耳舐め
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長い詠唱を続けるアーリンさんの右肩に、ハーティさんの左手が乗せられる。二人の魔力が合わさって、石板の上に巨大な光の魔法陣が描かれる。
その光に慰められるかのように、石板から立ち昇っていた尋常ではない気配が少しづつおさまっていった。
―――が
「あ、これ駄目ね。抑えられないわ」
アーリンさんが不穏なことを言った。
「抑えられないって!?大丈夫なんですか!?」
「全く大丈夫じゃないわ。悪しき精霊、解放され放題の滅亡し放題よ。冗談だけど」
「いやそんな簡単に滅亡って、あ、冗談ですか……」
「かわいいわジンノ」
こんなブ男からかって何が楽しいんだか……
「でも魔力が足りてないってのは本当よ」
「ヴォルトレットと私の魔力を足しても足りないなんて相当だよな!!戦ってみたいぞ悪しき精霊!!」
「だめですよそんなの!どうしましょう……?」
「申し訳ないのだけど、ハーティ、あなたの魂を貸してくれるかしら?」
「いいぞ!!」
「ありがとう」
アーリンさんが自分を抱きしめるようにしてから跪き、詠唱を始めた。その体をハーティさんが後ろから抱きしめ、その首元に顔を埋める。美しい二人が一つの彫刻のようになって祈り始める。
すると二人の体から、半透明のアーリンさんとハーティさんが抜けて出た。
2人の息が荒くなっていく。詠唱は続き、二人の魂がゆっくりと石板に吸い込まれていく。
―――そして部屋に静寂が訪れた。
「ぷはぁ!……はぁ……はぁ……流石に……!はぁ……きついわね……!」
「だはぁ!……はぁ……はぁ……力が入らないぞ……!」
二人が胸を押さえながら地面に倒れ込んでしまった。今にも気を失いそうだ。
「どうしたんですか!?今、二人の魂みたいなものが出てった気がしたんですが……」
「はぁ…はぁ…魂よ。……半分割いて封印に使ったの……限界を超えた魔力が必要だったから仕方ないわ……」
「…し、死にはしないぞ……!でも流石に堪えたな…!」
しばらく息を整えた後二人は立ち上がった。
さっきの激戦でさえ涼しい顔をしていた二人が、額にびっしょりと汗を滲ませ、濡れた髪が顔に張り付いている。
「ふぅ。しばらくすれば回復するわ。ただ1ヶ月は半分以下の力しか出せないでしょうね」
いつものように平然と言うアーリンさん。
―――自分の無力さが憎い。悔しいな……二人の力になれないのは。
「すみません……」
「どうしてジンノがあやまるんだ!!」
「そうよ。そんな顔して濡らす気?」
「舐めさせてくれ!!」
「いや、全く力になれないし、足手まといで申し訳ないなって思いまして……。魂を半分割くだなんて、絶対危険な魔術でしょう?離れてくださいハーティさん」
犬のように舌を出し、舐めようと飛びついてきたハーティさんを引き剥がす。
「気にするな!!気にするなら舐めさせろ!!」
「羨ましいわハーティ。私がそんなことしたら心拍数が上がって死んでしまう。後でどんな味だったか教えて頂戴」
「……あ!!そうだジンノ!!そんなしょうもないことより大きな問題があるぞ!!」
「しょうもないことって……」
本当に二人は気にしてないみたいだ。救われるが、このままじゃいけない気がする。どうにか二人の力になる方法を考えないと……。
ん?というか、大きな問題ってなんだ……?
