ブサイクはイケメンで美女はブス
始めました。
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目がさめるとそこは檻の中だった。
なんだここは?
人の牢屋というよりは、動物用の、粗末な檻。
それが、部屋中に所狭しと並べられていて、その中の1つに僕はいた。
おかしい、僕はたしかに、さっきまで、いつものコンビニでバイトをしていた。
ここはどこだ。
遠くで歓声と怒号が飛び交っているのが聞こえる。
◆
とんでもなくブサイクに生まれ約30年、人の何倍も苦労してきた。
あだ名は、小学生の時も中学生の時も高校生の時も、卒業して就職してもずっと
『かんのくん』
このヤバさが伝わるだろうか。
超絶ブサイクで、黙っていても悪目立ちするのにもかかわらず、誰もがそれに触れられない。
だからあだ名は何のひねりもなく、かんのくん。
そしてさらにヤバイのは、
僕の苗字が『じんの』であること。
神野翔平。じんの、だ。
誰もが名前を間違えて読み、そのまま覚え、間違えに気づかないまま学生生活を終えたのだ。
訂正すればよかった、だけの話かもしれない。でもそれは無理な話だ。
目は常に腫れ上がったような一重、巨大な団子鼻。厚ぼったくてひび割れた唇。太っていて毛深い体。年中詰まり気味で荒い鼻息。誰もが僕のことを見るとき嫌悪感を隠せなかった。
そんな視線に四六時中晒された結果、僕はいつしかまともに人の顔を見て話せなくなっていた。
友達もできず、もちろん恋人もできず、経験もないまま、だからといって大人のお店に行く勇気もなく。
それでいて人生をやめる勇気もなかった。
◆
「かんのさん、今日早上がりさせてもらえませんか?」
20時頃、バイトの崎山さんが言ってきた。
崎山さんが抜けると朝の5時まで僕1人になるためだいぶきつい。このコンビニは納品などが多く、この時間からが忙しい。
「ママが風邪気味で……早く帰ってあげたいんです。」
そう言って上目遣いをしてくる崎山さん。こういった頼み方を彼女がしてくるときは、だいたい事情が決まっている。ママが風邪気味で……なんてのは大嘘だ。
「い、いいよ……。し、仕方ないもんね。」
「ほんと!?ありがとう!」
そう言うやいなや崎山さんはバッグヤードへ行って、すぐに仕事着から私服に着替えて出て行った。
遠くで車が動く音が聞こえる。崎山さんが大学生の彼氏の車に乗ったのだろう。
まともに人の目を見て話せなくなってから、こうやっていいように人に使われることが多くなった。
それに対してムカつくこともなくなった。
就職した会社には馴染めずすぐ退社して、それからバイト暮らし。誰からも好かれず、親との折り合いも付かず家を出てから10年弱。
それでもこうして生きていける。
びっくりするほどつまらない人生だが、もう、なんか、これでいいや。
そんなことを思いながら、タバコでも吸おうかと思って、出口へ向かう。
一本吸ったら品出しから片付けるか……。
そう思って自動ドアをくぐった瞬間。
そこは檻の中だった。
◆
なにがどうなってるんだ。
目の前には物々しい鉄格子がある。手を触れてみると、硬くて冷たい。どうあがいても出られそうにない。
そう思いながら呆然と外を見ていると、薄暗闇の中、金色の瞳と目があった。
「うわぁ!」
飛びのいて尻餅をついてしまった。
「うるさい。ニャ。」
うっとおしそうに話す彼女の目は、猫のような瞳をしていた。
「何を騒いでる。今更ジタバタしても仕方ない。ニャ。」
猫のような声に、猫のような耳?猫のような尻尾……人じゃない!?
