化かし合い
2108/11/13
バトルシーン加筆修正しました
「ずいぶんと厚かましいのねあなた」
アーリンさんはいつもの何でもない調子で言う。しかし意識は既に戦闘態勢に入っているらしく、広い部屋に彼女独特の圧力が充満していた。
「なんでそんなことしなきゃいけないのかしら。死にたいなら自分で死になさい?」
「わかってないわねぇぇぇぇ?アタシは自殺志願者じゃないのよぉぉぉぉ?」
ニヤァと禍々しく笑い、彼女は言う。
「楽しませてちょうだいぃぃぃ?そこの男は大したことなくてつまらなかったのよぉぉお」
―――鎌で差した先には、すでに白骨化が始まった屍があった。
「チット侯を殺ったのか!?」
ハーティさんが叫ぶ。
「あらぁ?怒らせちゃったかしらぁあ?」
「怒るとかはないがな!!戦いに身を置くとはそういうことだ!!ただ」
ショートソードに魔力を込め、チャキッと握り直しハーティさんは笑う。
「チット侯を大したことないと言えるお前には興味があるぞ!!」
「あはぁ?どうやらあなたの方が話がわかりそうねぇぇぇ?」
鎌をまっすぐこちらに向け、殺意をたちのぼらせる彼女。この状況を、心底楽しんでいるような、心底歓迎しているような、狂った笑顔に背筋が凍る。
「アタシは『敗北狂い』ルビオナ・テスタドールぅぅ。ああ嬉しくて名乗っちゃったわボスに怒られちゃうかしらぁぁ」
ルビオナはくるくると回り出し歌うように名乗った後―――
「まぁいいわぁ!アタシのこと、殺すときは精々痛くしてちょうだいねぇぇぇ!」
―――地面を蹴り、超低姿勢でこちらへと向かってきた。しかしそのスピードは
「……おそい?」
ハーティさんとアーリンさんのめまぐるしい戦闘に見慣れたからか、おそろしく遅く見える。そして緩慢とも言えるような動作で鎌をハーティさんに振り下ろし―――そのままゆっくりと前のめりで倒れてしまった。
ルビオナはそれきり動かない。何事もなかったかのように、一瞬で部屋に静寂が戻った。
「……え!?……もう殺したんですか?」
「殺してないぞ!!こいつには色々話を聞かないといけないからな!!」
倒れたルビオナからじんわりと赤いシミが広がる。目にも留まらぬ速度で斬り伏せたらしい。達人だ……!
「口ほどにもなかったな!!!ただの狂人だったか!!!」
そう言ってルビオナを起こそうとかがみ手を伸ばすハーティさん。首ねっこを掴み、猫か何かのようにぶら下げて笑う。……彼女が敵じゃなくて本当に良かった。
「さぁこいつを外に縛り付けて、石板の調査でもしようか!!!」
そう言って振り向いた彼女は―――先ほどのシーンの巻き戻しのようにそのまま前のめりに倒れた。
「―――楽しぃわぁ」
―――同時に真後ろから不吉な声がした。振りかえるとハーティさんが捕らえているはずだったルビオナの大きく開いた口が目に入った。そして血のついた二つの鎌が僕に向かって振り下ろされるのが見えた―――が次の瞬間には機関銃のような衝撃音とともに、ルビオナは氷柱で串刺しになっていた。
「随分と芝居が上手いのね。けどあまり調子に乗らないで頂戴。それだけで埋められるような戦力差じゃないのよ?」
右手を向けながら冷たく言い放つアーリンさん。串刺しになったことにも気づいていないような笑顔でゆっくりとルビオナは後ろに倒れた。
「あなた、もっとしっかりジンノのこと守りなさい」
『め、面目無い』
「いやガウガウじゃなくて」
ライガーはちゃんと謝ってるのだがアーリンさんには言葉が通じない。反応できなかったライガーは落ち込んでいるようだ。
「しかし、ハーティに斬られる前より確実に魔力量と速度が増していたわ。……なるほど、吸収したのね」
氷柱が刺さった傷口からはわずかに光が反射して見えた。
「魔石を皮膚の下に仕込んでいたんだわ。そこからハーティの魔力を取り込んだってとこかしら。気持ち悪いことするのね。ほとんど生物兵器じゃない」
「ハーティさん!大丈夫ですか!?」
倒れたハーティさんに駆け寄ると、ビクビクと痙攣していた。背中には浅くない切り傷が十字についている。
「あっ、ひんのぉ。らいじょおぶらぁ」
「大丈夫そうじゃないですよ!?」
「鎌に毒が塗られてたようね。小細工が多い子だわ。丈夫なハーティがこんなになるなんて、即効性の致死毒かしら」
「致死毒!?し、死んじゃうじゃないですか!」
「ハーティが毒で死ぬはずな―――」
ドサッ
アーリンさんの言葉が途中で途切れ、倒れる音が聞こえた。バッと振り向くと―――これは悪夢の中だろうか―――アーリンさんを見下ろす不吉な笑みが再びそこにはあった。
「あたしの芝居も大したものじゃぁなぁぁい?二度も騙されるだなんて思ってなかったでしょうぅぅ?心臓を貫いたぐらいで安心しちゃぁだめよぉぉ?」
