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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】不思議な彼や彼女たち     【シリーズ】

She does not die?

作者: FRIDAY

 


 ●

 


 その日は、朝から当たり障りなく平凡な日だった。

 別段変わったこともなく。

 取り立てて真新しいこともなく。

 強いて言えばいつもより少し遅く起きた、という程度だろうか。

 だが、そこが肝要だった。



 ●



 交通事故の瞬間を目撃した。

 人身事故だ。

 それもかなり悲惨な。

 少女が大型トラックに撥ね飛ばされた。

 自転車で歩道を急いでいた反対車線、その歩道を、女子高生らしい制服の少女が歩いていた。こちらとすれ違う方向で。

 とはいえ、取り立てて注意深く見ていたわけではない。何の気なしに、視線を滑らせる線上に映っていただけだ。

 そこへ、大型トラックが突っ込んだ。

 その少女の背後から。

 脇見か居眠りか、はたまた飲酒か。とにかくトラックは、速度を全く落とすことなく車線を外れ、歩道を歩いていた少女を背後から襲った。

 少女の五体は弾け飛んだ。

 一音の声もなく。

 ただ、中身の詰まった袋にぶつかるような、そんな鈍い、重い衝突音だけを上げて。

 四肢は引きちぎれ、首はねじ切れ、鮮血が爆発した。

 少女が提げていた鞄だけが、無傷のまま放物線を描き、車線へ放り出された。

 トラックはそのまま塀に突っ込んだ。

 悲惨で、無残で、衝撃的な光景だった。

 人間とはこれほどまでに脆いものか。

 思わず自転車のハンドル操作を誤り、彼はすっ転んだ。

 だが擦り切れた傷などの痛みを感じることも出来ず、その光景に呑まれ、尻餅をついたまま唖然としている。

 トラックのフロントガラス一面に張り付いた赤、路面を鮮やかに彩る朱、点々と広がる紅。

 無造作に転がる腕、脚。

 頭。

 血に浸り、広がった髪が濡れていく。

 誰か、女性の甲高い悲鳴が空を貫いた。

 朝のことだ。通行人はそれなりに多い。そのうちの誰かのものだろう。

 すぐに野次馬が集まり、遠巻きにして見ている。携帯電話で写真を撮っている者、何処かへ電話を掛けている者もいた。恐らくは救急車か、警察だろう。

 彼は、すっ転んだ姿勢のまま動けないでいた。これほど派手な事故はおろか、そもそも人身事故を目の当たりにしたのも初めてだったのだ。

 人間が。

 さっきまで何事もなく歩いていて、生きていた人間が。

 これからまた新たな、昨日までと同じような一日を始めるはずだったであろう人間が。

 ただの一瞬で。

 ただのモノと化した。

 それが、あまりに衝撃的だった。

 だから、

「すみません、大丈夫ですか?」

 と、声を掛けられたときも、半ば寝ぼけたような意識でもやもやと返事をし、声を掛けてくれた人を見上げた。



 ●



 女性だった。

 女性というよりは、まだ少女と言っていいだろう年頃の。

 彼女は、己の膝に手を突いて浅くこちらへかがみこみ、こちらを気遣わしげに見ている。

 その少女は、女子高生らしい制服を着ていて。



 先程、トラックに撥ねられて死んだはずの少女だった。



 遠目だったし、注視していたわけではなかったので、断定できるわけではない。

 だが、どこかで確信していた。

 たった今こちらを見やり、小首を傾げている少女は、間違いなく先程四肢をバラバラにして死んだ少女だった。

 有り得ない。

 しかし彼女は確かにそこにいた。

「あの?」

「あ、え、いや」

 慌てて身を起こし、自転車を立てながら自身も立ち上がる。

 見下ろしてみると、小柄で細身な少女だった。

 一体どういう趣味なのか、肩口まで伸びた黒髪を色とりどりの大量の髪留めで留めていた。留めまくっていた。一見してどれだけあるのかわからない。髪留めのない部位の方が少ないくらいだ。

 正直に言って趣味が悪い。

「怪我してませんか? 派手に転んでましたけど」

 こちらを見上げる瞳の中には、面白がるような色があった。

「え、怪我? あ、いや、大丈夫、だけど」

 しどろもどろに答えながら、少女の顔をじっと見る。

 四肢は問題なくつながり、怪我はおろか汚れ一つなく、制服も同様である。

 やはり人違いか。

 少女の唇の端が、浅く上がった。

 笑みに。

 嗤いに。

「私の顔に、何か?」

「いや、違う、何も」

 慌てて取り繕いながら、再び事故現場を見る。

 トラックは塀に頭から突っ込み大破している。運転手の無事は不明。撒き散らされた血痕もそのままだ。野次馬も増える一方。

 しかし、おや、と何かが引っかかった。



 ●



 何か、おかしい。

 何か。

 何かが。

 ない。

 そう、ない。

 先程まで無秩序に転がっていた少女の五体が、一つもない。

 血痕はそのままに、物体だけが消失している。

 散乱していたそれらだけが消え失せている。

 ばっ、と自分の前に立つ少女へ向き直った。彼女は変わらずそこにいて、こちらの様子を見ながら、もはやはっきりとにやにや笑っていた。

「どうしました? 何か不思議なことでも?」

「いや、あの、君」

 恐る恐る、反対車線の事故現場を指す。

「さっき、あっちで………」

「あっちで?」

「車に轢かれて………」

「死んでいなかったか、って?」

 頷く。ついでに生唾も飲み込んだ。

 少女は、ふふ、と嗤いながら事故現場を見やった。

「そうですね。さっき私はあっちで死にました。ええ、死んだはずです」



 ●



 こちらの周りにも人はいる。だが少女に注意を払う者はいない。

「死んだ、はず?」

「ええ。私は後ろからトラックに轢き潰されて、手足はもぎ取れて、頭はねじ切れて、血やら内臓やら外に出ちゃいけないものを派手に撒き散らしながらぐちゃぐちゃになって死んだ、はず」