「ジンノさっき、私たちのこと呼び捨てにしてただろ!!!」
「……!?それは本当なのかしらハーティ!?」
聞き捨てならないとばかりに掴みかかってくるアーリンさん。珍しく必死な表情だけど……
「え、あ、はい。それがどうしたんですか……?すみません、あの時は必死でつい……嫌でしたかね?」
「「嫌なわけない!!」」
◆
「しかし、あの女の目的は何なのかしらね」
転がっているルビオナの首をひょいっと持ち上げるアーリンさん。
「ボスがどうとか言ってたな!!何かしらの組織で動いていたんだろうな!!」
「精霊解放だなんて……反アンナ教勢力かしら?」
「この世界でアンナ教に敵対することがどういう意味か、わからないでもないだろうにな!!」
アンナ教はこの世界での最大宗教だ。その教えは各地に根付き、絶大な権力を誇っている。
「反アンナ教勢力として知られる組織って、ないんですか?ハーティさん?」
他の宗教とか、そういった存在があれば対立があってもおかしくない。
そう思って聞いたが、ハーティさんは答える気配がない。こっちを見てニンマリとするばかりだ。
―――あ、そうだ、しまった……。
ゆっくりとハーティさんが近づいてくる。有無を言わさぬその態度に、観念して僕は左耳を差し出した。その耳を―――ハーティさんが舐めた。
ちろちろと、耳たぶを遊ぶように舐めてくる。
「……んふっ……はぁ……ジンノ……」
それが徐々に強くなっていき、耳全体を咥えたり、穴をほじるようにして舌を入れてきたりする。ピチャピチャという音と、ハーティさんがうわ言のように僕を呼ぶ声が耳元に響く。
「ぷはぁ……あんっ、ジンノ……ジンノぉ……」
太腿で挟むように抱きついてきた。細い腰が震え出してきて、押し付けられる。
「むふぅ…はぁあ…ジンノぉ……ジンノも……ほらっ……」
これ以上はマズい……!
「ちょっと……もういいでしょ!」
肩に手を置いて引き離す。その顔にドキッとした。その目は想像以上にどう猛で、いつもの快活な笑顔とは違い妖艶な、挑むような顔だった。
いやちょっと……エロすぎ……。
「んふぅ……決まりは決まりだからな!!気をつけるんだぞ!!」
紅潮した顔で口を細い指でぬぐいながらハーティさんが言った。
「……はい」
「ほら!一回呼んでみてくれ!!」
「……ハーティ」
「うむ!!!」
ニンマリ笑っている。そんなに嬉しいのだろうか。
―――実はさっき話し合いで、これからは二人を僕が呼び捨てにする、ということに決まったのだ。というか無理やり決めさせられた。そして、「もし間違えてさん付けでよんでしまった場合は罰ゲームとして耳を舐める」、ということになった。これもすごく無理やりだった。絶対に嫌ですというと、さっき僕が言った「足手まといで申し訳ない」という言葉を引き合いに出され、足手まといだと思うなら言うことを聞けと脅された。
これまでになく二人は強引だった。ハーティはともかく、アーリンさんまで頑固だった。いつもはセクハラしてきても、やめてくださいと言うと結構すぐ引き下がるのに―――
見ると、アーリンさんも頬をうっすら紅潮させていた。
「反アンナ教勢力、というのは無いに等しいわ」
何事もなかったかのように、さっき僕がハーティに聞いたことに答えるアーリンさん。え、普通に続けるの?