アーリンさんのであろう血液を鎌から舐めとるその姿は恐ろしく不吉で、汚らしい。依然氷柱で串刺しになったまま、ケタケタと彼女は笑う。足が震えるのが止まらない。
「アーリンさん!!!!」
「私以外耐性がないはずのオリジナルの毒なんだけどぉぉ、二人ともちゃんと化け物なのねぇ死なないだなんてぇぇぇ?」
「あぅ……あぁあぅう」
見るとアーリンさんもひどく痙攣している。
「あぁ二人ともすごい魔力量ねぇぇ?力が溢れてるわぁぁ!」
ゴゥッとルビオナから魔力が溢れ出す。その奔流だけで気を失ってしまいそうだ。
「勿体ないわぁこの魔力ぅ、ねぇそこの男、受け止めてくれないかしらぁ?……あら?」
何かに気づくと彼女はピタッと魔力を操るのを止めた。そして興味深そうな顔でこちらを見つめてきた。
「夢中で気づかなかったけどぉぉ、ずいぶん美しい男なのねぇぇ??」
強烈な表情を収めた彼女は、美しい顔を見せた。戦いに興奮しているのとはまた違った表情でペロリと唇を舐める。
「ちょうど昂ぶってしまったとこなのぉぉぉ。鎮めてくれるかしらぁ…?」
「ラ、ライガー」
『いつでもいけるぞご主人』
ずっと僕を守るように身を寄せていたライガーが低く唸る。先ほどルビオナに簡単に背後を取られてしまったのだ。勝てるはずがないのはわかっているだろうに、その瞳からは命と引き換えにしても主人を守ろうという決意が見える。
「アーリンとハーティを連れて逃げてくれますか」
『!?ご主人それは!?』
「あの人は僕に用があるみたいなので」
僕が絶対に時間を稼ぐ。
『それはできない!』
「二人を死なせるのは絶対にダメだ」
震える声でライガーに命令をする。
「国の指令だとか、悪しき精霊が蘇るとか、正直僕にはどうだっていい。だけど二人は助ける」
「あなたを抱けるのなら二人は見逃してあげてもいいわよぉぉぉ?もう間もなく精霊は解放されるだろうしねぇぇぇ?だけど、アタシ抱いた男は殺す系女子なのぉ。それでもいいかしらぁ?」
「いいですよ」
『ご、ご主人』
「いいからいけ!」
『!!』
使役魔法を受けている魔物は僕の命令に逆らうことはできない。ライガーの意思に反してその体は動き、アーリンさんの元へ向かった。
「ぁぁ男を抱くなんていつぶりかしらぁぁ!!千切れるほどあなたのを舐めさせてもらぅわぁ!!!」
―――ピリッ
「あなた、ジンノを抱くつもりなの?」
底冷えするような声。聞き覚えがある。
「あなた本当に調子に乗ってるのね」
本気で怒っている時の声だ。
魔力が溢れ出し、部屋全体が軋む。
床が震え、空気が渦巻く。
彼女の体は青黒く光っている。
「解毒魔術ぅぅ?よくもまぁあの状態で魔力操作できたわねぇぇぇ?……だけど、ずいぶん無理してるみたいじゃなぃぃぃ?」
アーリンさんの口からは血が滴る。膝が震えている。今にも死んでしまいそうな弱々しさだ。
「無理もするわ。ジンノの童貞は私がもらうのよ。吹き飛びなさい。―――私は炎」
詠唱が始まり莫大な魔力が部屋に溢れる。
「あはぁすごい力ぁ!何あなた死ぬつもりじゃないのぉぉ?そんな状態でそんな魔術使ったら粉々よ?」
「―――だってみんなひどいんだもの。聞いてくれるわよね?」
アーリンさんは詠唱をやめない。
「いいわよ見せてちょうだいぃぃ!あなたの本気をぉぉ!!!―――あれ?」
手を広げ叫ぶルビオナ。その体にアーリンさんの魔術が―――放たれることはなかった。
ゴロリ、と彼女の首がゆっくりと落ちた。
「―――なぜあなたが動けるのぉぉ?」
「私には元々毒なんてきいてないぞ!!!」
倒れたルビオナの後ろに現れたのは剣を振り抜いたハーティさんだった。
「最初に斬った時に、お前がマトモな体じゃないことはわかったからな!!何か仕掛けがあるんだろうと思って芝居してたんだ!!」
見るとハーティさんの背中の傷は既に塞がっている。
「魔術に比べたら芝居なんて簡単なものだわ。斬られたのは芝居。大げさに呪文を詠唱をしてたのも芝居。騙されてたのはあなたの方よ」
いつのまにか魔術をおさめたアーリンさんがルビオナの体をつまらなそうに蹴り飛ばした。その背中にもすでに傷はない。
「息ぴったりなのねあなたたちぃぃ。やられたわぁぁぁ」
首だけになっても笑い続けるルビオナ。しかしその体からは徐々に魔力が抜けていっている。
「とっても楽しかったぁぁぁ。また会いましょうぉぉぉお?とっても美しいお2人さぁんんん?」
その言葉を最後に、ルビオナの瞳は光を失った。
「ゴーレム、ね。」
「ああ!ただの操り人形だ!本体は別にいるんだろうな!」
「た、倒せてないんですか?」
「倒せてないわね。まぁいいわとりあえず。石板に封印をかけるから、ハーティ魔力を貸してちょうだい。はぁ。化かし合いみたいなくだらない戦いで疲れちゃったわ」
そう言ってアーリンさんは石板に手をかけた。