二
じいちゃん、と瑠輝は湯のみの中の麦茶を啜りつつ口を開いた。青のストライプのパジャマ姿から、グリーンのセーターとベージュ色のパンツに着替えだ祖父は、不機嫌さを隠しもせずに視線を寄越す。
「最近の仕事、なに?」
遠まわしに聞けば、あからさまにかわされるのは目に見えている。直球でも玉砕する確率の方が高い。
それでも、口にしたのは彼の仕事に首を突っ込みたかったのが理由だ。
先ほどみた、道端で通り過ぎてもなんとも思わないだろう、髪の薄い老年男が、軽やかに跳躍するシーンを思い返す。
はっきり言うと、祖父が頑張ってお仕事する場面は爆笑物なのである。
箸が落ちても笑うお年頃では無いが、イケメンでもナイスミドルでも無い冴えない男が本気でアクションする姿はエンターテイメントとしては十分過ぎる。瑠輝は、祖父の怪しげな職業を知ってからこの方、祖父の家に入り浸っていた。
いや、それにしてもと先ほどの新喜劇をリプレイする。
最近は、なんとかポーカフェイスを保っているが、当初はあまりのおかしさに、慌ててトイレに駆け込んだものである。
さすがに当人の前で腹を抱えて指を指すわけには行かない。
特に今日なんて、指三本に入る爆笑度合いだった。
掃除機と格闘するじいちゃん。
しかも、とどめって「コンセント抜いた」だけじゃん。
母は言っていた。
おじいちゃんは、元祖天然なのよ。と。
祖父の藍太は、重たそうに口を開いた。
「最近、俺を敵視しだした妖?がいるらしい」
「なんで疑問系なんですか」
「正体が分からんのだ。此方を攻撃したい意図は伝わってくるが」
眉間に皺を寄せ、藍太は瑠輝にこれまで襲ってきた【手下】をつとつと語る。
「最初は、しゃもじだった。次は、電卓。次は隣の家のインコ。次は、下の階に住む清子さん(61)、九十九かと思えば憑依だったり狸だったり」
「つくも?」
「神様の一種だよ。」
といって、面倒だったのかそれ以上は説明せずに黙り込む。
僅かに頬を紅潮させて、瑠輝は身を乗り出した。
「因みに狸ってのは」
まさかのご近所さんが妖怪説に吹き出しそうになりながら聞く。しかし、藍太の台詞は予想を遥かに飛んでいた。
「隣のインコだ」
黙る。
なにゆえに、狸からインコに?
その化け狸の人生に一体何が起こったのか。四足獸から鳥類の変換に思わず戸惑えば話は終わりとばかりに藍太は席を立つ。
電話をとりあげるや、「オレだオレだ」とおもむろに。
「瑠輝が来やがった。今から返す」
目は鋭く此方を向き、帰りを促していた。諦めて、学校の指定鞄を持ち上げる。
玄関で靴を履きながら瑠輝は忠告した。
「じいちゃん、今度かける時は母さんの名前確認しなよ?」
「俺は、娘の電話番号間違えるほどボケてねえ」
「違うって!詐欺に間違えられるんだよ」
ギョッとした藍太の間の抜けた顔に、思わず瑠輝は押さえる間もなく爆笑してしまった。
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