「なっ…バケモノ!?」
「失礼!ニャ!」
「ご、ごめんなさい!」
その猫耳娘は立ち上がって叫ぶ。
粗末な布に巻かれた胸がぶるんっと揺れた。
「なんだ猫人を見たことがないのか…?都のボンボンなのか?貴族がなんでこんな奴隷オークションにいる。ニャ。よく見りゃ変な格好して……。」
コンビニの制服を物珍しそうに見て、その視線が俺の顔に移ったとき、彼女は言葉を止め、静止した。
「あ、あの……。」
「だ、男娼かなんか。ニャ?」
「だんしょう?」
聞きなれない単語だ。
「あ、いや。事情を話したくないならいい。ニャ。大声出して悪かった」
「え?あ、いや、僕こそ失礼なことを。」
急にしおらしくなってしまった。顔を赤くして正座し、太腿をもじもじとさせている。
「あの……、ここはなんなんですか?」
見回してみると、同じような檻に、それぞれ人間が1人づつ閉じ込めらめている。
いや、ただの人間ばかりではない。
鱗に覆われたトカゲ人間。大きな口をした狼人間。背中から鳥の羽をはやした人間 。
なんと恐ろしい光景なのか。
皆、一様に諦めた瞳をしている。
騒ぐこちらの様子を気にする様子もない。
ただただこれから起こることを待っているだけのような、そんな表情だ。
「さ、さっきも言ったが、奴隷オークション。ニャ。」
「奴隷オークション?」
「な、なんで知らない。ニャ。お前攫われてここにきたのか?」
「いや……、わからない。気づいたらここに。」
何もかもわけがわからない……。不安で胸がいっぱいになっていく。
「あの……どうして……どうして僕はここにいるんですか……!?」
ガシャン!と大きな音がなった。
「君の言う通り僕は攫われたのかな……!?だとしたらどうして僕が!」
「ま、待って!ニャ!」
興奮した俺は鉄格子に掴みかかって声を荒げてしまっていた。
彼女を怖がらせてしまったかもしれない。
「ご、ごめん。」
「そんなに見つめないで欲しい。ニャ。」
「はい?」
猫娘はさっきよりも一層頬を染めている。
よく見ればボロ切れを身にまとっただけで、裸同然だ。僕の視線が嫌だったのだろうか。
「あ、ごめん、ジロジロ見てるつもりはなかったんだ。」
「そ、そう。気をつけて。ニャ。ドキドキするから。」
ドキドキ?
体調でも悪いのか……?
「……大丈夫?」
「ふにゃ!?」
鉄格子の間から手を伸ばし、頭を撫でた。
「具合悪い……?」
「ふ、ふにゃ!ふ、にゃぁ……」
あ。
しまった。
ウチの実家で昔飼ってた猫を撫でるようにしてしまった。猫耳がフワフワでつい手が伸びたのだ。
……しかし、耳が本当に気持ちいいな。悪いとは思いつつも、撫でるのをやめられない。
「……かわいい。」
「ニャァ!!!???」
思わず言葉にしてしまった。
「おー……よしよし。かわいいねぇ。」
「か、かわいい!?にゃ、ちょっと……やめ……ふにゃぁぁぁぁぁぁぁ」
見つめながらなで続けると、彼女は崩れ落ちるように床にぺたんとなってしまった。
「え!?どうしたの!?」
猫耳娘はトロンとした表情をしたまま動かなくなってしまった。
「あの……?」
「男娼……恐ろしい。ニャ……。はぅぅっ」
訳のわからないことを言いながら、頬を赤らめ、体をビクつかせている。布の間から張りのある浅黒い太ももがのぞいていて視線に困った。ど、どうしちゃったんだ……。
「奴隷が足りないってな一体どういうことだぁ!?」
突然、部屋中に響き渡る大きさで怒号が聞こえてきた。みると部屋の入り口の方で屈強な大男が、ガリガリの禿げ上がった小男を掴み上げていた。
「ゆ、輸送の段階で、逃げ出されちまったみてぇで……さきほど檻を確認したらもぬけの殻でした……!」
「あれだけ見張りはキチンとしろっつったろ!?どこだその檻は!」
「あ、あれです。」
締め上げられたまま小男がこちらを指差した。
「……いるじゃねぇか。」
「あ、あれ?ギャッ!」
大男は小男を投げ捨てるとこちらにずんずん進んできて、俺の顔を近くで見ると目を見開いて固まった。
「おい……こんな上物、今回の商品リストにあったか……?」
「え……?上物?その檻にいるのはただのゴブリンハーフで……え!?」
小男もこちらへ這ってきて、俺を見るなり固まってしまった。
「……こりゃいい。おい、次の競りにこいつを出すぞ?」
「次?次は鳥族の男の予定ですが……、」
「バカか!そんなんはどうでもいい!オークションも中だるみしてきた所だしよ、こいつを出せば一気に会場が盛り上がるぞ?」
すぐさま鍵が開けられ、縛り上げられる。
「ちょ……なんなんですか!?やめてくださ……」
「ちっ!動くんじゃねぇ!」
バキッ!
