不穏な空気
教会を出て森の外へもどる途中、魔物に襲われることはなかった。
そのため行きの半分以下の時間で森を出ることができた。
Sクラスの魔物であるライガーがいて、ハーティとアーリンもいるこの状況では、襲われる方が不自然らしい。
「少し疲れたし、今日は出発せず馬車で一泊しましょう。その、まだ、耳も舐めてないことだし」
森を出て馬車へ向かう途中アーリンが言った。無表情ながらも頬はほんのり赤い。微妙にこっちを見ないように顔をそらしている。恥ずかしいならしなくていいのに……。
「ああ!!それがいいな!!次はやめてと言ってもやめないからなジンノ!!」
ハーティは対照的にこっちをガン見の上ニンマリといやらしい顔だ。
「そ、そんな顔で見ないでくださいハーティ」
その瞬間、ハーティから笑顔が消えた。
「え!?いま私どんな顔をしていた!?」
掴みかかって聞いてくるハーティ。
「すごくイヤらしい顔してましたよ……」
その言葉に、ハーティの顔は固まったあと、
口をパクパクとして驚いた表情になり、そしてみるみる真っ赤になっていった。
「い、言うな!そんなこと!!」
「え、あ、すみません」
「私に!!表情が!!あったのか!?」
「はい」
「どんなだ!?いつからだ!?」
何をそんなに焦ってるんだ?
「いや、さっき僕のみ、耳を舐めるって決めた時からイヤらしい顔してましたよ。舐めた後なんてそれはもう……」
「だから言うなそんなこと!!」
そういってハーティは遠くへ走って頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。自分が言わせたのに……
「ハーティは戦いの最中、敵に情報を与えないために笑顔を崩さない訓練をしてきたのよ。そのおかげであの張り付いた笑顔以外は見せないし、感情の起伏もほとんどない子だったの」
そうなのか……だから表情の変化を人に見せることに慣れてなくて、恥ずかしいのかな。
「それがこの数日だけであんなに変わってくるだなんて、すごいわジンノ。あなたのおかげよ?あなたが、あの戦いしかなかったハーティを救ってるのよ」
「僕は何もしてないですよ」
「あの子に恋をさせてくれたじゃない」
真顔でそんなことを言われると恥ずかしい。いや、真顔じゃないか?、ほぼ真顔ではあるけど、薄っすら笑ってるような……。
「アーリンも、表情が出て来ましたよね」
仕返しがしたくてそんなことを言ってみた。
「あなたのおかげよ?ありがとう」
あ、そこはアーリンは恥ずかしがらないんですね……。
「―――あら?誰かしら?」
アーリンが何かに気づいた。見ると馬車の前に、修道服を着た男性が立っていた。茶色の短髪に髭を蓄えた壮年の男性で、襟首に金色の長方形のバッヂを着けている。
「あの格好は、アンナ教の人間だな。しかも司祭クラスだ」
遅れて気づいたハーティが隣で言った。司祭っていうと、結構偉い人じゃないか?なんでここにいるんだ?
「お疲れ様でございました。ルテア近衛騎士団騎士団長ハーティ・ヘッジホッグ様。そしてルテア王国魔術顧問アーリン・ヴォルトレット様。この度は我がアンナ教の依頼をお引き受けいただいて、大変感謝しております」
こちらが近づくと、両手を広げて笑顔で彼は言った。人懐っこい表情で、綺麗に並んだ歯が眩しい。目は細く、笑うと糸のようだ。いい人そう、というか、いい人そうって言って欲しそう、みたいな態度だ。僕が苦手そうな感じ……。
……いやそんな風に邪推するのはよくないな。最近は鳴りをひそめていた卑屈な部分がでてしまった。いい男を目の前にするとダメだな。
「胡散臭い笑顔を見せる前に名乗って頂戴?」
容赦ないアーリン。でもちょっと気分がいい。
「申し訳ございません。私はアンナ教の信徒でございまして、ルテア支部にて司祭を務めますジム・ウィルと申します」
アーリンの態度にひるむことなく、いかにも申し訳ないといった風な顔をして彼は返した。
「その司祭が何の用?」
「今回の依頼は極めて特殊でございました。魔物異常にあわせて、チット侯の帰還が遅れていた。敬虔な信徒であるチット侯に何かあったのではと大司教様は心を砕いておりました」
お可哀想に……と頭を抱えて悩ましげにするジム。
「優秀な魔術師であるチット侯のこと、そして稀代のの騎士と魔術師であられるハーティ様とアーリン様のこと、必ずやご無事であろうとは申し上げたのですが、こうして大司教は私めを遣わされた、ということなのです」
「チット侯は死んだぞ!!」
「なんと!?それは一体……なにがあったので―――」
「それはルテア王にまずは伝えるわ」
ジムの言葉を遮ってきっぱりと、アーリンはそう言い切った。それを受け、ジムの笑顔に一瞬だが陰が差した。ゾッとする表情だった。
「失礼いたしました。お二人は正式にはルテア王の依頼ということでこちらにいらっしゃるのでしたね。まずは報告はルテア王に、というのは極当たり前のことでございました。」
彼は恭しく頭を下げた。
それをみて僕の頭に一抹の不安がよぎる。
―――何だろう、彼がこうして来たことと、彼の態度への違和感は。
「つきましては、ルテア王国への護衛を務めさえていただきたく思います」
「勝手にすればいいわ」
「別に護衛なんかいらないぞ!!」
2人の表情の変化を見ていた僕にはわかる。
―――アーリンとハーティは、この男を警戒している。
僕たちが馬車に乗り込むと、ジムは自分の馬にまたがった。
ユニコーンはゆっくり歩き出し、その後ろをジム、ウルファウス、ライガーと続く。
話の流れですぐ馬車に乗り込むことになってしまったので、ウルファウス達はついてくるライガーに若干緊張しているようで可哀想だ。説明も何もできなかったからな……。僕を乗せて歩いていたのを見ていたはずだから、敵ではないのはわかっているだろうけど。
「最悪だわ。せっかくゆっくりしてから戻ろうと思ったのに」
顔を前に向けながら、僕だけに聞こえる小声で隣のアーリンが言ってきた。ハーティは無言で目を瞑り胡座をかいている。いつもの機械的な笑顔を貼り付けたままだ。
「あのこれって、どういうことなんでしょう?」
「監視でしょうね」
「監視?」
「教会が私たちの何を探ってるのかわからないけど、私たちが話す内容次第では殺すつもりだったんじゃない?」
言葉の重みにギクっとした。
「何だか知らないけど、目をつけられちゃったのかしら。面倒だわ」
不穏な空気のまま、馬車はゆっくりと草原を進んだ―――
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