ?」
「そ、そこまでしなくても僕は気にしてないですって!」
「違うぞ!!私は何も―――」
―――ハラリ
次の瞬間、アーリンの服と、僕の服も落ちた。
そしてカシャカシャとおもちゃのような軽い音を立てて、ハーティの剣が収納されている魔石が砕けた。
―――そして部屋は漆黒に包まれた。
明かりが落ちた、というようなレベルではない。
完全なる漆黒。
目を開けているはずなのに、自分以外の物が一切視界から消えた。
「―――縛縛縛」
「うあ!?」
突然脳に直接声が響いたかと思うと、手足が固まり動かなくなった。
敵。
敵襲だ。
間違いなく、悪意を持って攻撃されている。
いつ?どうやって?だれが?
そして目の前の闇からゆっくりとそいつは現れた。
「―――武装解除、のち、捕獲。完了せり」
能面のような顔をした、青白い肌の女性だ。白い着物のようなものに身を包んでいる。
「悦、悦、悦。なんと脆弱か―――」
笑うと真っ赤な歯がずらっと現れた。恐ろしい形相だ。
「ようやっと恨みを晴らせる。妾のことを忘れたとは言わせぬぞ魔女よ。この魔術、貴様にはとうと解けはせぬ―――」
ケタケタと笑いながらその女性は勝利宣言をした。
「―――何万という魔術を重ねがけしてある。一つ解くのに宮廷魔術師をして数時間かかる代物を万と重ねた至極の呪術だ。それを一つ一つ解くような時間はあるまい。その前に、妾が貴様の首をねじり切「うるさいわね」
―――アーリンのいつものなんでもないような声が、どこからか響いた。
そして、ゆっくりと、その女性はぐりんっと白目をむいて、崩れ落ちた。
「……え?」
倒れた直後、暗闇はじわじわと光を取り戻していき、瞬く間に元の部屋に戻った。
能面女が倒れた後ろには、裸のアーリンが立っていた。
「解くのに7秒もかかっちゃったわ。本調子には程遠いわね」
ぐっぱぐっぱと手を握っては開きながらアーリンは不満を漏らす。
「教会の刺客か!」
「そうでしょうね」
「なんだルテア王は!役立たずだな!抑えてくれるんじゃなかったのか!」
「ほんと使えないわ」
全裸の美少女二人はいたって平静を保っている。
―――いやいやおかしいって。今ピンチじゃなかったの?
「なにがおきたんですか……?」
「何も起きてないに等しいわ。雑魚を一人始末しただけ」
「服が一着ダメになったぞ!最悪だ!雑魚のくせに!剣が入れてた魔石も砕かれた!取り出せないじゃないか!」
「そんな軽い感じなんですか……?なんかアーリンさんとものすごい因縁がある感じでしたよ?」
「こんな気色の悪い女知らないわよ。覚えていないわ。なんか昔にあったんでしょうけど、こんな雑魚のこといちいち覚えていないもの」
……無敵だこの人たちは。強敵フラグめちゃめちゃ立ってたのに。根元からぶち折ってしまった。
「―――あぁ、面倒ね。この宿囲まれてるわ」
ただピンチは続いているらしい。
久々の更新になってしまいました。
今日から再開していきますので、
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