 くり、っと眼球だけを動かし、斜めにこちらを見上げる。

「しかし私はここにいます。さて、これは一体どういうことなのでしょうね?」



 ●



 あちらでも、少女の遺体が消失していることに気づいた人々が騒ぎ始めた。見れば、少女はきちんと鞄も提げていた。

「一応言っておきますけど、夢じゃありませんよ」

 少女は言った。

 夢なんかじゃあありません。

「紛いなく、紛れなく、今この時は現実です。痛いほどに現実です………ほら、怪我、痛いでしょう?」

 彼の肘やら手やらに出来た擦過傷を指す。確かにじりじりとした痛みが疼いている。

「ていうか、ほっぺたつねってその痛みで目が醒めるのかって、考えてみれば変な話ですよね。そんな気しません? だってつねってるのは自分自身なんですよ? いや、違うのか。夢の中には感覚がないはずだから、か。でもそれにしたって、実際それやった人いないでしょ、きっと。あ、それに、夢の中では感覚がないって、そもそもどうしてわかるのでしょう。何より、それやって醒める夢なんて最初から夢じゃないでしょ。そもそも夢の中で自発的に行動を起こせる人なんているんですか。いたって目が醒めたら忘れるでしょ。極めつけに、それやるときって間違いなく夢じゃないですよね。まあ、定石ってのは重要だから定石なんでしょうけどね。そこら辺、どう思います?」



 ●



 立て板に水の如く、ぺらぺらぺらぺらと。

 内容のない話を、つらつらと。

 どう思うと言われても。

 話が逸れている。

 少女自身そこに気付いたのか、ふふ、と笑いながら肩をすくめた。

「ま、世の中不思議なことってのはたくさんあるんですよ。あなたが今日目撃したこれも、そういう不思議の一つというわけです………大丈夫、心配ありませんよ。今日のこれが、後々のあなたの人生の重要な一件になったりはしませんし、後で回収される伏線でもありませんから」

 ぺらぺらと、本当に饒舌な少女だ。

 こちらに言葉を挟む隙を与えない。

 どの道、実のある台詞など出て来はしないのだが。

「そんなこと、よりも」

 それでもなんとか、言葉を挟んだ。

「はい?」

「大丈夫、なのか、君は」



 ●



 ん、と少し考える表情になった少女は、すぐに得心いったという顔になって、

「大丈夫ですよ。というより、あのレベルで『大丈夫じゃない』と死んでますからね。あれは間違いなく即死ですよ。身体バラバラに弾け飛んでましたからね」

 まるで他人事のようにさらりと言う。それから自然な動きで自身の手首を見た。色白の細い手首に、ゴツい立派な腕時計が巻かれている。男物なのかサイズが合っておらず丈が余っており、ブレスレットのようになっている。

 彼女や彼女の衣服、鞄同様に、銀光りするそれにも傷一つない。

「さて、もう時間的に宜しくありませんね。いよいよそろそろ私は学校へ行かなければなりません。あなたも何処かへ向かう途中だったのでしょう? 時間は大丈夫ですか?」

 言われて、彼も自分の腕時計を見る。

 時刻は逼迫していた。



 ●



「では、これにて。御心配有り難う御座いました。………道中、車にお気をつけ下さい。背後も油断してはいけませんよ」

 身体がバラバラになってしまいますからね、と。

 悪戯っぽい笑みを見せて、小さく会釈し、少女は背を向けた。そのままにスタスタと。迷いなく、淀みない足取りで遠ざかっていく。

 救急車のサイレンが聞こえてきた。パトカーらしき音も。

 音につられて、そちらへ視線を送る。塀に突っ込んだトラックの運転手の安否は依然として知れない。野次馬はさっきまでよりもさらに増えている。

 水風船を割ったが如く撒き散らされた血液もそのままだ。だがやはり遺体はない。ただの一つも。遺物の一つも。

 ない。



 ●



 視線を、少女が歩き去った方へ戻す。

 少女の姿はなかった。

 道は一本道。隠れる場所もない。

 夢ではないと少女は言っていたが、それ自体が夢だったのではないかと思われてきた。白昼夢だったのではないか。

 だが、塀に突っ込んで大破しているトラックと、その周囲にばらまかれた血痕だけが夢ではなかったことを主張する。

 狐に摘ままれたようなあっけとした気分のまま、彼は自転車に跨がった。

 

 

 ●

 


 




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― 新着の感想 ―
[一言] 幽霊譚かなと思って読んでいたけど、そういうわけでもなさそう。まさかのなろうによくある異世界トリップのパロディかとも思ったが、ちがう。ただの習作ですね。まあ、好きなだけ書いてください。
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