「がっ!?」
頬をしたたかに殴られた。
めちゃくちゃ痛い……!
なんだこいつら、僕を家畜かなんかみたいに思ってるのか……!?
抵抗する意思も消え失せ、為すがまま、僕は部屋から連れ出された。
「あ……名前を、名前を教えてほし……ニャ。」
息も絶え絶えの猫耳娘が何か言ったようだけど、聴き取れなかった。
◆
そうして僕が連れ出された先はステージだった。すり鉢状の会場に、所狭しと、人が座っている。中世の商人のような格好をしたもの、貴族のようなもの、さっきの大男のレプリカのような野蛮そうな男。野蛮そうな男たちは揃ってステージにヤジを飛ばしている。
「はやく奴隷の顔を見せろぉ!」
「こっちは北の大陸からはるばる来てんだぞ!?しょうもない商品ばっか見せやがって!」
「なんだ次は男かよ!?」
「いい加減もっとまともな女奴隷を出せ!暴れてやろうかぁ!?」
とんでもない熱気で、それだけで倒れてしまいそうになる。
少しだけ、僕は自分の置かれた恐ろしい状況を理解した。
どうやらこれは奴隷の競売で、僕は今その商品になっている。
フードから自分の顔が見えないように周りを見ると、誰もが殺気に満ちた顔をしている。
まずい。
ここで僕のブサイクな顔が晒されたら、どんな非難を浴びるかわからない。
こんなブ男を誰が買うんだと。
ヤジから察するに、今回の競売にはいい商品がなく、客は全員苛立っているようだった。
こんなときに僕が出たら……最悪殺されちゃうんじゃないか?
「次もしょうもない奴隷だったら、俺様が直々にこの手で処分してやろぉかぁ!?」
ほら言ってる!僕の何倍も体のでっかい男が!やばい、やばい、やばい!
「ご安心ください!」
司会らしき、ひょろっとした優男が大きな声で宣言した。
「次の商品はとびきりの上物です!」
そういって優男は僕のフードに手をかける。後ろ手で縛られている僕はなすすべもなく顔を晒す。
その瞬間、会場が嘘のように静まり返った。
え?
何この空気?
やっぱり、引いてる?
そりゃそうだよ、だって僕はブサイクな『かんのくん』だよ?
こんな大勢を静まり返らせるほどの……。
そんな僕の心中をよそに、優男が、会場の反応に満足げな表情を浮かべた後、叫んだ。
「さぁ、ご覧の通り、今回の商品は、花が恥じて顔をそらし、女どもが裸足で揃って逃げるような、絶世の美男子だ!」
……はい?
なんて言いました?
美男子?
……だれが?
優男のその声に、会場は歓声をあげ、競売がスタートした。
「20万ギリー!」
「こっちは30万だ!」
「なんだあの美しい男は……!?」
「あれを男娼にしたらいくら稼げるかわからんぞ!?」
「大貴族の夫人に売れば大儲けだ!」
「ご、50万!」
「ちょっと旦那……!予算オーバーですぜ……!?」
「あの美しい男がいればすぐ取り戻せる!問題ない!」
飛び交う数字はものすごいスピードで上がって行く。
◆
まったく事情をつかめないまま、競売は大盛り上がりにうちに終わった。
僕を270万ギリーという聞き覚えのない単位で落札したのは、1人の美しい女性だった。