凶悪との接触
ウルファウスの索敵とユニコーンの戦闘能力のおかげで、コレット大森林への旅はとても安全だった。
なので道中、この世界の勉強の続きと、あと僕がいた世界の話をたくさんした。
「じゃあジンノは女性と付き合ったことが本当にないのね」
「信じられないな!!!」
「めちゃくちゃ気持ち悪がられてましたよ」
「想像もつかないわね。多分この世界の街をあなたが一人で歩いたら、人さらいが放っておかないわよ」
「酒場に行けば街娘に押し倒されるだろうしな!!!」
街を一人で出歩くのはやめようと思った。
そうこうしているうちにコレット大森林が見えてきた。
雄大な自然。圧倒的な存在感。何十メートルはあるだろう巨木が壁のように群生している。その隙間から、重苦しい気配がこちらを覗いているのがわかる。強力な魔物がたくさんいると言っていたが、その気配だろうか。
「たしかにいつもの雰囲気ではないわね。まだ入り口だというのに強力な魔物の気配がするもの」
「立ち入ればすぐ襲われるだろうな!」
「あの、僕行ったら足手まといになってしまいますかね?」
「心配するな!!!足手まといもなにも、私たち二人を相手取って倒せる戦力など存在しないからな!!!」
頼もしい……
「ユニコーンとウルファウスには馬車を守っていてもらいましょう。さぁ行くわよ」
馬車から降りて、3人は魔境へと足を踏み入れた―――
◆
「はぁ!!!」
ハーティさんが片手で大剣を横薙ぎにし、飛びかかってきた猿のような魔物をまとめて寸断した。
その隙をついて頭上から3mはあろうかという大鷲が数羽、ハーティさんに急降下して躍り掛かった。―――が、次の瞬間アーリンさんが放った紫の氷柱に胴体を打ち抜かれ大木に貼り付けになった。
「すごい……」
僕はその死体を、空間魔術の込められた魔石に収納して行く役目をしていた。ここらの魔物は希少で、武器、薬、食料などとして高値で売れるためこうして取って置く。
僕があまりにも役立たずなため、何かできることはないかと聞いたらこの仕事をもらった。高値とは言ってもアーリンさんの資産からすると雀の涙ほどらしいが。
「この大鷲はどれぐらいで売れるんですか?」
「一体3000ギリーってとこだな!!!」
1ギリー=100円くらいだから、一体30万。もう10体以上収納してるから、森に入って1時間もしないうちに300万以上の稼ぎだ。アーリンさんがおそろしい金持ちだというのも理解できる。そんな金勘定をボンヤリしていた僕の目の前に―――
一体の獅子が飛び出してきた。
「うわぁ!」
『人間……!』
二人から離れてしまっていることに気づかなかった。喰われる!と思ったが、獅子の様子がおかしい。
『美しい……!』
お?
「ライガーか!大物だな!!!」
「待ってハーティさん!」
一瞬で距離を詰めていたハーティさんが大剣を振るおうとするのを寸でのところで止めた。
「どうしたジンノ!!!」
「こいつ、襲ってこなさそうです」
よく見ると、ライガーはどう猛な目つきの中に、親愛の光のようなものを浮かべているような気がする。家族に向けるような優しい瞳……気のせいか?
『ぐるる……人間』
ゆっくりとライガーが僕にすり寄ってきて―――
『撫でて』
―――腹を見せて寝転んだ。
「え?撫でて?」
「ライガーがそう言っているのかしら?」
いつのまにか近くに来ていたアーリンさんが聞いて来た。
「はい……。いいのかな撫でて」
おそるおそる撫でると、ふっかふかのお腹だった。
『おぉぉぉぉぉ。ゴロゴロ』
嬉しそうに喉を鳴らす猛獣。
か、かわいい!
