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星空の海辺に  作者: あおい
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01-3

 髪が、スカートが、ぱさりと元の状態に戻る。

 数秒の沈黙が流れた、後。


「どう言う人なの、あの人っ」と小坂は横尾に強い声を投げた。


「う……と、だから。陽成の、親友……でもきっと、小坂さんに言った事は、ヘンな意味じゃないと思うよ」


「なんで? どうしてそう言い切れるわけっ? あの言葉をどう受け止めれば、そんな風に思えるのっ」


 横尾は額に右手を当て、少し俯いた。


「俺が、あの人を、信用してしまっている理由……う~ん。何だったかなぁ」


 記憶を振り絞っているのだろう。声も絞り出しているかのようだった。


「ああ、そうだ……陽成は転入生だったんだよ。小一の時な」


 横尾は額から手を離し、顔を上げた。


「俺ら入学してすぐの、奇妙な時期の転入生だった。今にして思えば親の離婚の成立とか引っ越しとかの手続きとかで、学校に来るのが遅れたんだと思うけど……数週間遅く、あいつは俺らの教室に入って来たわけ」


「ふぅん。で?」


 小坂は不満そうに口を曲げて、話を催促する。


「幼稚園だって地元じゃなかったみたいでさ、クラスに友達どころか地元の知り合いも居ないみたいで、あいつ、いつもひとりだった。そんな奴にハリキって声を掛ける女子って居るじゃん? ウチらのクラスなら、広井さんみたいなタイプ」


「あぁ、どこのクラスにも居るでしょうね」と中野。


「最初は声を掛けてたその子らも、陽成があまりにもリアクション薄いからそのうち、挨拶すらしなくなったな……いつの間にか俺ら全員、まるで教室にあいつが居ないかのような日常になった気がする」


 女子ふたりは、視線を交わした。

 聞いていて、あまりいい気はしない内容だ。まるでイジメだ。ガン無視なんて。


「それでもまぁ、同じクラスだからさ、一緒に居るわけじゃん。俺さ、誰にも言わなかったし、言えなかったけど……見たんだ」


「な、なに?」


 小坂が不安そうに眉を歪める。


「体操服に着替える時、あいつの身体に痣がいっぱい……あった」


 それがどう言う事なのか、容易に想像出来る。

 小坂も中野も「聞きたくなかった」と言う風に、苦そうな表情をした。


「毎日俯きかげんで、声も小さくて、あまり笑わない――そんな事の理由が俺の中でカシャーン! ってさ、リングが繋がり合うように繋がったわけ。ああ、楽しく過ごせるわけがないんだ、って。その頃は虐待、なんて言葉も知らなくて、親に殴られてるんだろうとか思いもしなかったけど……すげぇ大変そうなんだな、って事だけは分かった。それから俺も大きくなるにつれ、学年も毎年ひとつずつ上がって行けば、世間的な事とかもちょっとは分かるようになるじゃん? 陽成は相変わらず同じ学校に居て、時々同じクラスになって、いつだって大人しくてさ」


「ちょっと、もういいよ……湯山くんの事は、いいよっ。私が聞きたいのは、あのさっきの人、どう言う人なのって事っ」


「そうそう、ミオきゅん、の事っ」


「そう! ミオきゅ……えっ?」


 小坂が顔を強張らせ、中野の方を見る。


「お前……ミオきゅん、って。キッショい呼び方、止めろよ」


「横尾くんには関係無いっしょー。ラブリ~ッ」


「浮かれるの止めろよっ。俺達今、ちょっとダークな話してるんだぞっ」


「だけど横尾くんの話を聞いてる限りじゃ、そのダークネスに手を差し伸べてくれたのがミオきゅん、て事なんでしょ?」


「そりゃそーだけど、俺にだって話す順番とか雰囲気とゆーモノが」


「はいはい、暗い話はすっ飛ばして。教えて、ミオきゅんの事っ」


「暗い、って……いや、まぁそうだな。それはもういいか。じゃ、改めて。俺が初めて巳央を見たのが三年生、だったかな……放課後の児童公園でさ、笑わないあの陽成が彼と笑ってるんだもん。ぶったまげたぜ。警戒心や緊張感の欠片も無い、無邪気な笑顔だった。あんな表情するんだって、驚き過ぎてショックだったわ。で、数日後、近所を歩いてたら巳央と会ったのさ。あいつはあんな外見だから、忘れるはずも見間違うはずもなくて……歩いてるあいつをボケッと見てたら、近づいて来てさ。『陽成と仲良くしてやってくれよな』って、言われたわけ」


 横尾はそこで言葉を切った。

 数秒の間の後。


「えっ。そ、それだけ?」と小坂。


「陽成が笑ったんだぞ? 巳央を信用するのに、それ以上の何が要るんだ」


 小坂は困惑の表情を浮かべたままだ。


「ほら、陽成について温度差あるよな。俺らって」


 横尾は小坂に向かって言った。


「え、どう言う意味? 横尾くんは私より湯山くんの方が大変だと思ってるし、だから彼が信頼している巳央って人にも絶大な信頼を寄せてるって事?」


「いや、小坂の事は何も言ってないじゃん……てか、何? もしかして陽成と不幸比べでもしようと思ってるのか? ハッキリ言うけど、小坂が負けるよ?」


「そんなじゃないもんっ!」


 小坂はムッと口元を歪めて、繁華街の方に向かって走り出した。陽成と巳央が去った西の方角だ。


「あっ、ちょ……真夕っ」


「まだ、帰りたく無いのーっ」


 そう叫び、走って行ってしまった。学校の鞄を持ち、制服を着たままで。


「追いかけてよっ」


「もう放っておけって。ムリヤリ連れ戻したところで、ストレス溜まるだけだろ」


「でも、危ないよ。女の子ひとりで」


「まだそんなに心配するような時間じゃないだろ。二、三時間後に連絡してみ? それでまだウロウロしてたら、俺が探しに行くから」


「……行ってくれるの?」


「他に誰が行くんだよ」


 中野は黙って、中野自身の顔を指さした。


「止めとけって。帰るぞ」


 横尾は小坂や陽成達が向かったのとは逆の方向へ歩き始めた。中野がその後を追いかける。

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