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ユリって言えば、あのユリじゃね?

「コラ、色男。起きろ」

 頭にコツンという感触を覚えて目を開けると、いちごミルクのパッケージ。と片手にコンビニの袋を下げた彰二がいた。

「しょうじ……」

「昼、食ってないんだろ?」

「……うん。もうそんな時間?」

 いちごミルクを受け取りながら起き上がると彰二はドカッと鉄の隣に座り、ガザゴソと袋からサンドイッチを取り出した。

「オラっ」

「ども……」

 ぴーっと包装紙を開けてサンドイッチを口に含む。

 卵サンド。長い付き合いなだけはあって彰二は鉄の好みをよく分かっている。彰二はその横で黙々とカツサンドを食す。

 二人の間に沈黙が降りた。下の階の教室にまだ残っている生徒の話す声と部活を始めた野球部かサッカー部だろうか、威勢のいい掛け声が微かに聞こえてくる。

「……あのー、上村君。もしかして、お怒りですか?」

「あ゛ぁ゛?」

 口元にソースを残した顔で凄まれた。彰二の眼付けは逸品そのもの。さすが元番長のお兄様をお持ちの事だけはある。血は争えない。お怒り決定だ。

「う゛、ぇえーと、上村君はどうしてお怒りなんですかねー、なんて……ヒっ!」

 グシャリとカツサンドの包装紙を片手で握りつぶしたのを見て、鉄は不覚にも怯んだ。長めの茶色い前髪の間から鋭い眼光が鉄を刺す。

「それはなー……」

「……それは?」

「それはなぁーっ、お前がカナンちゃんと知り合いだったのに教えてくれなかったことだ、バカヤロー!」

「はぃい?」

 彰二はきょとんと聞き返す鉄の肩を鷲掴み、首がガクガク揺れるほどに揺さぶる。

「お前なー、あんな美人と知り合いなんだったら、転入してくる前に俺に紹介してくれてもいいだろぉーがぁー! それでも俺たち親友か? え? どうなんだよぉ!?」

「そ、そんなこと言われても……」

「それになー、お前が逃げるから田中始め、その他クラス中、果ては隣の男子に囲まれてお前と白百合様の関係はどうなんだーとか質問攻めだ! そのせいで俺はカナンちゃんに話しかけるチャンスを逃した。お前のせいだ! 責任もって出会い、じゃなかった、お話しの場を結木ティングしろっ」

「ぐ、ぐるじぃ……」

 熱が上がっていつの間にか、つい首を絞めていたらしい。彰二は窒息寸前の鉄のワイシャツの襟を離した。

「あ、ワリィ。でもお前も悪いんだからな、小鉄」

「だから勝手に小さくすんなよ」

 咳き込みながらすかさず突っ込みを入れる鉄を完全にスルーして、彰二は鉄の鼻先に人差し指を付き出す。

「で! お前、カナンちゃんとはどういう関係なんだよ? そこんとこ、詳しく、この場で、可及的速やかに話してもらうぞ。オラ、吐けっ」

「吐けって言われてもさ、実は俺も昨日初めて会ったんだってば。まともに話したこともないんだから関係も何も――」

「はぁ!? 嘘つけ、小鉄!」

「本当だって! って、だから小を付けるな、小をっ」

 またもや胸倉を掴まれそうになって鉄は慌てて身を引く。

「俺だってさっきまで名前だって知らなかったんだってば。増して、うちの学校に転入してくることなんて知るわけないだろ。あんな子が転入してくるの知ってたら、もっとルンルンしてるだろ!」

「……確かに」

 今の言葉に納得したのか、そう言って彰二はやっと鉄を追う手を止めた。

「お前、本当にカナンちゃんとは知り合いじゃないんだな?」

「何度も言ってんだろ」

 ぶすっとして答える鉄に彰二は鼻を鳴らして階段にまた腰を下ろした。

「よし、今回は特別に信じてやろう」

「……そりゃどーも」

「ま、そうだよな。お前があんなチョー有名人と自分から関わろうなんて思うわけないもんな」

 一人で妙に納得する彰二の隣に座り直し、鉄は飲みかけのいちごミルクを啜る。甘い……。

「何、あの子そんな有名人なの? 確かにすっごく美人だけど」

 それを聞いて彰二はニヤリとした。

「あ、もしかしてコテッちゃん、ああいうの好み?」

「こ、好みって言うか、フツーにキレイだよなって。だから人を庶民のご飯のお供みたく言うなってば」

「隠さなくてもいいんだぜぇ。あぁー、でも鉄のスペックじゃカナンちゃんは無理だな。なにせ文字通り高嶺の花、だからさ。ざんねぇーん!」

 鉄の肩をポンポンと叩く彰二。鉄はその言い方が気になって聞き返す。

「何だよ、高嶺の花って? 聖マリアがお嬢様学校だから?」

「ハズレ。俺もさっき田中に聞いたんだけどさ。いいか、よく聞けよ……」

 そう言って彰二は声を潜めた。

「カナンちゃんが、例のユリ様、らしいぞ」


――ユリ様。


 鉄はそのキーワードに合致する情報を脳内で検索する。


(ユリ、ユリ……百合?)


「えぇえっ! まさか、あの子がっ!?」

「だろー! すごくない? あの噂に名高い純潔の白百合様が俺たちのクラスメイトだぞ、オイッ!」

「……シラ、ユリ?」

 なんだか話が噛みあっていない。鉄はそのことにやっと気が付く。

「っあ、あぁー! あのシラユリ様ね、シラユリ、シラユリ……」

 慌てて繕ってみたが時すでに遅し。彰二はジトっと鉄を見据える。

「……お前、もしかしてユリっておん――」

「んなわけないじゃーん! ヤだなぁ、上村君。そんな不純かつ美しい事をこのボクが考えるわけないって、……はっ!」

「やっぱりか」

 つい口が滑ってしまった。今更ながらハハハと乾いた笑いを洩らして誤魔化そうとする鉄。

 彰二は呆れ顔でため息をついた。

「お前なぁ、いくら溜まってるからっていくらなんでもバチが当たるぞ。鉄も噂ぐらい知ってんだろ。聖マリア女学院の純潔の白百合・通称ユリ様、だよ」

「溜まってるは余計デス。白百合って、二大聖女の一人だっけ? あの子が?」


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