「ライガーはどう猛で普通は使役魔法が効かないのよ。ユニコーンより飼うのが難しいわ。強さもSランクだし」
「僕使役魔法使ってませんよ?」
『美しい人間……好き。連れてってほしい』
ごろごろとたてがみを擦り付けてくる。可愛すぎる。
「連れてってほしいって言ってます」
「あのライガーがこんなに懐くなんて。ジンノの美しさがわかるなんて中々賢いじゃない。使役してあげたら?」
「いいんですか飼っても?」
「餌は今日まとめて手に入るだろうし。ライガーなら安心してジンノの護衛を任せられるわ」
「わかりました。えーっと、飼いたい」
そう唱えながら頭に触れると光に包まれた。
光が止むと使役魔法の効果か、ライガーの愛情表現がより強くなった。
『にゃぁ〜。ゴロゴロ』
ホッペを舐めながらスリスリと擦り寄ってくる。完全に猫だ。可愛すぎる。
◆
ライガーの背に乗せてもらいながら、森の奥地へと進んだ。
途中凶暴化した魔物を何体も倒し、魔石に収納した。そのうちの数体はライガーに食べさせた。
あの後も何体か僕に擦り寄ってくる魔物がいたが、ライガーが嫉妬したのか吠えて蹴散らしてしまった。
「変だわ」
途中、ふとアーリンさんが言った。
「凶暴化してるというよりは、ここの魔物たちはもっと強い感情に支配されているような気がするの」
「たしかに!私たちに怯えるどころか向かってくるなんてな!」
「なにかを守ろうとしてるのかしら。私たちが奥地にいくのを阻んでるように見えるわ。まるで子を産もうとする母親でも守ろうとしているような。それに」
森の奥に目を凝らしながらアーリンさんは続ける。珍しく少し深刻な声色だ。
「なにかしら、この、強力な存在感は」
「魔物のものではないな!!!」
「少し急ぎましょうか」
◆
たどり着いた教会は、たしかにまともな雰囲気ではなかった。
アーリンさんが怒った時のような、強力な気配が教会から漏れ出ている。
「まさかだけど、これってもしかして、最悪な状況かもしれないわね」
「もしかするな!」
「ど、どういうことですか?」
「精霊の封印が解けかかってるのよ」
「ええ!?」
精霊って、あの邪悪なやつですよね?
「封印は効き目が弱っていくから、定期的に高位の神官によって重ねがけされるはずよ。だからこんなにギリギリな状態になるなんて、まずありえないわ。先にいったチット侯が何とかしてるはずだしね」
嫌な予感が、3人の頭を過る
「入りましょう」
アーリンさんが扉を開いた。
◆
中に入ると、気配はより強くなった。
階段を降りて地下に行くと、複雑な模様が描かれた鉄扉があった。
「この奥ね。普通は許可なく入ったら死刑だけど」
アーリンさんが手をかざし何かを詠唱した。すると扉は淡く光り、ゆっくりと開いた。
「私が先に行く!」
アーリンさんと僕とライガーを手で制し、大剣を魔石にしまい腰に差してたショートソードに持ち替えたハーティさんが中へ進み入る。ゆっくりとした足取りで油断なく進むハーティさん。その緊迫した状況とは不釣り合いなドレス姿を、僕は後ろから固唾を飲んで見守る。
「―――誰だ!」
ハーティさんが叫んだ。
その声に即座に反応して飛び込んだアーリンさんの後を慌てて追う。
そこには巨大な石板と、それに手をかけた人物が一人。
真っ赤な忍び装束のようなものに身を包んだその少女は、小柄だが異様な雰囲気をたちのぼらせている。長い髪は上に向かって垂直に逆立っていて、振り向いたその表情はまるで般若が笑っているようだった。
「すごぃタイミィングでくるのねぇぇぇぇ?」
嫌な伸ばし方のハスキーボイス。その声色には敵意というよりは好意が込められているように思える。それが逆に気色悪く響き、背筋に悪寒が走る。
「精霊が解放されるまであと10分てとこかしらぁぁぁ?よかったらその間に」
いつのまにか両手に持っていた鎌の一つを、口元に持っていく。その刃を、長い舌でベロリと舐めて女は言った。
「ちょっとアタシのこと殺してくれないかしらぁぁぁぁ?」
―――後に知ることになる彼女の名前は『敗北狂い』ルビオナ・テスタドール。僕が出会った最も禍々しい女だ。
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