「そんなものがあれば全力でアンナ教が潰すのよ。邪教を潰せと神託が降りたとか何とか言って。アンナ様って随分嫉妬深いみたいね。しょうもないわ。こんなことを言ったら教徒に襲われそうだけど」
「……あなたは信仰してるわけではないんですか?」
「してないわ。この世で一番美しいとされるアンナ様に、私の気持ちがわかるはずないもの」
子供の頃から醜いとされて差別されてきた、と言っていたけれど、それはどれくらい酷い扱いだったのだろう。無表情なその横顔からは伺い知ることができない。
返す言葉に困ってしまい、その気まずさを紛らわせるように、石板の裏側に回った。
―――そこで驚くべきものを見つけた。
「え?これ……日本語だ」
そこには日本語が書かれていた。この世界の言葉を聞いて理解できても、読むことはできなかった僕が、読んで理解することができる。
「どうしたのジンノ?」
「アーリンさんこれ……読めますか?」
「いや、読めないわね。」
「私も読めないぞ!!」
遅れて石板の裏側に回り込んできた二人に聞いたが、こんな言葉は見たことすらないと言う。
「これはジンノの国の言葉なのかしら?」
「そうです。日本という国の言葉です」
「そうなの。どういった偶然なのかしら」
「『迷い者』って、僕以外、ほとんどいないんですよね?」
「そうよ。比較的多く情報が残っているのは1000年前の迷い者。しかし、この石板はアンナ様が精霊を打倒した後のものだから、3000年前のものということになるわね。しかもこれを建てたのはアンナ教のはずだから、当時のアンナ教の魔術師にニホンという国からの迷い者がいたか、もしくは」
「アンナが迷い者か」
―――それを口にした時、部屋の温度が下がった気がした。気のせいかもしれない。ただ、僕たちはこの瞬間、何か禁忌に触れてしまったような予感がした。
「その石板にはなんて書いてあるの?」
「えっと……『美しいものは美しく、醜いものは醜くあれ』ですね」
「なにそれ嫌味ったらしい。改めて言うことじゃないじゃない。まあいいわ。とりあえずルテア王に報告に行きましょう。面倒な仕事もこれで終わりだわ。チット侯のことも家族に伝えなきゃいけないわね」
「あの……チット侯というのは誰なんですか?」
「少し魔術を教わったことがあるだけ。それだけよ」
アーリンさんの表情はピクリとも動かない。
今回の調査は一回断ろうとしたものだ。それをチット侯の名前が出たことで引き受けたのだから、それなりに縁がある人物のはず。
そんな人物の死にも、彼女の感情はほとんど動かない。
彼女はどれだけ世界に興味がないのだろう。少し悲しくなる。
「私が興味があるのはジンノのことだけよ」
「……また心読みました?」
「何でか読めちゃうのよね」
そう言って、ほんの少し彼女は笑った気がした。この表情が、これから先、少しでも世界に向けばいいなと思う。
「さぁ戻ろうか!!腹も減ったぞ!!」
石板のことにさして興味がなさそうだったハーティさんが言った。
「そうですねハーティさん」
そう言って、はっ、とした。
彼女は獲物を見るような目つきに変わった。
「まったく!!そんなに舐められたいのか!!」
「ち、ちがいます。ちょっともう勘弁してください」
「あの」
え?
「あの、私も。その、あれなのよね」
見るとアーリンさんが、いつもの凛とした表情でこちらを見ながら、何か言いたそうにしていた。
「あの、ほら、ハーティだけじゃないじゃない?私も。その、そうじゃない?」
……珍しい……!アーリンさんが、言い淀んでいる!どうしたんだ……?
「ヴォルトレット!!だめだぞ!!」
咎めるようにハーティが言い出した。
「いつかジンノの子供が欲しいと言っていたじゃないか!!もっと言いたいことは言わないと!!第一夫人だろ!!」
第二夫人を前提とした言い方……!ハーティとも結婚するとは言ってないのに。
「ほら!!そんなんじゃジンノが誰かに取られるぞ!!」
「あの、さっき、ジンノ、私のこと、さん付けしてたのよ」
あ
そういえば……。
「だから、わたしにも、ほら」
他の人間に比べたら、まだそれは無表情の範疇かもしれない。しかしアーリンさんの場合は別だ。これは彼女の最大限の『恥じらった顔』だ。
頬を紅潮させ、心なしか潤んでいる美しい瞳でじっと僕を見つめた後、彼女は意を決して言った。
「耳、舐めさせて、ちょうだい?」
僕の嫁は世界一可愛いです。
面白い!とかアーリン可愛い!とかハーティエロい!とか思ったら、ブクマ、評価おねがいします。
執筆活動を始めたばかりなので、ご感想ご指摘くだされば嬉しいです。どんなものでも嬉しいです。
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